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仲間

 海岸から少しでも離れた森の奥へ、奥へと駆ける俺はそこそこ森の奥へと入ったので足を止めた。疲れたというのもあるし、あまり無闇に動き過ぎるとここがどこだかわからなくなるのも困るからだ。

 はぁ……はぁ……と息切れする俺は、大木に手をかけてゆっくりと歩き出す。とりあえず洞窟のような隠れ家的な場所を見つけないとならない。その俺に、絶望の声が襲う。


「捕まえた……」


「!?」


 何者かに俺は背後から掴まれた!

 獣のような匂いのする人物は、甘い吐息をうなじに当てて来る。


(鬼……か? これは鬼しかいないな……)


 完全に不意を突かれた為に死を覚悟する。

 何だ?

 恐怖で身体が動きゃしねー……。

 女が電車とかで痴漢にあった時に起こる感覚なのか?

 まさかこんなに早く鬼ごっこが、俺の人生が終わるとはな。これじゃ、広幸の暴走から生き残った意味が無いじゃないか……すまんな久保井。俺はここでリタイアだ。

 もうすぐ夕陽でオレンジに染まるであろう空を見上げ、俺は思った――が、


(いや、まだ殺されるわけじゃない……鬼にされる可能性もある。そうだ、まだ全てが終わったわけじゃ……?)


 だが、背後の鬼はやけに身体が柔らかい。

 鬼ってこんな感触がするのか?

 そして俺の下半身を刺激する感触がある。


「これは……オッパイか?」


「よくわかったわね。青少年」


 すると、背後で俺を捕まえていた鬼の正体は女だった。

 黒髪ロングの美少女と呼べる女だ。やや髪は乱れているが、整った顔で目が大きく目力がある。胸も大きく、スタイルはエリ以上なようだな。

 服装は赤いフードコートを着ていて、所々が破れてたりしてる。

 この女はクラスメイトじゃないな……。

 どこの誰だ?


「貴方は使えそうだわ。だからコンビを組んであげる」


「……コンビだと? お前は誰だ?」


「私は時宮詩織。シオリでいいわよ」


 と、女王のように長い黒髪を揺らしながら言う。


「このサバイバルゲームに行く前に書いた紙があるでしょ? そこに記された名前がここでの名前。いちいち苗字と名前で区別してると二つの名前を持つ事になるから、便利っちゃ便利だけどね」


「コードネームか……確かにそれはいいな。そう呼ぶ事にしよう。俺は柊時矢。トキヤでいい。どこの誰かは知らんが、互いに協力してこの鬼瓦島の鬼退治を終わらせ生き残ろうぜシオリ」


「えぇ、トキヤ」


 俺達は互いをコードネームで呼び合う事にした。

 確かにコードネームは使えるな。

 だが……何か自分勝手な女だ。

 俺のキライなタイプだぜ。

 だが、今は協力するしかないな。

 生き残る為には、毒でも受け入れる覚悟が必要だ。

 と、言いつつもコイツが鬼の可能性もある。

 一応警戒しつつ、このシオリという女と話す。


「逆にお前こそ感謝した方がいい。先見の明であるヒイラギの俺とコンビを組める事にな」


「ヒイラギ? 何それ? 苗字じゃないの?」


「苗字でもあるが花言葉だ……て、聞いてないな」


 歴戦の戦士のような風格のシオリは、何故か髪留めのゴムじゃなく長い草を使い長い黒髪をポニーテールにまとめた。


「さっきの広幸の暴走で髪留めのゴムを無くしたのか?」


「え? あー、まぁそうね。現状を整理すると武器や食料は奪われたけど、二人でいれば大丈夫だわ」

「それよりもお前が鬼で無い証拠は?」


「鬼は人を喰うって言ってたでしょ? さっきの鬼を見た限り、人間を見かけたら食欲のまま迫ってくるでしょ」


「自我が強い鬼という事もある。それに美少女に分別されるお前が誰も知らないのはあり得ない」


 そうだ。

 この女の性格はワガママな感じがするが美少女だ。

 シオリはそれに対して言う。


「だから私は一人だけ別のクラスだし」


「いや、あのヒロユキが知らない事はあり得ないんだよ。奴はこの学園の全ての女生徒のデータを持ってる。何せ学園理事長の息子だからな」


 んー……とシオリは顔をひねりながら、


「本当はこのクラスの男子の彼女。他校だし、その相手はナイショ! それよりヒイラギってのは浸透しないと思うよ?」


 俺が信条とする苗字と同じ言葉を浸透しないと言うシオリに反論した。


「言い続ける事が大事なのさ。続ける事で何かが変わるかもしれん。先見の明とは大変なんだ」


「それよりさ~。その服なに? コスプレ? 他の子はそんなんじゃ無かったよ?」


「……」


 イチイチうるさい奴だ。

 基本一言多い系だな。

 シオリはマシンガントークのように違和感バリバリだと言う服の事を話す。

 コイツには美的センスが無いようだ。

 俺は中二病的な所はあるが、それは現代においては取り柄でもある。はずだ。


「この黒服とマントには防刃、防弾の役割もある。これはコスプレではないのだ。それにバイザーは視覚を補助する……」


「ただの布とバイザーでしょ?」


「……」


 コイツ……やるな!

 負けてなるかと思い、ラムネを食べつつ俺は言う。


「俺はとある組織に人体実験をされてテロメアが短く、身体中でナノマシンが暴走してる。だから薬を飲んだり忙しいんだ」


 ハハハハッ! これは驚いたはずだ。

 こんな話をされたらこんな普通な感覚しか無い人間は驚くしかあるまい。


「それ、ラムネでしょ?」


「……ウルサイ」


 面倒だ。非常に面倒だ。面倒ついでに言ってやる……。


「天空海闊、豪放磊落。それが俺の……」


「その無意味な話、たぶん女は嫌いだよ?」


「!? ……お前、容赦無いな」


 何やらコイツは他人に容赦無い系の女のようだ。

 つまり、俺には合わないタイプだ。


「ちなみにここの島は動物がいないから注意してね」


「動物がいないだと?」


 本当に動物がいないなら、感覚がマヒするな。


(……にしてもシオリの奴。女のクセにやけに古いフードコートだな)


 赤いフードコートの背中や肩の部分が痛み、裾の方も破けや汚れが酷い所がある。まるで歴戦の勇者のようなフードコートだ。こういう時は、女は新品を選ぶかせめてキレイな物を着るはずだ。こんなボロいフードコートを選ぶには理由があるはず……。

 そう、俺にはわかる。

 何せ俺には他人の心を見透かす心眼に近い能力・超直感があるからな。パチリ! と指を鳴らし俺は言う。


「そのフードはやけに使い古されてるが、実家は畑仕事とかなのか?」


「違う、違う。確かにこのフードコートは一年着てるから傷や落ちない汚れも酷いよね。この痛み具合はまぁ……サバイバルゲームが好きだからかな」


「最近流行りの鉄道好きの鉄子とか、歴史好きの歴女とかの流れか」


「んー、そんなとこよ。それよりこれからどうするつもり? いきなりの大惨事だけど」


 コイツ……あれだけの死者が出たのに余裕だな。

 まぁ、他の学園なら仕方ないか。

 見知らぬ他人など死んでもこんな状況じゃ感じる心も無くなっていく……。

 そして鬼が現れた場合について、俺は話す。


「鬼が現れた場合、今は逃げるしか無いな。海岸に置いてヒロユキから逃げたから手持ちの武器も無い。せめて鬼を撲殺出来るような棒が必要だ。出来れば鉄パイプがあればいいが、ここには無いだろうな」


「そうね。鬼は頭を自分の武器で破壊しなくてはならない。感染者は感染者同士で終わらせなくてはならない。鬼人病は思春期病とも呼ばれるのよ」


「詳しいな。お前は噂話好きとは思えなかったが」


「まー、私は……てか女は噂話好きなのよ。わかるでしょ?」


「そうだな。だが、現状は最悪の状態だ。まさか『鬼ごっこ』開始早々にマシンガンを乱射するアホがいたんだからな……」


「でも、これで鬼はあそこから逃げた人間だけに絞られたんじゃない? そしてマシンガンを乱射したヒロユキは、今は鬼じゃない」


「そうだな……確かに、奴は鬼じゃない。それにあの武装なら鬼になる可能性も低いだろう……!」


 突如、俺は吐きそうになる。

 あの凄惨な光景を思い出しただけで、昨日の夜に食べた胃の中の物が吐き出されそうになった。俺は刺激を求めていたが、実際にこんな戦場に出るともうどうにもならん……俺はただの中二病だという事を実感させられる。だが、俺は俺の道を行くだけだ。


(友人が死んだのが、こうも堪えるとはな……。所詮、強がっても人の子か)


 俺を守り、マシンガンで撃たれたクボイを思い出す。

 そして、もう一人の友人のエリを思い浮かべた。


「とりあえずエリはあそこから逃げたのは見えた。ヒロユキは美少女好きだから生かしたんだろ。エリなら仲間になってくれるはずだ。まずは装備を整えてエリと合流しよう」


 少し眉間に眉を引き寄せるシオリは、


「別にいいけど……彼女じゃないよね?」


「彼女ではない。確かに美少女ではあるが、俺には興味はないはずだ。それに俺は今は彼女は作らないつもりなんだ。性欲が強いから彼女がいたら受験勉強の妨げになるからな」


「別にコンドームして避妊すればいいじゃん? まぁ、彼女じゃないならいいわよ。寝てる隣でパコパコされても困るし」


 俺は顔面に血が逆流するように顔が赤くなる!


「ぬぁ! 何を言う! 何故俺がお前の横で寝るんだ!?」


「一日じゃ絶対鬼を殺して『鬼ごっこ』は終わらないよ。鬼もヒロユキって男の行動で警戒してるだろうし。互いを守るには同じ場所で寝食を共にするしかないでしょ? もし私を襲いたくなったら言ってね。いきなり襲うのはナシね。反撃して殺すかもだから」


「襲うか! もぅいい。それよりも、この襲うかごっこを生き残る為に俺は非常になる。これから装備を整えるぞ」


「装備? 食料とかはヒロユキとか、逃げた数人に全部奪われたはずだけど?」


 その疑問顔のシオリに黒いマントをはためかせる俺は言う。


「『鬼ごっこ』の始まりの海岸に戻るのさ」

 



まずは海岸に放置されているクラスメイトの死体から物資を剥ぎ取る事にした。

 やりたくはないが、この『鬼ごっこ』を生き残る為だ。

 こちらも心を鬼にしなとならない。

 そして俺とシオリは始まりの海岸へと戻って来た。

 唖然とする俺の口が動く。


「死体が無い?」


 何故だ? 死体が無い……。

 いや、誰かが動かしてるのか!

 鬼の仮面をする黒服の鬼瓦SPが死体だらけの海岸で黒い袋に死体を詰めていた。

 この鬼ごっこを監視するSP達・観察者が死体を処理してボートに運んでいる。それはその生徒の荷物も含まれているから、回収しようと思っていた武器や道具が回収出来ずに終わった。


「観察者が死体を回収してるのか……まさかここまで用意周到だとはな。鬼瓦はこの『鬼ごっこ』の管理者でありながらも、この島では部外者。余計な事をしすぎればその呪いは鬼瓦ファミリーにも及ぶ……だからこそ、死体だけを片付けてるのか。やれやれなもんだ」


「だから言ったでしょ? この孤島は全て鬼瓦右京の部下の観察者によって管理されてる。死体にはウイルスも何も鬼の痕跡は無いから介入出来るのよ」


「鬼瓦右京め……」


 これは俺達がクラスメイトの死体を見なくていいのもあるが、同時に鬼のエサが無くなるとも言える。どれだけの食欲があるか知らんが、鬼の食欲が凄まじい場合はあの行為は仇になるな……『鬼ごっこ』の参加者にとってはな……。

 黒服のSP達は血塗れの海岸の砂に近くの新しい砂を巻いて何も無かったようにしている。そして、死んだ生徒の荷物なども回収される。


「貴重な物資までもか……これじゃ長く活動出来なくなるぞ? 鬼瓦右京の野郎!」


「貴方、この鬼瓦島にいつまでいるつもり?」


「いつまでって……」


 そのシオリの問いに俺は思う。

 そうか……そういう事か。


「確かにいつまでもはいられないな。体力的以上に精神的にキツイ。殺し合いに慣れてない俺達は誰が鬼かわからない疑心暗鬼のままの精神じゃ、何日も過ごせず自滅するだろう」


「わかってるじゃん。もう当ては外れたわね。これで物資は手に入らないわ。どうすんの?」


「この島の食料を探すしかないな。ライターなどはある。魚でも取るしかない」


「釣りした事ある?」


「無い。が、やるしかないだろ。まずは拠点の確保と明日までの食料の備蓄。それから他の生き残りを当たり、敵となるなら物資を奪う。もう生き残る為だ。綺麗事は言ってられん。人間でも立ち塞がるなら殺るまでだ」


 その答えにシオリは特に反応しなかった。

 耳を澄ませ、何かを聞いている。


「それにしても当面の課題は鬼が誰かだ。生き残った連中の数を把握するのは不可能だろうから、出会った奴全てを警戒しないとならない。それにもし……いや、待てよ。鬼になる前に殺された人間はどうなるんだ? 変身する前にもし殺したらどうなってしまうんだろう……」


 ふと、俺は今思った疑問を口にした。

 それにすかさずシオリは答えた。


「鬼は人の状態で殺されると、そのまま死ぬ。でもそれはほぼ無いと言ってもいい。マシンガンで死んだ生徒の中に鬼がいれば良かったけど、知っての通り鬼は私達の頭への打撃以外では死なない……あの雲を見てごらんなさい」


「……! 何だあの雲は!」


 頭上には鬼の形をしている赤い雲が存在していた!

 鬼瓦島全体から見えるような大きな雲だ。

 何であんな不気味なもんが空に……?


「だいぶ動揺してるけど、あれがこの『鬼ごっこ』の終了を知らせる鬼雲。あれが消えれば全ては終わり、家に帰れるのよ」


 はるか彼方を見るような遠い瞳で、シオリは言う。

 拳を叩く俺は呟く。


「鬼瓦右京……適当なオヤジだぜ」


「そうね。奴は鬼の呪いに関わり合いたくないの。だからこそ大体の説明だけして『鬼ごっこ』が終わるまで待機してる。この年末に行われるイベントなんて新年をまたぐ事もあるから、普通に考えれば時期的にも最悪だからね」


「確かにな。じゃあ鬼は奇襲をかけて人間のうちに殺すのが一番か」


「でも鬼人化はすぐに出来るから一撃必殺が必要だけどね……! 少し先から人の気配がするわね。私の感覚がそう告げてるわ」


「まるで俺の超直感だな。とりあえずここから去ろう。他にもここに来る連中がいるかも知れない。今は誰が敵かはわからんからな」


 兎にも角にも、この海岸から離れてまた森に戻る事にした。

 いつの間にか夕陽が落ち出し、この鬼瓦島において最悪の闇が訪れる夜――が間近に迫っていた。



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