第0話「終わりと始まりのバースデー」
登場人物紹介
◇ジーク・フォン・クラインフェルト
本作の主人公。公爵家の嫡男。中身は乙女ゲーム好きの平凡な日本人。破滅エンドを回避するために原作知識を駆使するが、元々のハイスペックと相まって、彼の行動は全て「深謀遠慮の現れ」と勘違いされてしまう。本人は胃痛に耐えながら、ただ平穏を願っている。
◇アレン・フォン・アルトリア
アルトリア王国の王太子。原作ではジークのライバル。文武両道だが、融通の利かない一面も。ジークの的確すぎる助言の数々(ゲーム知識のリーク)に感銘を受け、彼を「唯一無二の親友にして最高の参謀」と信じて疑わない。
◇カイル・フォン・ベルガー
騎士団長の息子。実直で裏表のない性格だが、考えるより先に体が動く脳筋タイプ。ジークとの模擬戦で完敗した際、その手加減を「己の成長を促すための神技」と勘違い。以降、ジークに絶対の忠誠を誓う。
◇リリア・オーブライト
平民出身ながら、強大な聖なる力を持つ聖女。原作ゲームのヒロイン。本来、ジークに陰湿ないじめを受けるはずが、逆に何度も助けられたことで、彼の冷たい態度の裏にある(と勘違いした)優しさに惹かれていく。
◇ソフィア・フォン・ヴァレンシュタイン
ジークの婚約者である公爵令嬢。原作ではジークと共にヒロインを虐げる悪役令嬢。破滅回避のために紳士的に振る舞うジークの、本来の彼とは違う大人びた姿に触れ、本気で恋をしてしまう。勘違いする乙女の一人。
地獄の釜で煮られるような熱さと、全身を殴打されるような悪寒。
その中で、俺は『俺』になった。
十歳の誕生日。
高熱にうなされ、三日三晩生死の境を彷徨った末に俺の脳裏に流れ込んできたのは、見知らぬ、しかしあまりにも鮮明な記憶だった。
日本の社会人として生きた、二十数年分の人生。
アニメ、漫画、そして――大好きだった乙女ゲームの数々。
「……は?」
重い瞼を押し上げると、視界に飛び込んできたのは豪奢な刺繍が施された天蓋と、血の気を引かせて俺の顔を覗き込むメイドたちの姿だった。
手渡された手鏡を覗き込むと、銀糸のような髪がさらりと滑り落ちる。
その奥で瞬くのは、アメジストのように澄んだ紫の瞳だ。
そこに映る姿は、記憶の中の平凡な『俺』とは似ても似つかない、神が創りたもうたかのような美少年だった。
その顔に見覚えがあった。
ありすぎた。
ジーク・フォン・クラインフェルト。
それは、前世の俺がどハマりした乙女ゲーム『光の乙女と七つの誓い』、通称『ひかちか』に登場する、最高位の攻略対象……ではなく、最悪の悪役令息の名前だった。
「嘘だろ……」
喉から絞り出した声は、まだ声変わりもしていない、鈴の鳴るようなソプラノ。
しかし、俺の心は鉛のように重く沈んでいく。
ジーク・フォン・クラインフェルト。
公爵家の嫡男にして、王太子の婚約者の座を争う恋敵。
彼は、平民出身のヒロイン・リリアを執拗にいじめ抜き、その嫉妬心と傲慢さから数々の悪行に手を染める。
そして物語のクライマックス、王立魔法学園の卒業パーティーで、攻略対象である王子によってその罪を断罪されるのだ。
『ジーク・フォン・クラインフェルト! 貴様の悪行、もはや見過ごすことはできん!』
ゲームのクライマックスシーンが脳内で鮮やかに再生される。
ヒロインを庇う王子。
涙を浮かべるヒロイン。
そして、糾弾され、顔面蒼白で立ち尽くすジーク。
その先に待つのは、婚約破棄、爵位剥奪、そして国外追放。
家は没落し、彼は歴史の闇に消える。
それが、彼の確定した未来。
『破滅ルート』だ。
俺はベッドからガバリと起き上がった。
「冗談じゃない!」
突然の大声に、メイドたちが「ジーク坊ちゃま!?」と悲鳴を上げる。
だが、そんなことは気にしていられない。
俺はジークになった。
つまり、このまま普通に生きていれば、数年後には全てを失い、異国の地で惨めに野垂れ死ぬ運命にあるということだ。
前世の俺は、どこにでもいる平凡な社会人だった。
過労死ラインを低空飛行しながらも、ささやかな趣味と平穏な日常を愛していた。
断罪?
国外追放?
そんな物騒なイベント、お断りだ。
「俺は、平穏に生きたいんだ……!」
幸い、今はまだ十歳。
破滅の舞台である王立魔法学園入学までには、まだ時間がある。
そして何より、俺の手の中には『光の乙女と七つの誓い』の全シナリオ、隠しイベント、キャラクターの好感度の上下に至るまで、完璧な『攻略本』が頭の中にインストールされている。
これを使わない手はない。
破滅フラグの起点となるイベントは全て事前に叩き潰す。
主要人物とは可能な限り関わらない。
特にヒロインのリリア、そしてライバルであるアレン王子とは絶対に。
共犯者となる婚約者のソフィアとは、円満に婚約解消できるように立ち回る。
そうだ。
やることは決まった。
俺は、このゲーム知識を総動員し、俺に降りかかる破滅フラグを、根こそぎ、片っ端から、全てへし折ってみせる!
そう固く、固く決意した。
このときの俺は、まだ知らなかった。
その決意こそが、俺を平穏から最も遠い場所へと導く、壮大な勘違いの物語の始まりになるということを。




