プロローグ
ゆうら、ゆら。ゆら、ゆうら。
形容しがたい色をした沼の水面が、ひそやかに嗤うように揺れた。
底があるのかも分からないそこには、つい先ほどまで猛威を振るっていた凶悪な魔物が物言わぬ骸となって沈んでいる。それも、一体や二体どころの話ではない。
外傷のないソレらを見たら、ベテランの冒険者でも信じられないと頭をかきむしる事だろう。
それを成したのは沼の水を何食わぬ顔で飲むおどろおどろしい龍か、はたまた刀の手入れをする少女か、その隣で火の玉を遊ばせる少女か。
否。
無感情に骸を眺めていた少女はまばたき一つで関心を外し、沼の中をあさるよれた白衣に包まれた背中を見た。
鼻歌を奏で、人が吸収したらまず助からないだろうその沼の水…猛毒をびちゃびちゃとスキップで跳ね上げるその人物こそ、地獄絵図と言っても過言ではないこの光景を作り出した張本人である。
「先輩ー!見つかりましたー?」
「ちょっと待ちたまえ!確かこの辺りだったと思うのだがね…」
日は傾き、電気などないこの世界を包む深い暗闇はもうすぐそこ。
早いとこ"探し物"を見つけて帰らなければご飯抜きになってしまうだろう。
とはいえ、少女に手伝うという選択肢はない。下手をしなくても"探し物"の仲間入りになること間違いなしだからだ。
だから、彼女に出来るのはその可愛い声で彼をせっつくことなのである。
「せーんーぱーいー!」
「うはははは!そう急かすでないよ!実験も研究も、何事もじっくりと取り組むのが…お!」
ぱちっと静電気が弾けたような声と共にどこかねばついた水音が聞こえた。
「ようやく見つけたよ!いやはや、調子に乗って毒の沼なんて作るものではないね!面倒くさいったらない!」
「それは先輩が色まで弄るからでしょうに…」
「うはははは!確かに!しかし透明な毒沼なんてちょっと解釈違いではないかい?」
「はいはい…ところで先輩、"ソレ"いきてます?」
「まさか!テトロドトキシン他神経毒を数種類混ぜた沼に頭まで浸かって生きてたら驚きだとも!」
それはそれで非常に面白いけれど、と不謹慎な事をのたまい、ずるりと"死人"を引っ張り上げた彼は胸を張って空を仰ぐ。
「やっぱり、地球の毒は最高だね!!」
毒沼の中から高らかに宣言された台詞に、少女も三つ子の月も呆れたような顔をした。