エピローグ「英雄の終わらない日常」
『王都の英雄』と呼ばれた卒業パーティーから、数年後。
俺、ジーク・フォン・クラインフェルトは、父の跡を継いでクラインフェルト公爵家の当主となっていた。
そして、若くして国の宰相補佐という、とんでもない役職に就かされている。
もちろん、断り続けたのだが、即位したアレン王に「親友の頼みが聞けないのか?」と涙目で訴えられては、断り切れなかった。
執務室の机には、今日も書類の山。
俺が一つため息をつくと、扉が勢いよく開かれた。
「ジーク! 大変だ! 今すぐ騎士団の特別顧問に就任してくれ! 君の戦術指導がなければ、ウチの若手は育たん! 頼む!」
入ってきたのは、騎士団長に就任したカイルだった。
道着姿で、なぜか俺の執務室の床で座り込みを始めている。
「……カイル、ここを道場にするのはやめてくれと言ったはずだ。だいたい、俺は剣の専門家じゃない」
「ご謙遜を! あの神業をもう一度!」
話が通じない。
俺の胃が、きりりと痛んだ。
そこへ、今度は優雅なノックの音が響く。
「ジーク様、お茶の時間ですわ」
優雅な足取りで入ってきたのは、ソフィアだった。
彼女との婚約は、いまだに解消できていない。
それどころか、彼女は公私にわたって俺を完璧にサポートする「最高の婚約者」として、周囲からも絶大な支持を得てしまっている。
「カイル様も、あまりジーク様を困らせないでくださいまし。あなた様の分のハーブティーもございますわよ」
完璧な気配り。
だが、その翠の瞳は「ジーク様の隣は私ですわ」と雄弁に語っていた。
すると、廊下からパタパタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
「ジーク様! 大変です! 孤児院の子供たちが、ジーク様に会いたいって……!」
息を切らして飛び込んできたのは、今や国中から聖女として崇められるリリアだった。
彼女は教会で働きながら、俺が設立した孤児院の運営も手伝ってくれている。
彼女の純粋な瞳が、俺をじっと見つめる。
アレン王は、俺を宰相にしようと毎日口説いてくる。
カイルは、俺を騎士団の神棚に祀り上げようとしている。
そして、リリアとソフィアは――。
「今日こそはっきりしてくださいまし、ジーク様!」
「ジーク様! 私、ずっとお待ちしています!」
二人の美女からの、熱烈なプレッシャー。
書類の山。
終わらない仕事。
そして、勘違いから始まった、あまりにも重すぎる人間関係。
俺は天を仰いだ。
『俺はただ、静かに暮らしたかっただけなのに……』
俺の胃痛は、もはや相棒と呼んでもいい存在だ。
悪役令息の破滅は回避できた。
だが、平穏を求める俺の戦いは、形を変えて、どうやらまだまだ続いていくらしい。
――英雄の日常は、かくも騒がしい。




