第27話 キノコの森にご用心
王都の北東に位置する森の一帯はキノコ帝国と呼ばれている。
キノコ帝国を支配者しているのは、マリオネットブロスと呼ばれる寄生キノコだ。
そのキノコから放出される胞子はありとあらゆる動物に寄生して、まるでマリオネットのように宿主を操る事ができる。
寄生された生き物はゾンビのように森の中を彷徨い続け、やがては養分を吸い尽されてミイラになって死ぬ。
その危険性故に野生動物はこの一帯には近寄らず、キノコ達の楽園となっている。
そういった経緯から、ここには魔法薬の材料となる貴重なキノコも多く生息しているので、時々ギルドにキノコ採集の依頼が入ってくる。
今回俺とユフィーアはその依頼を受けてキノコ帝国に足を踏み入れたのである。
目的の品は、スターキノコという金色に輝く不思議なキノコだ。
中には限界まで圧縮された魔力が詰まっており、これを食べると短期間だが無敵の肉体を手に入れられるという。
俺達もマリオネットブロスの胞子が体内に入るとキノコに支配されてしまうので、ユフィーアが魔法で俺達の周りに薄い炎の膜を結界のように張り、飛んでくる胞子を焼却しながら奥へ進む。
「マール様、私もスターキノコの事は噂には聞いた事がありますが、誰も実物を見た事がないそうですよね。本当にあるのでしょうか?」
ユフィーアの疑問は尤もだ。
世間ではスターキノコは幻のキノコとも呼ばれている。
結論として、スターキノコは確かに存在している。
ただしデータとしては存在しているが、普通にプレイしていると絶対に手に入れる事はできない。
恐らく、開発中に何らかの理由で没になったアイテムのデータが残っていたのだろう。
それにもかかわらず、スターキノコの採集クエストがギルドの掲示板に貼られる事がある。
完全に開発側の削除忘れである。
それを知らずにスターキノコを探してキノコ帝国を何十時間も彷徨ったというプレイヤーもいた。
そのプレイヤーは攻略サイトの掲示板に「こんなクソゲー二度とやらん。俺の一週間を返せ」という書き込みをしたのを最後に二度と戻ってくる事はなかった。
このように尊い犠牲を出しながらも有志達の手によってゲームの解析は進み、やがてバグ技によるスターキノコの入手方法が発見された。
今回はそのバグ技を使わせて貰う。
「ユフィーア、スターキノコは実在するよ。まずはこれを持って」
俺は用意してきたラケットをユフィーアに渡す。
「ラケット……これをどうするんですか?」
「ラケットと言えばテニスに決まっているじゃないか。それっ」
「え? は、はいっ」
俺はラケットでユフィーアに向けてボールを打つと、ユフィーアは反射的にそれを打ち返し、リレーが始まる。
現実の世界ではテニスの起源は古く、紀元前まで遡るという。
その後紆余曲折を経て、中世では貴族のスポーツとして定着していく。
このファンタシー・オブ・ザ・ウィンドの世界でもテニスは貴族達の間で人気のスポーツであり、貴族出身であるユフィーアもそれなりに嗜んでいたそうだ。
「あの、マール様。テニスをされたいのならいつでもお付き合いしますけど、今はクエストを進めませんか?」
ユフィーアの反応は当然のものだろう。
しかし、これはスターキノコを手に入れる為に必要な前準備だ。
「5、6、7……はい、ストップ」
俺は7回リレーをした直後に強制的に中断させるとラケットを仕舞い、今度は剣を振りながら森の奥へ向かって歩き出す。
「マール様、何をしていらっしゃるのですか?」
「すぐに分かるよ」
俺が森の奥に足を踏み入れた次の瞬間、周りの景色がガラッと変わった。
裏ワールドに飛ばされたのだ。
まだ昼頃だったはずだが、辺りは暗闇に包まれている。
そしてまるで水中にいるように体が浮き上がる感覚がある。
上空には金貨のようなものが列をなして浮かんでいるように見える。
本当に不思議な空間だ。
「これは……」
「テニスというのは元々は封印解除の儀式のひとつでね。それを使って隠されていた秘密の空間を出現させたのさ。さあついてきて」
もちろん全部嘘っぱちだ。
「……もう何が起きても驚きませんよ!」
そろそろユフィーアもバグにも慣れてきたようで何より。
いちいちリアクションしてたら疲れちゃうからね。
今俺が行った行動は、原作で有志達が発見したキノコ帝国でのみ発生するバグ技を再現したものである。
手順としてはまずファンタシー・オブ・ザ・ウィンドを起動し、電源を切らずにゲームディスクを抜く。
すると当然バグって画面が固まるので、今度はそのままテニスゲームのディスクを入れてリセットボタンを押す。
その後普通にテニスゲームをプレイし、また電源を切らずにテニスゲームのディスクを抜き、ファンタシー・オブ・ザ・ウィンドのディスクと入れ替える。
最後にリセットボタンを押してファンタシー・オブ・ザ・ウィンドのタイトル画面を表示し、Aボタンを押しながらゲームを再開すると、テニスゲームで使用していた内部変数の影響により、バグった裏ワールドに飛ばされるのだ。
テニスでリレーをした回数によって、飛ばされる先は変わる。
通常では入手できないアイテムが落ちていたり、出現しない魔物が出てきたりする。
この裏ワールドにはスターキノコが落ちているはずだ。
「ユフィーア、手分けして探そう」
「はい……えっと、これでしょうか?」
ユフィーアは微かに光を放っているキノコを摘んで俺に見せる。
しかしこれじゃない。
「全然違うよ。これは幻のキノコじゃなくて、食べると幻が見えるキノコだね。スターキノコはもっと眩い光を放っているよ」
「ごめんなさい、もっとよく探します」
ユフィーアはしょんぼりしているが、実物を見た事がないので間違えるのも無理もない。
俺がユフィーアをそうフォローをしょうとした瞬間、前方から眩い光が放たれる。
「この光……間違いない、スターキノコだ」
「はい、マール様。確かに眩しさが全然違いますね」
俺とユフィーアは光が射す方向へ駆けよる。
その時、光源がユラリと動いた。
おかしい。
キノコが動くはずがない。
俺は目を凝らしてその光り輝く物体を凝視する。
……キノコじゃない。
まず最初に目についたのは背中の甲羅だ。
そしてその甲羅の周りにはノコギリのような鋭い刃が並んでいる。
「マール様、ノコギリタートルです! どうしてこんな所に!?」
ノコギリタートルは本来深海に棲息する魔獣だ。
こんな森の中で遭遇する事は通常ならばありえないが、ここはバグっている裏ワールドだ。
何が出てきてもおかしくはない。
「マール様、ここは私に任せて下さい。……ライトニングアンペア!」
ユフィーアが電撃魔法の呪文を詠唱すると、ノコギリータートルを目掛けて天空より巨大な雷が落ちる。
海の魔獣は電撃魔法に弱い。
ノコギリタートルは一瞬にして黒こげに──
なっていない。
それどころかピンピンしている。
俺は瞬時に状況を理解した。
「そうか、この亀はスターキノコを食べて無敵状態になっているな」




