12がつ13にち 晴れ(憑き物落としとかそんな日)その5
12がつ13にち 晴れ(憑き物落としとかそんな日)
その5
「お姉ちゃん、ちょっといい?」
タブレットから目を離さず、チセが呼びかけてきた。
なんだろ?
なにか問題でもあったかな?
一番厄介というか面倒くさいなるのは、ビデオカメラに心霊現象でも映っていた場合かな。
万が一にもそんな事が起こったら、今まで説明したことが全部無駄になってしまうから。
苦労を台無しにした幽霊を、ひっぱたいてしまうかもしれない。
チセの横まで行き、小声で聞く。
「どした?」
「動画は編集出来たんだけど……分かりにくいよね」
タブレットの画面をアタシの方に向ける。
「ん………あー、ちょっと画面が小さいね」
持ってきたのは8インチのタブレットなので、どうしても画面のサイズが足りず目的の場面は分かりずらい。
「すみません。このタブレットを、テレビに接続しても宜しいですか?」
「はい。テレビに出力するのですね。やりますよ」
旦那さんがテレビの所へ向かい、チセがカメラを持って後を追う。
二人がセッティングしている間に、奥さんに話しかけた。
「宏美さんは、ずっと部屋に閉じこもっているのですか?」
「はい。中から鍵を掛けて。外からでも開けられますがドアを開けようとしただけで唸って、暴れるので手が付けられない状態です」
「食事はどうしています?」
「部屋の前まで、運んでいます。私達の姿があるうちは決して出てきませんが」
状況を知らずこの会話だけ聞いたら、まんま引き籠りだなぁ。
困惑している奥さんに、そんな事は言えないけど。
「1度だけ宏美に気付かれないように、見てしまったのですが…食事は部屋の中に入れず廊下に置かれたものを、四つん這いにになって食い散らかしていました。本当に獣のように………」
なるほど。
だから単におかしくなったというより、狐に憑りつかれたと感じたのか。
「お姉ちゃん、準備出来たよ」
程なく掛かってきた、チセの声。
「オッケー。では、奥様もテレビの所へ行きましょう」
テレビ画面には、タブレットで編集した動画が映し出されている。
編集とは言っても、別に映像に細工を施したわけではない。
3台のビデオカメラで撮られた映像を、4分割した画面で同時に再生しているだけだ。
「これから10円玉に霊が憑りついて動いているのではなく、指で動かしている証拠をお見せします。それじゃ、チセ。お願い」
アタシの合図で再生が始まる。
高いカメラだからか今時は当たり前なのかは分からないけど、室内は少し暗かったが映像は鮮明だ。
右上の枠は旦那さんの胸から上、表情などと捉えた映像。
左上の枠は、同じように捉えた奥さんの映像。
2人の、強張った表情。
そして右下は、こっくりさんのシートを上から撮影した物。
10円玉に伸ばされた、二人の腕が映っている。
「では私が言うセリフを、変化があるまで———」
テレビから流れるアタシの声は、別人のようで違和感がありあり。
自分では、もうちょっと妖艶な声だと思ってたのに。
儀式は進んでいく。
10円玉が動き出し、様々な質問に答えていく。
「チセ、ストップ」
宏美ちゃんの通っている小学校名を10円玉が答えたところで、映像を停止させた。
「この次に、私がした質問は『娘さんの誕生日は?』です。スローに切り替えますので、10円玉が動き出すタイミングと目線の動きに注意して見てください」
とはいえ、スローだと音声が間延びしすぎて何を言っているのかも分からない。
なので、表示されているタイマーを基準にし、編集をしていたチセに合図を出してもらう。
「タイマー表示で3秒後」
チセの声。
1/16スローで、細部まではっきりと見える映像。
ビデオカメラとしては驚異的な性能で、よくもまぁこんなものをポンポン借りられるチセの人脈に驚きを通り越して呆れる。
表示されているタイマーで3秒後なので、実際には数十秒後。
「分かりましたか?」
目的の場面が通り過ぎたところで聞いてみる。
「視線が横に動いて、10円玉が視線の方向に進んでます」
視線の動きが良く分かるように、細工はしてある。
こっくりさんのシートのレイアウトを変え、左側に数字は固めて置いてある。
そして、数字に向かうように誘導した質問『娘さんの誕生日は?』の前にした質問は『娘さんの小学校は?』。
答えは『こまがたしょうがっこう』だった。
つまり、誕生日の質問をした時に10円玉があったのは『う』の場所。
一番右の、ア行の列だ。
右端から左端まで、視線が大きく動くように演出出来た。
「そうです。まず視線が10円玉が進む移動先を確認し、その後に移動を始めています」
想像して欲しい。
もしも、10円玉に霊が憑りついて動いたのならば。
視線は10円玉を見続けているので、同じタイミングで動く。
でも、映像で見ると先に目的地である移動先を見たあとに10円玉が動き出している。
これが、10円玉の意志?ではなく肉体が10円玉を動かしている証拠。
「なるほど………不随意運動と自己暗示ですか。」
疲れたように背もたれに体を預けながら、旦那さんが呟く。
奥さんも少し呆けたようだが、私のお茶が無くなっているのに気付きお替りを入れに行った。
「以上が、こっくりさんの正体です」
「霊的な何かの仕業とかではないと。そうすると、今の娘の状態はどういう事なのですか?」
「まだ、催眠状態です。あ、ありがとうございます」
お茶を受け取る。
部屋が温まっていないのと、しゃべり続けているのとで熱いお茶が有難い。
雰囲気作りの為とはいえ、この季節に窓開けっ放しだったからね。
「お二人にはこっくりさんを一通りやっていただきました。『おいでください』という召喚から、『お戻りください』で還すところまで」
ズズーッと音を立てて啜りたいところだけれど、今のアタシは出来る女を必死に装っているからね。
軽く口を湿らす程度にする。
そういえば、出されたお茶は飲んではいけないなんて謎マナーをネットで見かけた気がするがどうなんだろ?
フリーターのアタシには関係ないやーって、全然検索とかしなかったけど対応大丈夫かな。
「召喚から召還というのは、要するに催眠術に掛かった時から催眠術が解けた時までの一通りということ。だからお二人は今、普通の状態ですね」
「普通……」
「それに対し、お嬢さんは。召喚という自己催眠に掛かりましたが、そこで教師が乱入しこっくりさんの儀式を途中で止めさせた。つまり召還が出来ず、今も暗示が解けていない催眠状態なのです」
「だから、普段とは全く違う様子なのか」
「学校側の対応に、ミスが2つあったと考えています」
ミスとは言ったが、責められる類のものとは違うが。
「1つは今言ったように、教師がこっくりさんを途中で止めてしまった事。そしてもう1つは、細かい説明などせず危ないからとこっくりさんを禁止した事」
禁止するのは、妥当な処置だったのかもしれないが。
「子供にとって大人、特に教師の影響力は大きいです」
昔に比べると、権威は小さくなったかもしれないけど。
「学校側が、こっくりさんは危険なものだと伝える。つまりちょっとした遊びではなく、危ういものだというお墨付きを意図せずに与える結果となりました。結果催眠は、より掛かりやすく強固に危なくなったはずです」
「娘は………催眠が解ければ元に戻るのですか?」
「はい、そうですね」
「では、自己催眠のことを娘に話せば———」
「それでは駄目です」
即、否定する。
それは駄目だ。
「お嬢さんにとっては、狐に憑りつかれているというのが現実です。身体を乗っ取られ、精神を侵され。狐の霊が見えているかもしれません」
そんな状態の時に霊なんていないよ、思い込みだよなんて言っても駄目。
そんなことを言われたら、こう思う。
実際に霊に憑りつかれているのに、なんで分かってくれないのと。
特に味方になってくれるはずの両親から、妄想だの気のせいだと言われたら。
誰のも理解されず、さらに自己の世界へと篭ってしまう。
「では…どうすれば良いのですか?」
「それはもう、昔から決まっています。狐に憑りつかれたらお祓いですよ」
「お祓い………そんな非科学的な方法で大丈夫なのですか」
これまで心理学や筋学など科学的にこっくりさんを語ってきた。
そのアタシが出した結論がお祓いというのは、拍子抜けというか期待外れに感じたみたいだ。
まぁ、その期待値が下がりきった位が本来のアタシの正当な評価値だろうけど。
「当然お祓いは効きますよ。霊障なんて神秘体験をその身をもって感じているお嬢さんが、お祓いなんてなんの効力もないなどと考えるはずはないですし。仮にそう思うのなら、そもそも霊になんて憑りつかれません」
「なるほど、そうですよね」
理解はしたようだが、困った表情になっている。
「何か?」
「えー………こういう事に不慣れなため、分からないのですが。お祓いをするとなると、神社とか霊能者に頼めば良いのでしょうか?」
「そうですね。狐を使役する稲荷神社や四足退散の久徳がある神社———」
そう話している時、チセと視線が合う。
分かったよぅ。
焼肉分、働きますよぅ。
「——―などがありますが。今日私がこの家に訪問させて頂いた目的は、お嬢さんの治療です。私で宜しければ、お嬢さんのお祓いをやりましょう」
「東風さんが、お祓いを。それは有難い。是非ともお願いします」
それはもう、土下座でもしそうな勢いで頼まれてしまった。
なんだろう、この信頼されよう。
アタシがそんなにも頼もしく見えるのだろうか。
詐欺師なら、極上のカモを捕まえたと思うところなのだろうか。
「準備で着替えをしたいのですが。申し訳ありませんが、部屋を貸していただけませんか」
「では、奥の部屋をお使いください。こちらです」
今までの話し合いでは旦那さんに任せて控えていた奥さんが案内してくれた。
バックを担いだチセが、後ろから付いてくる。
「こちらの部屋を使ってください」
「有難うございます。準備に少し時間が掛かってしまいますが、お待ちください」
「お待たせしました」
10分後。
チセに手伝ってもらい着替えた衣装で、宏美の両親に前に立つ。
「おぉ…」
神々しい者でも現れたかのような反応を両親が示され、少し恥ずかしい。
まぁ、ある意味神々しいのだけれど。
アタシの恰好。
純白の小袖に、鮮やかな朱色の袴。
巫女装束なのだから。