08 彼は呆れる。
学祭準備期間五日目。残り二日。現在時刻6:08。朝日がまぶしく気温は低い。四時ちょっと過ぎに篠原の奴が電話をかけてきやがった。確かに、確かに俺は寝ていた。だが俺だって日付が変わる手前まで諸作業あって起きてたわけで、ようやく寝たのは1時前だったのだ。睡眠時間がさっぱり足りない。だのにあの野郎、突然電話をかけてきやがった上に堂々と嫌がらせだとか言い放ちやがった。
「何だ。何かあったか」
起きぬけに電話を取ると篠原は、
『いや、特に何もない』
「・・・・は?じゃあ何で電話かけてきた」
『いや何、ちょっとした嫌がらせだ』
とんでもない奴だ。
「・・・・今何時だかわかってるか?」
『ん、何だ知らないのか?なら教えてやろう。ああ、あと一時間くらいで五時だ。まだ誰も起きてないだろう早朝だ』
「わかってんならかけてくんじゃねェ・・・・」
ていうかこいつはこいつで何で起きてるんだ。奴の後ろからは何やら音楽も聞こえてくるし。弦楽器っぽい音だな。詳しくないからわからんが、ヴァイオリンか?
『ま、ちょうどいいからお前も始発で来いよ。始発な、始発』
何がちょうどいいんだよ。お前が起こしたんだろうが、と俺は不機嫌に電話を切った。ほっといて寝てやろうと思ったが案の定寝付けなくなった。そんなわけで俺は現在駅のホームに立ち電車を待っている。さっきから眠くてしょうがない。今に見ていろ。
などと恨み言を心中巡らせているうちに電車がホームに滑り込んできた。いつも通りに乗り込んで、ちょっと探すと篠原はすぐに見つかった。その車両には篠原を合わせて学生二人だけ。しかもその一人は昨日も見た指に包帯巻いた男子だった。もっとも、彼はどうやら眠っており、篠原は目をらんらんとさせていたが。
「おう、おはよう」
「全くだ。何でお前そんなにテンション高いんだ」
片手を挙げて挨拶にした篠原は、
「ああ、昨日の夜な、ブラックコーヒーを飲み過ぎて眠れなくなったんだ。んで結局全く寝てない。完徹って奴だ。か・ん・て・つ」
「・・・・迷惑極まりない話だ」
主に俺に。全くもって。
「ちなみに、だが。どんくらい飲んだんだ?」
「ああ、三杯」
三杯か!?
篠原は朗らかに笑う。
「はっはっは。まあそう言うな。早起きは三文の得とか言うじゃないか」
「一人でやってろ」
今朝のこいつは、まあ一睡もしていないからなのだろうが何だか気持ちが悪かった。妙に爽やかなのだ。
「まあまあそう言いなさんなって――――ところで、例のあの件だが」
急に態度を改めて篠原は声のトーンを落とした。
「今日の昼までに壊れる前の状態まで戻す。んで午後は完成を目指す。いいな?」
「え、いや俺はもちろんいいが・・・・できるのか?」
昨日の時点ではさっぱりできていなかったはずだが。篠原は頷いた。
「やってできないことじゃないさ。というかやらなきゃ間に合わん」
ほう、と俺は感心した。
「睡眠不足でイカレたかと思ってたが、ちゃんと考えてたんだな」
「失礼なことを言うな――――暇だったんだ」
「お前のほうがよっぽど失礼だ」
主に俺に対して。
「っていうか、こんなに早く行って何をするつもりなんだ?」
俺が問うと篠原は即答で、
「いや特に何も」
「最悪だなお前!マジで純粋に嫌がらせか!」
思わず声を上げてしまった。離れた所に座って眠っている様子だった指に包帯巻いてる彼がはっと顔を上げる。起こしてしまったようで申し訳ない。俺は声を落として、
「じゃあどうするんだ。俺は寝るぞ」
俺は普通の徹夜だったんだから。ブラックコーヒーの数杯でそんなにハイテンションになんかならん。
しかも、俺は何の補助もなく気合いの徹夜だったんだぞ。
「いやいやそう言うな。やれることはやるぞ。7時には作業開始なんだから」
「そう言って、何人がその時間に来ると思ってるんだ」
ん、と少し考えた篠原は、真面目な顔で、
「来る奴いるのか?俺なら絶対来ないぞ。こんなにこっ早い時間になんか」
「っ・・・・貴様は・・・・!」
俺はまた声を上げそうになったところを必死で抑える。篠原は表情を変えずに、むしろ憎らしいほど爽やかに、
「まあそう怒るなよ」
「・・・・この腐れ外道・・・・!」
いつにもない罵倒が漏れてしまった。平常心平常心。
「遠江さんは早いな。俺は普段はこの二本くらい後の電車に乗ってんだが、遠江さんは多分毎朝始発の次だな」
「ほお・・・・確かにあの人は真面目そうだしなあ」
篠原が何かを思い出す表情をした。俺も機材を壊してしまったときの遠江さんを思い出す。泣きそうなくらい落ち込んでいたな。
「・・・・うん。いい人だ」
篠原が小さくつぶやいた。独り言だろう。確かにな、と思ったが口には出さなかった。




