13 彼は再起動する。
学祭準備期間五日目。残り二日。現在時刻15:28。作業は着々と進んでいる。そうだ、まだだ、まだがんばれ俺。
「ちょ、お前大丈夫か?」
背後から声がかかった。全身で振り向くと、
「何だ、山梨か」
「何だじゃない。お前さっきからフラフラしてるぞ」
「そうか、だが問題ない。俺は大丈夫だ」
「そう言う奴は大抵ダメなんだよ。絶対睡眠不足だからなそれ」
「あー、確かにそうかも。何かクラクラするし、頭痛ぇーし」
「大丈夫とかほざいた舌の音も乾かんうちに・・・・」
呆れた様子で山梨は鼻息を吹いた。どうでもいいけど、舌の根も・・・・とは何だか古風な物言いをするのな。
「とりあえずは休んでろ。お前の要領はわかってきたから、大抵のことは俺がやる。どうしてもわからんことは訊きに行く。とにかく寝てろ寝てろ」
「あー、悪いな。そうする」
今急に頭痛が悪化した。気が抜けたからだろうか。昨夜のカフェインが一気に全部切れたか。
皆の邪魔にならない隅のほうへ行って、壁に背を預けて座った。
俺は酒とか飲まないほうがいいかもな、とふと思った。あっさり酒に呑まれそうだ。
そんなことをぼんやり思いながら目を閉じて、
スッと気がついた。意識が戻ってから自分が眠っていたことに気づいた。時計を見ると、寝てたのは30分ちょっとってとこか。身体の節々がきしむ。ずっと同じ姿勢だったからだろう。ぎしぎしと、すげー痛い。特に首が。何で転がったりしなかったんだよ、俺。
それと急激に腹が減ってきた。激痛がするくらい腹が減っている。思えば俺は昼も何も食べてないが、朝だって何かを食べた気がしない。さすがに自分でも思う。馬鹿か、俺。
痛む首を押さえつつ、ゆっくりと動き出す。イメージは長い眠りから起動した古代兵器。
「・・・・うぬう」
死ぬかもしれない、ってほどに全身痛い。首と腹が特にヤバい。
とかやってると、俺の起動に気付いた誰かが近づいてきた。コンビニ袋を提げている。首を廻らすのに先行して眼球を回して見ると、遠江さんだった。
「・・・・篠原君、大丈夫?その、凄い顔になってるけど」
顔というのは造形とか目鼻の位置とかではないと信じたい。ってか遠江さんはそんな失礼な人じゃないぞ。多分。
ようやく首の動きが追いついて遠江さんのほうを向くと、俺は眉間に深く入ったしわをこすった。
「ああ、大丈夫。ただ変な姿勢で眠ってたから身体がヤベー痛い。それと腹減った。誰か何か持ってないかな」
しゃがんで俺と同じ目線の高さの遠江さんは頷いて、持っていたビニール袋を俺にくれた。
「そんなところだろうって、山梨君から差し入れ。篠原君はパン派?おにぎり派?」
「どっちもいける口ですな」
受け取って中を見ると、パンが二つとおにぎり二つ。それからミルクティーが一本。
「それ全部篠原君にって」
「ふおお、ありがとうございます」
「私は買ってきただけで、お金は山梨君だから、お礼は山梨君ね」
ざっと教室を見渡すと、こちらに気付いた山梨が軽く手を挙げた。俺も片手を挙げて答える。
作業は順調なようだ。うん、やっぱり山梨のほうが上手くできるんだよ。
ペットボトルを握ってフタを・・・・フタが、回らない。握力が全然入らない。大丈夫か、俺。いやダメか。ダメだ俺。
「ん、開かない?貸して」
遠江さんに開けてもらってしまった。
「御免、ありがとう」
情けない限りだ。一口飲む。
「くあー・・・・生き返るわあ」
五臓六腑に染み渡る、とはまさにこのことを指すのだろう。本当に全身が震えた。涙すら滲む。はは、と遠江さんも笑った。次いで俺はどんどん食べていく。どれだけ飢えてんだよ俺。何も言わずに全部食べ切ってしまった。腹いっぱいだ。大満足だ。
「生き返った・・・・ホント、ありがとう」
「いえいえ。でも篠原君、全然寝返りとかしないんだね。いつ見ても同じ姿勢だったけど」
「そうらしいんだね。少しは動いてればこんなに身体痛くなったりしないのに」
首が痛いめっちゃ痛い。自分で揉みほぐしながら顔をしかめる。ふふ、と遠江さんは笑った。
「遠江さんは指大丈夫なのかい?」
「ん、うん。もともとそこまで酷くなかったからね。後でまた湿布換えてもらいに保健室に行くけど・・・・ありがとう」
「いやいや、まあ大丈夫なら幸いだね。またどっかにぶつけて悪化しないように気を付けてくださいな」
うんうんと遠江さんは笑顔で頷いた。
「でも・・・・あと二日だね。本当に何とかなりそう」
「なるさ。こんだけ皆がんばってんだ。少なくとも完成はする」
意味も根拠もなく胸を張った。遠江さんはまた笑った。
「ホントに凄いよ篠原君。篠原君がいなかったら、私」
「そんなことないって。俺がいなくても他の誰かが上手くやれたさ。それこそ山梨とか。あいつやっぱ要領いいだろ?基本的に」
本気で言ってるんだけど、遠江さんはふふ、と笑った。
「俺、変なこと言った?」
「あ、いや、そうでなくて。山梨君も篠原君のこと似たように言ってたなあって」
「あいつが?」
俺を褒めるような奴か?あいつ。
「んとね、確か、『こういうときにしか役に立たないけどこういうときは一番役に立つ』とか」
「・・・・褒めてんのか?それ褒められてる気が全然しないな」
役に立つ、とか人に使う言葉じゃなくないか。まあ悪い気はしないが。
「格好いいね、篠原君」
ニコ、と遠江さんは笑顔になった。何か俺は無性に恥ずかしくなって、
「あーいやいや、そんな、なあ」
我ながら恥ずかしい照れ方だった。頬を指で掻いていると遠江さんは笑い、つられて俺も笑った。




