最終話 デバッグ作業は終わらない
「どうしてこんな所に……俺は今まで何をしていたんだ?」
俺は宿屋のベッドで眠っていたはずだ。
しかし目を覚ました俺の視界に入ってきたのは見覚えがない天井……ではなく、見覚えがある自分の部屋の中だった。
冒険者マール・デ・バーグの部屋ではない。
俺がこの世界に転生する前、地球で日本人として生きていた時の自分の部屋だ。
本棚にはいつも読んでいた漫画やラノベが並んでおり、机の上には学校の教科書やノートに紛れてゲーセンで獲ってきたフィギュアが飾られている。
ゲーム機が接続され電源が入ったままのテレビ画面には、ゲームオーバーの文字が表示されている。
そう、俺がファンタシー・オブ・ザ・ウィンドをクリアした後、バグによってシンディア姫と野球拳をさせられ、敗れた直後の画面だ。
「なんだこれ……今までのは夢? まさかの夢オチ?」
そりゃそうだよな、ゲームの世界に転生するなんて非現実的すぎる。
殆ど徹夜でプレイしてたからいつの間にか眠ってしまっていたんだよな。
しかしそれにしては長い夢だったな。
本当に何年もあの世界にいたような気がする。
確かこんなような故事があったよな。
邯鄲の夢とかいったっけ?
時計を見るとまだ夜の二時だった。
今日のこの時間は深夜アニメもやってないし、朝まではまだ時間がある。
「……よし、二度寝をしよう」
俺はテレビとゲーム機の電源を切り、ベッドに潜り込んで横になる。
「すぅ……すぅ……」
「ん?」
近くで誰かの寝息が聞こえる。
「おかしいな、両親や妹が俺の部屋で寝るなんて事はないはずだ。ペットのポチ太郎でも部屋に潜り込んできたか?」
寝息はベッドの下から聞こえてくるようだ。
俺は隙間からベッドの下を覗いてみると大きな影が見えた。
「どうしたポチ太郎、寂しくなって潜り込んできたのか? でもダメだぞ、ちゃんと自分の寝床に戻りなさい」
俺はポチ太郎を引きずり出そうとベッドの下に手を突っ込んだ。
むにゅ。
「あれ?」
感触が違う。
ポチ太郎の犬種はサモエドだ。
もっと全身がモフモフとしているはずだ。
でも俺が触ったものは全然モフモフしてないしもっと大きい。
そしてポチ太郎よりもはるかに柔らかい。
一体ベッドの下にいるのは何だろう。
変質者?
泥棒?
UMA?
俺は護身用に野球のバットを手にすると、意を決してベッドの下にいるそれを引きずり出す。
「あっ……」
そして俺は我が目を疑った。
「むにゃむにゃ……マール様? もう朝ですか?」
「ユフィーア、どうしてここに!?」
「どうしてって……あれ? どこですかここ?」
「ここは俺の部屋……いやマールじゃなくて俺の部屋……いや、何言ってんだ俺」
「?」
落ちつけ俺。
これはあれか、夢の続きか?
俺は試しに頬を思いっきりつねってみた。
「痛っ」
どうやら夢ではないらしい。
どういう状態だこれ?
「マール様、私たちいつの間にかこの小さな部屋に閉じ込められたんでしょうか?」
小さなは余計だ。
俺以上に状況が分かっていないユフィーアは、部屋の扉を開けて外に出ようとする。
もし親や妹にユフィーアを見られたらなんて説明しよう。
今の彼女の恰好は日本人から見ればコスプレイヤー以外の何物でもない。
しかも俺がいつもプレイしているゲームのキャラときた。
あらぬ誤解を受けるのは必至だ。
しかし、それは杞憂だった。
扉を開けた先に現れたのは自宅の廊下ではなく、広々とした平原がどこまでも続いていた。
「あれ、この景色どこかで見覚えがある……」
「マール様、ここから出られそうです。行きましょう」
俺はユフィーアに手を引っ張られて扉を潜ると、辺りは眩しい光に包まれて何も見えなくなる。
「おお、勇者様がいらっしゃったぞ」
「勇者様、どうか我らの世界をお救い下さい」
誰かの声が聞こえてくる。
やがて光が収まり視界が戻ってきた。
俺とユフィーアは大平原の中にぽつんと建てられた祭壇の前に立っていた。
祭壇の周りにはローブを纏った魔道士のような男達が並んでいる。
「あなた達は何者ですか!?」
ユフィーアは突如現れた謎の男達を警戒し剣を抜くが、俺はこの人達を知っているのでそれを制する。
Wandering of Wonderlandというゲームがある。
製作はファンタシー・オブ・ザ・ウィンドと同じメーカーだ。
通称WOWと略されるこのゲームは、ファンタシー・オブ・ザ・ウィンドを遥かに凌ぐ量のバグがあるオープンワールド型のゲームだ。
あまりにもバグが多すぎたのでメーカーに問い合わせが殺到した結果、メーカーも半ばやけくそで「不思議の国なのだから不思議な事が起きるのは当たり前、これはバグではなく仕様です」とまで言い出す始末。
そんないわくつきのこのゲームのシナリオは、魔道士達によって勇者が現世からWOWの世界に召喚されるところから始まる。
そう、今俺達の目の前の光景がまさにそれだ。
「ユフィーア、剣を納めて。まずはこの人達の話を聞いてみよう」
「はい、マール様」
「おお勇者様、エクソダークなる邪神が我らの世界を滅ぼそうとしております。どうかあやつを討ち滅ぼし、この世界をお救い下され!」
WOWはまだアップデートによるバグの修正が一般ではなかった時代のゲームである。
現在のプレイ環境においても当時のバグはそのまま残っている。
そして今後もバグが修正される可能性はゼロだ。
俺が子供の頃よくプレイしたゲームなので、このゲームのバグの事はほぼ熟知している。
使い方次第ではファンタシー・オブ・ザ・ウィンド以上に楽しむ事ができる。
WOWの原作では主人公が元の世界に帰る為には邪神エクソダークを倒さなければならない。
この魔道士達の頼みを断る理由はない。
「ユフィーア、救いを求める者達を見捨てる訳にはいかないな。俺は戦うぞ」
「はい、民を守るのは騎士の役目。私もお供します!」
「おお勇者様、我らの希望!」
「何卒、何卒!」
こうして俺とユフィーアは魔道士達の歓声を背に受けて邪神エクソダーク討伐の旅に出発した。
「マール様、地図を見る限りでは隣の町までかなり距離がありますね」
「大丈夫、そんなもの一瞬で着くさ」
このゲームにはファストトラベルがない代わりに一瞬にして隣の町へ転移するバグがある。
「いいかい、まずは剣を口で咥えて盾を頭に被り、しゃがみパンチをしながら五歩進むんだ」
「え、何ですかそれ……」
さすがのユフィーアもその謎の動きに少し引いていたが、俺が実践して見せるとちゃんと後についてきてくれた。
やがてこの地には呪術を巧みに用いて邪神を討伐した異色な勇者の伝説が永く語り継がれたという。
完




