第一章 ~『公爵との結婚』~
アンナの縁談はすぐに決まった。募集をかけた次の日には、家の再建を条件に今すぐにでも結婚したいとの話が届いたほどだ。
(私もまだまだ捨てたものではありませんね)
馬車に揺られて畦道を進むアンナは窓の外を眺める。これから会う縁談相手は、彼女と結婚するために借金の完済だけでなく、莫大な金額の結納金を提示してきた。
その資金力の高さに驚きながらも、相手の正体を聞き、納得してしまう。
(まさかローレンスくんが私の婚約者になるとは思いませんでしたね)
両親が亡くなり、公爵家の跡目を継いだ彼は、王国でも有数の権力者であり、金持ちだ。子爵家を救うことは赤子の手をひねるよりも簡単だろう。
(私以外に浮いた話がないと聞きますし、きっと恐ろしいほどの美形なのでしょうね……)
公爵家なら縁談の話は引く手数多なのが常だ。しかし彼は誰とも結ばれていない。
これは令嬢たちにとって、金や権力以上に外見の欠点が大きかったのだと予想できる。だがアンナからすれば、欠点は美徳になる。この世界での醜さは彼女にとって美しさへと変わるからだ。
「お嬢様、到着しました」
馬車の行者に声をかけられ、到着を知らされる。外に出ると、そこには広大な屋敷が広がっていた。
薔薇が咲き誇る庭を超え、使用人に案内されて屋敷の中へと通される。赤絨毯が敷かれ、シャンデリアが輝く応接室に通されたアンナは、屋敷の豪華絢爛さを霞ませるほどの美青年と出会う。
白磁の肌に、黄金を溶かしたような金髪と澄んだ青い瞳、身長は見上げるほどに高く、まるで乙女ゲームの二次元キャラのようだった。
固唾を飲むほどの美青年との出会いに固まってしまうが、その様子に彼は困ったように眉根を落としてから頭を下げた。
「すまない、僕は卑怯者だね」
「頭を上げてください、公爵様!」
この状況で謝罪する人物は一人しかいない。彼女に婚約を申し込んできたローレンスで間違いない。
「僕は最低な人間だ。君を金で買ったんだ。罵られても文句は言えないよ」
顔をあげたローレンスは今にも泣きそうな表情を浮かべていた。彼は自分のことを絶世の醜男だと思いこんでいる。そんな彼が金の力で縁談を結ばせようとしているのだから、罪悪感に苛まれるのも当然だった。
「あなたは公爵家の領主で、跡取りが必要です。だから私を求めてくれた。義務を果たそうとしただけのあなたは卑怯ではありませんよ」
「跡取りも理由の一つだ……だけど僕は……」
「もしかして子供の頃から私のことが好きだったりしましたか?」
「~~~~ッ」
軽い冗談のつもりだったが、ローレンスが耳まで顔を赤くする。間違いなく図星だった。誤魔化すように彼は言葉を捻り出す。
「そ、それよりも僕のことを覚えていてくれたんだね」
「幼い頃とはいえ、一緒に暮らした仲ですからね」
「そ、そっか」
「だから縁談の話はとても嬉しかったんです。あなたが心根の優しい人だと知っていましたから」
「あ、ありがとう」
ローレンスは目頭を押さえて、涙を堪える。そんあ彼を祝福するように、使用人たちが一斉に拍手を送る。
「領主様おめでとうございます」
「ずっと片思いされていましたものね」
「坊っちゃんの初恋が叶って、私達も嬉しいです」
皆からの祝福で、アンナまで温かい気持ちに満たされていく。使用人たちの反応だけで、彼が立派な領主だということも伝わってきた。
「災い転じて福となすとはこのことですね」
「もしかしてそれはグレシャム男爵からの婚約破棄のことかい?」
「あの人には酷い目に合わされましたからね。でもおかげで、幸せな縁談を結べましたから。結果オーライです」
婚約破棄されたことは悔しいが、そのキッカケがあったからこそローレンスと再会できたのだ。
だがローレンスは納得していないのか、笑みを殺して、押入れの扉に手をかけた。
「君を傷つけた男を許すことはできないよ。僕の方できちんとお仕置きをしておいたから」
ローレンスが扉を開けると、そこには両手両足を縄で縛られたグレシャムの姿があった。
「公爵、俺は無実だ! 両親とは何の関係もない!」
「惚けても無駄さ。君の両親も既に捕まえている。計画性があったと証言もさせたし、その計画に君が絡んでいた証拠も得ている」
「う、嘘だ。捕まえられるはずが……」
「帝国へ亡命しようとしていたからかな」
「ど、どうしてそれを……」
「公爵家の力を舐めてもらっては困るね。この国で僕の目が届かない範囲はないよ」
有無を言わさぬ圧力に、グレシャムは項垂れる。夜逃げした者たちが捕まれば、借金も当事者たちに支払い義務が生まれる。つまりアンナたちの借金は消えるのだ。
さらに夜逃げの計画に彼が絡んでいたのなら責任はグレシャムにも及ぶ。罪を問われ、最悪の場合、詐欺で懲役刑もありうるし、婚約破棄の慰謝料も乗っかってくる。
借金と慰謝料に加えて懲役刑が重なれば、彼の破滅は確定したも同然だ。だがグレシャムは最後の希望に縋るようにアンナを見上げた。
「婚約破棄を撤回する。だから俺と寄りを戻そう。美男子の俺が復縁してやるんだから嬉しいだろう?」
「ふふ、絶対に嫌です」
仮に外見がアンナの目に美形に写ったとしても、彼と復縁することはありえない。内面の醜さを受け入れられないと、押入れの扉を締めた。
「提案を断っても良かったのかい?」
「はい。私はもうあなたのお嫁さんですから」
この世界でまともなのは自分だけ。だがローレンスが愛情を注いでくれるなら、それも悪くないと、二人は愛を確かめるように抱きしめ合うのだった。
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