第44話 聖女の犯した罪
「それで俺達は何をすればいい?」
「まずは耳を拝借。ごにょごにょ……」
「ふむふむ……なんだと!? ヘステリアにそんな事をさせられる訳ないだろう!」
「これは必要な事です。さっきも説明した通り、この呪いは善人ほどその反動が大きい」
「だからといって彼女にそのような事を……」
「う……ん。何の騒ぎでしょうか?」
ヘステリアの呪いを解く作戦を巡って俺とアレス殿下が言い争いをしているところでヘステリアが目を覚ました。
「アレス殿下、詳細は王都に戻ってからゆっくりとお話ししましょう」
「ぐぬぬ……いやしかし……」
ヘステリアは眠たそうに眼をこすりながら周囲を見回し、状況を確認する。
「アレス様どうかなさいましたか? ここはどこでしょう?」
「ヘステリア、ここはキルヒホッフアイス山の麓だ。お前はアイスドラゴンを倒した直後に疲労で倒れてしまってな。【ツヴァイ】の二人にも手伝って貰ってここまで戻ってきたんだ」
「そうでしたか……マール様、ユフィーア様、ご迷惑をおかけ致しました。あっ、ヘルメスさんとテーセウスさんは?」
「ヘステリアさん、私ならここにいるぞ」
「俺もだ」
ヘステリアは二人の無事な姿を見て胸を撫で下ろし、安堵の表情を浮かべる。
「よかった……実は恐ろしい夢をみたんです。二人が死んでしまう夢を……まるで現実のように生々しくて……」
「う……ヘステリアさん、縁起でもない夢をみないで下さいよ」
「俺達はご覧の通りぴんぴんしてますよ。きっと疲れてるんでしょう。王都に戻ったらしばらく休みましょう」
「はい、そうですね、そういたしましょう」
どうやらヘステリアはさっきの出来事を夢と思っているようだ。
もし心優しい彼女があれは現実の出来事だと知ったらどれだけショックを受けるだろうか。
これは早く何とかしないといけないな。
俺達は休養を済ませると王都への帰路を急ぐ。
◇◇◇◇
俺達が王都へ戻ってから数日後。
夜の暗がりを歩く男女の姿があった。
「いやあすっかり遅くなってしまったな。ラナ、今日は俺が送っていくよ」
「ねえポール、最近王都に現れた怪人の噂知ってる? 私怖いわ……」
「ああ、謎の覆面を被った追剥の噂だろ。なあに、俺がついてるから大丈夫さ……うわあっ」
「な、何よポール。急に叫んだりして。びっくりするじゃない」
「あ、あれ……」
ポールが指差す方向にラナが視線を向けると、人影のようなものが立っているのが見えた。
「な、何よ。人間じゃない。驚かせないで……」
その時雲の隙間から月が顔を出した。
月明かりに照らされて骸骨のような顔が露わになる。
「きゃああああああ」
「か、怪人だ!!」
怪人はゆるりと二人に歩み寄って言う。
「そこのあなたたち、命が惜しければ金目の物を置いていきなさい」
「か、怪人だ! 誰か来てくれー」
「騒がないで下さい、人が来てしまいます。……仕方がありませんね」
覆面を被った怪人は安らぎの歌を歌うと、ラナとポールの二人は心地よい睡魔に襲われ、そのまま意識を失った。
「本当にごめんなさいね」
怪人は二人の懐を探り、金目の物を奪い取るとそのまま姿を消した。
◇◇◇◇
「号外、号外! また骸骨の覆面を被った怪人が現れたよ!」
翌日も王都はその怪人の話で持ちきりだった。
連夜現れる謎の怪人。
遭遇してしまったら最後、何らかの術で対象の意識を奪い金目の物を盗んでいく。
ひとりひとりの被害は軽微だが、昨日の二人で被害者は合計十人の大台に乗った。
王都の兵士も警備を強化しているが、一向に犯人の目星すら付かない。
「おい、もう十分だろう」
「そうですねアレス殿下。ここらが頃合いでしょう。そろそろネタばらしといきましょうか」
ここは王都の外れにある小屋だ。
付近には民家もなく、隠れ家としてはもってこいだ。
俺はアレス殿下を縄で縛りあげ、床に転がし、彼女を待つ。
少しして小屋の入口の扉を叩く音が聞こえてきた。
「……ヘステリアです」
「ちゃんとひとりで来ただろうな」
「はい……」
「よし、入れ」
ヘステリアが扉を開いて小屋の中に入ると、狼の覆面を被って正体を隠している俺と、床に横たわっているアレス殿下が視界に入る。
ヘステリアは俺が変装している事には気付いている様子はない。
身動き一つしないアレス殿下を見て、ヘステリアは悲鳴をあげて懇願する。
「お願い、アレス様に酷い事をしないで! 何でも言う事を聞きますから!」
「なんでも……ねえ。まずは昨日の稼ぎ分をよこしな、へっへっへ」
「はい……」
ヘステリアは懐から二つの財布と指輪を取り出して俺に渡す。
「けっ、シケてやがんな。おっとこっちの指輪はかなり値が付きそうだな。見たところ婚約指輪のようだ。きっとそいつが彼女の為に給料を三ヶ月分貯めてようやく買った指輪なんだろうな。まったく、何が元聖女様だ。ひでえ事をしやがる」
「あ、あなたがやらせたんでしょう!」
「おっと、自分の立場を弁えな。こいつがどうなってもいいのか?」
俺はアレス殿下に剣を突き付ける。
「それに、変な気を起こしたらここの場にいないヘルメスとテーセウスがどうなっても知らんぜ?」
「くっ、卑怯な……」
ヘステリアには人質作戦は効果覿面だ。
彼女は自身が傷つく分は一向に構わないが、自分のせいで他人が傷つく事には耐えられない性格だ。
アレス殿下、ヘルメス、テーセウスの三人は打ち合わせ通り俺がでっちあげた謎の犯罪組織マッドキラーに捕えられ、人質にされた振りをしてもらっている。
そして俺はヘステリアに対し、三人を解放して欲しければ罪なき民衆に追剥行為をするよう強要した。
ヘステリアは三人の命と民衆の財産を天秤にかけた結果、止む無く追剥行為を繰り返していたという訳だ。
もちろん俺が彼女にこんな行為をさせたのには理由がある。
彼女が追剥行為を繰り返していた事で善悪ポイントが一気に下がり、既にオーバーフローによる闇落ちバグとは無縁の状態になっていた。
因みにヘステリアには知らせていないが、彼女に襲われた人たちは全てアレス殿下の息がかかった者たちばかりだ。
つまり実質被害者は存在しない。
そろそろ彼女の善悪ポイントは限界まで下がっているはずだ。
この辺りでアレス殿下達を解放してあげようか、と考えていたところでドンドンと小屋の扉を激しく叩く音が聞こえてきた。
「ここよ! 夜な夜な王都を騒がしている怪人がこの小屋に入っていくのを見た者がいるのよ!」
「おい、ここを開けろ! この部屋は包囲されている、逃げられないぞ!」




