第32話 暴飲暴食の報い
「ユフィーア逃げろ!」
「は、はい!」
有志のデータ解析により、ワールドイーターのステータスは判明している。
攻撃力、防御力、素早さ、HP……全てのパラメータが限界値だ。
例えパーティ全員が最高レベルの状態で挑んでも勝つのは難しいだろう。
今の俺達にできる事は出口へ向かって走る事だけだ。
ワールドイーターは大口を開けながら俺達に向けて突進してくる。
速い。
ただでさえ俺達は人を担いでいる状態だ。
このままでは逃げ切れない。
こんなことになるならスターキノコでも余分に持ってくればよかったと後悔をする。
なんでも食べる化け物だ、その辺に置いておけば勝手に食べて自滅してくれたかもしれないのに。
いや、無敵状態が終わる前に俺達も食べられるのがオチか。
「そうだ、これを使えば……」
俺は咄嗟に魔法の袋の中からエリクサーを取り出し、担いでいる使用人の口の中に無理やり流し込む。
「ごくごく……はっ、俺は一体……」
よし、使用人が目が覚ました。
「状況が分からないかもしれないけど、あの出口に向かって走って!」
「出口? うわっ、魔獣が!? お……お助けぇ!」
使用人の男は、ワールドイーターの姿を見ると出口へ向かって一目散に走って行った。
「よし、これで自由に動ける。おい化け物、こっちを見ろ!」
俺はワールドイーターの目に向けてバクダンを投げつける。
もちろんこんな店売りの使い捨て魔道具の爆発程度ではワールドイーターにダメージは通らない。
だが注意を引く事ができればそれで充分だ。
「キシャアアァァァァ!!」
俺の目論見通りワールドイーターは激高し、目標を俺に定め突進してくる。
ヘイト管理には自信があるんだ。
「マール様、どうするつもりですか?」
「勝てないまでも囮ぐらいはできる。ユフィーアは皆を安全なところに連れてってくれ。大丈夫、俺はこんなところでは絶対に死なないから」
「分かりました、皆を外に出したら直ぐに戻ります!」
俺はワールドイーターを引き付けて出口とは反対方向に走る。
ワールドイーターはそれを追いかけてくる。
これでユフィーアたちは無事にダンジョンから脱出できるだろう。
後は俺がワールドイーターの追撃を振り切るだけだ。
全力で走る俺の前方にダンジョンの壁が迫ってくる。
「よし、ここで振り切ってやる」
俺は壁すり抜けのバグ技を使い、壁の向こう側へ飛ぶ。
これで少しは時間が稼げるはず──
しかしそんな俺の期待は一瞬で崩れ去る。
俺が後ろを振り向くと、今すり抜けた後方の壁が広範囲に渡って粒子化するようなエフェクトと共に消え去った。
突然視界に現れたワールドイーターの二つの首は大口を開けて俺に食らいつこうとする。
「何だ、今何が起きた!?」
俺の前方には次のダンジョンの壁が立ち塞がっている。
俺は再度壁すり抜けバグを使い、壁の向こう側に出る。
「さっきワールドイーターは何をやった? 今度こそしっかりと把握しなくては」
俺は壁の向こう側で後ろを振り向き、今すり抜けてきた壁を凝視する。
次の瞬間、先程と全く同じように後方の壁が粒子化するようなエフェクトと共に消え去った。
まるでリプレイでも見ているかのように、ワールドイーターの二つの首が大口を開けてこちらい襲い掛かる。
しかし今度ははっきりと分かった。
壁の消え方を見れば分かる。
壁はワールドイーターの二つの首の牙の位置から円形に広がるように消えていった。
つまり、あの牙に触れる事が食べられたという判定条件──ゲーム風に言えば当たり判定──になるんだ。
……ひとつ、作戦を思いついた。
上手くいくかどうかは分からないが、このまま逃げ続けていてもいつかは間違いなく追いつかれる。
ならばやるしかない。
俺は逃げるのを止め、ワールドイーターへ向かって走り出す。
目指すは二つの首の中央だ。
ワールドイーターの二つの首は同時に口を開き、両側から挟み込むように俺を噛みつこうとする。
狙い通りだ。
ワールドイーターの牙が俺に届く直前、俺は軽くジャンプをし、盾を外した。
壁すり抜けのバグ技の応用だ。
その瞬間に座標のぶれが発生し、ワールドイーターの牙は俺の身体をすり抜け、お互いの口を噛みつき合う形になった。
お互いの首が噛みつき合った事で、それぞれの首は同時に食べられたと判定される。
「ギシャアアァァァァ!」
ワールドイーターは断末魔の叫びを響かせながら粒子化し、消滅した。
「勝った……のか?」
一か八かの賭けだったけど、上手くいったようだ。
まだ恐怖で膝がガクガクしてる。
「マール様、ご無事ですか!?」
このタイミングでユフィーアが戻ってきた。
「はぁ、はぁ……何とか倒したよ」
俺は心配そうに駆け寄ってくるユフィーアにサムズアップで応える。
「あの化け物を一人でですか……やはりマール様はすごいです」
「割とぎりぎりだったけどね。さあ外に出よう」
俺は中に閉じ込められていた人間が全員が屋敷の外に脱出した事を確認すると、モバイルクォーツを起動して地図のデータを削除する。
ピピッという電子音の後、削除が完了しましたの文字が表示される。
その瞬間、ダンジョンは消滅して屋敷の中は元の状態に戻った。
一度削除した地図のデータは除外対象となり、二度と受信される事はない。
これで今後リスボーン家の屋敷は安全が約束された。
「これでよし、と。ユフィーア、皆の様子はどう?」
「はい、全員長く閉じ込められていたので衰弱していますが、命に別状はありません。少し休めば大丈夫だと思います」
犠牲者が出なくて何よりだ。
幸いエリクサーは大量に余っている。
俺はユフィーアの両親や使用人達に惜しみなくエリクサーを振舞った。
屋敷の皆が落ち着いた頃、俺はユフィーアの父シャルリック・ラスボーンに呼ばれて食堂へやってきた。




