12 彼女は決意を聞く。
学祭準備期間五日目。残り二日。現在時刻12:42。どの作業班も昼食を広げている。
あたしも、偶然タイミングの合った郁奈と一緒に学校の近くにあるコンビニへ昼食を買いに行った。あたしはおにぎり中心に、郁奈は菓子パン中心のチョイスだった。糖分って大事だよ糖分って、と郁奈は言う。昼食時の作業場を抜け、端の方で手頃な場所を探す。見つけた段差へ腰かけ、やっと昼食だ。
「で、そっちはどうなの?進行具合」
菓子パンの包装を破りつつ郁奈が訊いてくる。あたしもおにぎりの包装を解きつつ、
「うん、近藤君と、金村君のおかげでもうほぼ終わっててね。後は確認と点検だけ」
「へえ・・・・金村君て、あの指切ってた人でしょ?凄いんだね」
感心した声を上げて、郁奈はパンにかじりついた。
「郁奈のほうは?」
そういえば郁奈の話は聞いたことがないな。郁奈は苦笑した。
「私はねえー、部活優先にしてもらってるから、クラスのほうはあんまり参加してないんだよねえ」
そういえば、郁奈は次の舞台の監督だったっけ。
「次の舞台が最後なんだっけ?出来上がりはどう?」
「いや、学祭用の後はまだ二、三回はあるけど、まあ三年生は気合い入ってるよ。仕上がりも悪くない」
「ちなみに、どんな劇?」
郁奈は悪戯っぽく笑った。
「ん、内緒。それは見てからのお楽しみ、って奴。フラグもばっちり立ててやったぜ」
ピースサインでにかっと笑う。郁奈の所属する演劇部に代々伝わる謎の伝統でシバリ『死亡フラグ』。一見ふざけたような伝統であるのに、連綿と受け継がれているのは、あまりに高いその完成度――――と、ある雑誌で読んだ。結構よく取材に来るらしい。ほんと凄いよね。
「『卒業記念は書けない』っていうジンクスがあるんだけど・・・・」
「ジンクス?」
そう、と郁奈は頷いた。高校生活最後の舞台を飾る、三年間の粋を結集した最高の舞台――――
「っていうプレッシャーがかかって、上手く書けないっていうジンクスがね。・・・・御多分に漏れず、あたしもかなりキツイんだけどね」
「もう書き始めてるの?」
その舞台はまだ何カ月かは先のはずだけど。
「うん、この調子じゃ終わらないかもしれない」
視線を下げて苦笑する郁奈の表情には、そのとき確かに疲労が見えた。でも郁奈は拳を握る。
「でも、どんなに苦しんでも今まで失敗した先輩は一人もいない。ならあたしにだって絶対出来る。歴代の先輩の劇を超えた最高の舞台にしてやる」
らんらんと瞳を輝かせ、堂々と宣言する郁奈にあたしは拍手を送った。
そういえば、一つ疑問に思ってたことがある。
「ねえ、郁奈の演劇部ってさ、高体連みたいなのには出ないの?高文連だっけ」
「ん?ああ・・・・」
郁奈は少し遠い目をした。
「これも伝統でね。そういう大会には出ないんだ」
「へえ。出たいとは思わないの?」
「思わないよ」
即答し、郁奈は笑った。
「そんなもので格付けされなくても、本当にいいものは自然と認められるものだから、っていうのも伝統なんだけど、あたしも大いに賛成。っていうかそういう栄誉がほしい人たちはうちには来ないからね」
「へえ・・・・その伝統って、初代の人が全部考えたの?」
「そう、とんでもない人だよね。話ではかなりの変人だったらしいけど」
それはそうだろう。そんな伝統を一人で完成させたのなら。
でもきっと、善い人だったんだろう。その人だけじゃない。その伝統を絶やすことなく継いできた人たち皆、善い人たちだったんだ。
今、この瞬間もどこかで生きている誰もが皆。
「でもまあ、当面の問題はシノハラ君かなあ」
鼻息を強く吹いて郁奈は顔をしかめた。
「シノハラ君というと・・・・」
「うん。前に私が探してた奴ね。あいつ、主人公役なんだけど・・・・何かクラスが大変なことになったとかで、練習に来られないってさあ」
「マズイの?そのシノハラ君」
いや、と郁奈は首を振る。
「シノハラ君自身は問題ないよ。本人も自覚ないみたいだけど、私の思った以上に器用にやってくれてるんだけど、でも演劇は一人でやるもんじゃないんだ。役者も裏方も全員の息が合わなくちゃいけない。それはずっと練習してるうちに自然と掴んでいくものなんだけど・・・・」
郁奈は難しい顔で悩んでいる。郁奈の顔は、まさしくプロの顔だった。プロの顔なんて見たことないけど、きっと今の郁奈みたいな顔をしているんだろう、と思った。
だから願う。郁奈のため皆のため、成功してほしい。だから頑張って、シノハラ君。