12がつ13にち 晴れ (憑き物落としとかそんな日)その4
12がつ13にち 晴れ(憑き物落としとかそんな日)その4
「そろそろ落ち着かれましたか」
奥さんが淹れたお茶をすすり、5分ほど経過してから声をかけてみた。
結構時間が掛かっている気がするけど、まだこの家に来てから1時間ほどしか経っていない。
「はい……はい、大丈夫です。私はオカルトなど否定、いやハッキリ言うと馬鹿にしてきたのですが。自分自身で体験したとなると………」
自分で見たものしか信じないと言う人がいる。
それは、裏を返せば自分が見たものは信じるということなので、けっこう危うい考え方なんだけどな。
「私は子供の頃にこっくりさんを経験したが。大人になり色々な知識身に着けたことで、単純に受け入れられていた時より衝撃がありました」
なるほど。
チセは会話には加わらず、少し離れたところでビデオカメラやタブレットを弄っている。
話好きなのに、今日殆ど喋っていないのは雰囲気を明るくしない為。
周りを華やかにする、天性の主人公気質のオーラがあるからなぁ。
姉のアタシとは大違いだ。
今日はアタシのバックアップにまわり、アタシの苦手な機械操作などやってくれていて大変助かる。
チラリとチセの方を見ていると、旦那さんが溜息を吐きながら言うのが聞こえた。
「10円玉が、勝手に動き出すなんてことがあるんですね」
「ありませんよ」
「えっ?」
「10円玉に指を載せていたのだから、当然指で動かしていたのですよ」
「私達は動かしていませんよ。嘘をついているとでも」
食ってかかってきそうな旦那さんを宥める。
「いえいえ。とりあえず、落ち着いて下さい。今回の現象について、今から説明させていただきます」
「こっくりさんの正体は、『不随意運動』と『自己催眠』です」
ここで、なるほど分かりましたと言ってくれれば楽なんだけど。
「まずは不随意運動から。運動には随意運動と不随意運動の2種類あります」
腕をくいっと曲げて見せる。
「自分の意志で動かす随意運動」
長袖なので、2の腕がぷよぷよなのが見られないのがさいわいだ。
「それに対して、意志とは関係なく動くのが不随意筋です。この運動が大きくと、神経の損傷などが原因の病気で様々な分類となりますが。健常者でも自然体でなければ、細かい筋収縮が起こります」
右腕を前方斜め下に伸ばす。
指先に10円玉があれば、そのままこっくりさんが出来るようなポーズ。
「例えば、こんな感じで伸ばした腕には疲労が溜まっていきます」
具体的には小さな筋収縮と弛緩を繰り返すことで筋肉内エネルギー、アデノシン3燐酸(ATP)を消費する。
減ったATPを補うためにグリコーゲンが使われるが、その過程で酸素が不足し始め乳酸が蓄積しはじめる。(正確にはその工程の間にクレアチン燐酸が挟まれるが)
「その結果、筋束に細かい痙攣が起こり10円玉を意図せず動かしてしまうのです」
しまうのです、などと推理を披露する名探偵みたいな物言いでドヤ顔をしたけど。
気恥ずかしくなって、赤面してしまった。
探偵は毎回こんな事をやるのか。
凄いメンタルだなぁ。
「でも、10円玉の軌跡はそんな小さくなかったいですが。それに文字を繋いで、言葉を作っていたり。それらも痙攣による偶然ですか?」
「さすがにそれは無理がありますね。まだ、狐の霊が…などと言った方がまだ説得力があります」
痙攣が文章になる確率かぁ。
犬の鳴き声がたまたま人間の言葉に聞こえ、相対性理論の会話が成立している確率よりは高い確率かな。
「こっくりさんの正体は自己催眠。自己暗示ですね。不随意運動による10円玉のほんの少しの動きが、その導入になります」
10円玉は普通に財布に仕舞った。
こっくりさんの儀式によれば、なるべく早く使用した方が良いらしいけど。
「意識には、顕在意識と潜在意識があります。自覚しているしている意識と、自覚していない意識ですね」
少し分かりにくいかな。
意識しているか意識していないかと考えた方が、分かりやすいかも。
「催眠術は、潜在意識に影響を与える技術です。今回は、催眠術師はこっくりさんをやっている自分自身になりますが。自己暗示ですね」
10円玉を凝視する。
繰り返される呪文。
薄暗くされた照明。
解き放たれた窓から侵入する寒気。
意識レベルを低下させることにより催眠状態へと移行していく。
『緩序導入法』だ。
催眠に入ると眠りに落ちる寸前のような状態となる。
論理的な思考能力は低下するが、周囲の状況はしっかりと把握出来る。
この段階で催眠術師が命令を下せば、反発する意思が湧き辛く従ってしまう。
こっくりさんの場合、10円玉が震えた原因を単純に狐の霊が動かしていると信じてしまう。
その後の質問に10円玉が動き回って答えているのも、意識外で操作しているだけ。
ただ、その操作をしているという意識が無いから。
霊の力で、勝手に動き回っていると勘違いする。
「これがこっくりさんの正体です」
ふぅ。
喋り疲れた喉に、冷めたお茶が染み込む。
2人の様子を見ると、まだ完全ではないけれどもある程度は納得しているみたい。
「起きて周囲の状況も分かりながら、睡眠状態ですか。そんな事があるのですか?」
「閉鎖された空間や単調な繰り返しなど、刺激の少ない状態だとそのような状態になりやすいです」
例えば、深夜車を運転中に幽霊に遭遇する話は数限りなく多数ある。
景色に変化が乏しい深夜。
刺激もなく、疲れも溜まっている。
起きてはいるが、催眠状態に陥り判断能力が低下し幻覚を見やすくなっているからだ。
特に運転操作や判断が少なく変化も少なくなる、高速道路のトラック運転手に幻覚経験者が多いことから『高速道路催眠現象』
と名付けられている。
運転系だと、ハイウェイ・ヒプノシスに比べると知名度が低いがブレーク・オフ現象というのもある。
こちらは、旅客機のパイロットに起こる幻覚や混乱。
事故の危険性が高い離陸を終え、水平飛行時に移行。
オートパイロットに切り替え、緊張から解き放たれ後は確認と景色を眺めるだけ。
そして、催眠状態へと入り知覚・方向感覚が鈍り夢の中にいるような感覚になる。
あまり知られていないのは、パイロットがそんな状態になっていると知られると乗客は安心出来ないからだろうね。
運転だけでなく、催眠状態になる要因は沢山。
意図的に仕掛ければこっくりさんや催眠術、洗脳だって出来る。
「そんな思い込みのようなもので、肉体とかに変化が………」
「人間の精神と肉体は複雑なようでいて、結構単純に騙されてしまうのです。えー、そうですね…プラシーボ効果はご存知ですか?」
「聞いたことがあります。偽薬効果でしたっけ」
知っていたのね。
なら、話が早い。
例えば痛み止めの薬の薬と言って、なんの効能もない錠剤を処方する。
当然痛みが和らいだりしないはずなのだが、痛み止めだと信じ切って飲むと何故か効果がある。
あるいは、ノンアルコール飲料をお酒だと偽って飲ませると本当に酔ったように判断能力が低下する。
何故その様な事があるのかは解明されていないが、思い込みは肉体に作用する。
人体って、凄いね。




