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全てを識る百識の男  ~ また俺だけ知らない伝説が増えている ~  作者: 浦賀やまみち


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第07話 海を駆け、自由を




「トロット!」



 厳つい男が、両手に持った二本の木槌で台座を叩く。


 それが合図だった。

 ドンッ、ドンッ、ドンッ、と鳴るリズムに合わせて、パンツ一枚の俺たちは一斉に大きなオールを漕ぐ。


 一本につき、四人一組。

 右手の木槌が叩けば、船の右側十本のオールが動く。

 左手の木槌が叩けば、船の左側十本のオールが動く。


 気づけば、俺は巨大な船に乗っていた。

 狭い船内で、足首を鎖に繋がれ、漕ぎ手として働いている。


 俺が思い描いていた、豪華客船でのクルージングとは、ちょっと違うな。



「……も、もう駄目だ」



 目の前の漕ぎ手が、泡を吹いて倒れた。



「おらおら、サボってんじゃねーよ!」



 すぐさま監視役の鞭が容赦なく飛んだ。

 鞭を振るう暇があったら、お前が漕げばいいのに。



「お頭、妙な船がいるぞ!」

「何ぃっ!?」



 出港して、今日で三日目。


 チートを持っていて、本当に良かった。

 同じ境遇の者たちが何人もぶっ倒れている中、俺は何ともない。


 鞭で叩かれたこともないし、昨夜は模範者として夕食に肉が付いた。



「馬鹿野郎! ありゃ、ラバマ王国の軍船じゃねーか!」

「ええっ!?」

「帆を張れ!」

「あらほらさっさー!」

「風上に逃げるぞ! 船足を上げろ!」



 突如、甲板の上がにわかに騒がしくなった。

 ドタドタと、船員たちが頭上を忙しなく駆け回る音が聞こえる。



「さあ、気合を入れろ! キャンター!」



 ドンドンドンッ、と木槌を叩くリズムが速くなった。


 俺たちはオールを必死に漕ぎ、監視役の鞭が唸る。

 水を乱暴に浴びせられ、火照った身体が強制的に冷やされる。



「くそっ! あいつら、魔法で風を起こしてやがる!」

「面ぉ~舵! 砲撃戦、用ぉ~意!」

「あらほらさっさー!」



 床に木を渡しただけの椅子の座り心地が悪すぎる。

 オールを漕ぐため、背もたれはない。


 どうして、誰も環境改善を訴えない。

 良い労働は、良い環境からだ。



「くへっ……。」

「ふぅ~……。」



 事実、あちこちで漕ぎ手が倒れているだろうが。


 いや、待て。

 俺が漕いでいるオール、他の三人は手を抜いてないか。


 労働環境が及ぼすやる気を検証するため、ちょっと試しにサボってみるか。


 俺一人くらい平気だ。

 俺たちは、四人で一つのオールだからな。



「一番から五番まで撃てぇ~っ!」

「あらほらさっさー!」

「くっ!? 防御シールドだと!」

「こうなったら、白兵戦だ! 突っ込むぞ!」



 大砲の轟音が鳴り、船体が軋む。


 明らかに、俺たちのオールの速度が弱まった。

 俺は左右をぎろりと睨む。


 三人はバツの悪そうな顔を浮かべ、必死にオールを漕ぎ出した。


 今まで頑張っていた分、しばらく楽をさせてもらおう。

 正当な休暇だ。



「くたばるんじゃねーぞ! ギャロップ!」



 ドドドドドッ、と木槌を叩くリズムがさらに速くなる。


 誰もが歯を食いしばり、上半身を前後させながらオールを漕ぐ。

 俺も歯を食いしばり、一生懸命さをアピールする。



「やっぱり、マスターはすごい!

 超一級指名手配の海賊船に潜入するなんて!」



 大砲の轟音の合間に、ティアナの声が聞こえた。

 俺は、正気に戻った。



「ええ、さすがは師匠ね!

 誰もが二の足を踏んでいた、アマリリ海の平和のために立ち上がるなんて!」



 ケンキちゃんもいるらしい。


 違った。『剣姫』は称号だった。

 名前を忘れちゃったな。



「伝説を綴ること……。

 それこそ、我が使命! 選択は間違っていなかった!」



 ライディンまでいるのか。

 あいつがいると、いちいち大げさになるから困る。



「ふっ……。」



 俺は、足首を繋ぐ鎖を両手で引っ張り、粉砕する。


 周囲が驚きに目を見開く。

 だが、気にせず、立ち上がった。



「貴様、反乱か!」



 即座に監視役の鞭が飛ぶ。


 俺のチートを舐めてもらっては困る。

 空気を斬り裂き、しなり迫った鞭の先を、パシリと掴み取る。



「ななっ!?」

「俺の翼は……。まだ翔べる!」



 さっさと逃げよう。


 面倒くさいティアナが追ってきた。

 その上、ケンキちゃんも面倒くさそうなやつだ。


 ダブルで面倒くさいことになるに決まっている。




 ******




「ふっ……。」



 甲板を駆け、俺は跳んだ。

 水面が夏の日差しを受け、きらきらと反射している。


 疲れるから嫌だったが、背に腹は代えられない。

 海面に着地した右足が沈む前に、左足を前に出し、海を蹴る。



「あれはっ……。アンダージル!」

「知ってるの! ライディンさん」

「アンダージル……。北のガザルド海の小さな島に伝わる漁師の大漁祈願の踊り!

 極めれば、海さえも渡れるという!」

「な、なんですってぇ!」



 またライディンが何かを言ってる。

 ケンキちゃんも乗っからないで欲しい。


 しかし、訂正はしない。

 今大事なのは、面倒から逃げることだ。



「マスター、待ってください!

 まだ、それは教えてもらっていません!」



 南国パラダイスが俺を待っているぜ。








 ――第一部、完。


 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




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