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婚約者と乙女  作者: 千鶴
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婚約者と収穫祭

 リーデシアとアルフレッドが暮らす王国では年に二回、霜降りの季節と雪解けの季節に収穫祭が催されている。


 霜降りの収穫祭は古くは宗教の祭が変化したもので、魔除けや病避けの願いが込められた祈りの儀式であった。

 病に弱い子ども達が仮面を被り、病魔に連れていかれないよう悪魔を追い払う。大人は子ども達が寒さ厳しい季節を乗り越えられるよう、栄養価の高い食事をふるまう。

 そういった祭であったのたが、隣国と同盟を結び発展し、餓死や栄養失調で亡くなる人が減った現在では、一部ただの仮装祭の様相を呈している。


 雪解けの収穫祭も、元々は極寒の季節を乗り越えられたことを祝う祭であった。生き延びたことを祝福して、神に感謝し、互いに喜びを伝えあう儀式だったのだ。

 喜びを表す際に大切な人へ贈り物をする風習があったのだが、それが転じて、恋人や愛しい相手へ花と共に気持ちを伝える現在の形へ落ち着いたと言われている。


 そんな話を先日の民俗学の書籍から知ったリーデシアは、収穫祭当日の今日、友人のハンナとスイーツ巡りに来ていた。

 前回の買い物ではリーデシアがどこに行くかを選んでいたので、今回はハンナがセレクトした店を回っている。裕福な商人や平民向けのそこは、ハンナも気兼ねすることなく利用できる行き付けの店だった。


 テーブルに並べられたモンブランやスイートポテト、アップルパイやマスカットのタルトを見て、リーデシアは目を輝かせる。


 モンブランは栗ペーストの中央に渋皮を使用した濃厚な栗のクリームがたっぷりと敷き詰められ、その上になめらかな生クリームとさくさくとしたメレンゲが隠されている。さらにペーストを重ねて細かな粉砂糖を振り掛けたら完成だ。

 皿の真ん中に高く盛られたそれは見た目の美しさもさることながら、濃密な栗の香りが漂い食欲を刺激する。一口食べれば素材本来の良さを存分に堪能でき、栗本来の甘味が口いっぱいに広がる。口当たりのよいクリームと食感の良いメレンゲが舌を楽しませ、至福の一時を提供していた。


 スイートポテトはさつまいもの皮に乗せられ、表面がキャラメリゼでコーティングされていた。じっくりと焼かれた糖度の高いさつまいもをくり貫き、バターと生クリームを混ぜ合わせて作られたタネが山型に盛られている。

 その後冷凍の魔法で時間をかけ冷やされたそれは、注文と同時に取り出され砂糖をまぶされると、一気にバーナーで炙られる。火魔法だと火力が高いのでここでは道具を使っているようだ。

 香ばしく甘い匂いが嗅覚を刺激する。弾けるようなキャラメリゼがしっとりしたスイートポテトを覆っていた。表面はぱりぱりなのに中はひんやりととろけて、まろやかな味わいに悶絶する。


 他のスイーツもしっかりと味わい満足したリーデシアは、甘さ控えめのカフェラテを飲みながら一息ついた。きらきらと輝いていた瞳はとろりと緩み、満ち足りた表情はまさしく聖女を思わせる。道行く人々が視線を向け、ふらりと店内に立ち入る様は広告塔として絶大な効果を発揮していた。


 これはもはや商売になるのではないかと思うハンナは、いつもはストーカーばりに婚約者に侍る男がいないことにやっと気付いた。

 普段鬱陶しいといない時にすぐ気付くものだと思っていたのだが、そんなことはなかった。むしろ安らかで全然思い出しもしなかった。気付いてしまったことに後悔しつつ、気にはなったので一応聞いてみる。


「ところで、今日は婚約者がいないみたいだけど。ちゃんと仕事してるの?」

「アルのこと? 今日はね、騎士団のお仕事の一環で、子ども達にお菓子を配るんだって。仮装もするみたいよ」


 どんな格好なのかしらとリーデシアは首を傾げた。そんな彼女にハンナは驚く。まさかあの婚約者大好き過ぎて同僚と話し合い(物理)で持ち場を交換するような男が、仮装姿を隠すなんて思いもよらなかったのだ。守秘義務は守っているようだが、たいていのことはリーデシアに報告している男が、そんな些細なことを言わないとは。

 唖然とするハンナに気付かずリーデシアは楽しそうに話続ける。


「何の仮装をするかは配布されるまでわからないんだって。きっとアルのことだから、何を着ても似合うと思うわ。仕事が終わり次第返すみたいだけど、格好いいアルの仮装姿、見たかったなあ」


 穏やかに笑うリーデシアの言葉に、ハンナはそういうことかと納得した。隠している訳ではなく単純に知らないから教えられないと。

 それなら見に行けば快く迎えてくれるだろうが、仕事の邪魔になりそうだ。主にアルフレッドのテンション的な問題で。

 名前を呼べば姿を現す男が今日に限って出てこないことに安堵しつつ、ハンナは友人との一時を楽しんでいた。

 リーデシアが婚約者を見つけてしまうまでは。


「あ、アル」

「え?」


 何ヵ所目かのカフェに向かう途中、振り向けば遠くに人だかりが出来ていた。子ども達の笑い声と駆ける足音に、女性達の歓声。何事かと凝視すれば、中央に立つマントをまとった男。アルフレッドだった。

 漆黒のマントに描かれた複雑なアイビーの図形が赤く浮かび上がっている。藍色の短髪を後ろに流し、片目を覆う仮面には青い宝石が埋め込まれている。

 口許に牙はないがどことなく吸血鬼を思わせるゴシック風の衣装は、氷の騎士に相応しい雰囲気を漂わせていた。


 片手に持った籠に詰め込まれたお菓子を配りながら笑顔ひとつ見せないにも関わらず、周りの評判は悪くない。むしろさすが氷の騎士様、クールな所が素敵だと讃える声に、ハンナはちょっと引いていた。子ども達はお菓子に夢中なのか、騎士の表情を気にした様子はまったくなかった。


 リーデシアは踵を返し、アルフレッドとは反対の方向へ歩き出す。慌てて追うハンナはこっそりと男を盗み見るが、どうやらこちらに気付いてはなさそうだった。


「どうしたの、普段なら声をかけるじゃない」


 思わず口に出た疑問に、リーデシアは困ったように苦笑するだけだ。

 角を曲がり狭い路地を急ぎ足で通り抜ける。ハンナが次に向かう予定だったカフェに到着すると、席に座ってからようやく息を吐き出した。


「いえ、だって、仕事の邪魔をしては駄目でしょう」

「別に声をかけるくらいなら大丈夫じゃない。どうしたの、何かあった。まさか喧嘩してるの?」


 心配そうな友人にリーデシアは首を振る。眉を下げた顔を両手で隠すと、息と共に言葉を吐き出した。


「だって、アル、あんなに格好いいんだもの……!」


 耳まで赤くしたリーデシアが俯きながら悶絶している。華奢な肩が震えていた。

 それを見たハンナはああいつもの発作だなと完結して、メニュー表を開く。食べたばかりだが、スイーツは別腹だ。

 さて何にしようかと迷うハンナの前で、リーデシアはしばらく婚約者の姿を思い出しては艶やかな溜め息を吐いていた。


 後日、カフェ「天使(アンジェロ)の涙」に憂う天使が舞い降りたらしいと噂になり、客が殺到した。

 店主から「もう一度あの子を連れて来てほしい」と土下座されたハンナは「善処します」と答えるほかなかった。

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