第一章 ~『ベッドの上』~
自室に戻ったアンナはベッドの上で横になる。全身が沈むような寝具の柔らかさに包まれるが、将来への不安のせいで、眠気はまだ襲ってこない。
(この屋敷を失いたくないですね)
幼少から暮らしてきた屋敷には思い出が詰まっている。視線を壁に向けると、一枚の絵画が飾られていた。そこには幼い頃のアンナと、幼馴染の少年が描かれている。
絵画の少年の顔は影でぼかされているが、これは、この世界の価値観だと醜男、つまりアンナにとって美形であるためだ。
(ローレンスくんは元気にしているでしょうか)
少年の名はローレンスといい、公爵子息だった。
アンナの家は代々、側近として公爵家に仕えてきた歴史がある。そのため家同士の交流が活発で、幼い頃はローレンスと一緒に暮らしていた。気弱で、アンナのことを実の姉のように慕う子犬のような少年だった。
ただローレンスの両親は醜い彼を嫌っていた。そんな教育環境が悪影響を与えたのか、アンナ以外には滅多に心を開かなかった。その両親も流行り病で病死したため、彼が領主を継いだと聞く。元気に暮らしているのかと心配になった。
(公爵領はここからそう遠くない距離ですし、いつか会いに行ってみましょう)
アンナは布団にくるまりながら、目を閉じる。幼馴染の優しげな顔を思い出したおかげか、ゆっくりと睡魔の海に沈んでいくのだった。