うわあああぁぁっ!!
某所、山奥の村。
「お頭! 今回の魔物退治、報酬金がっぽりですね!」
「ダッハッハ! 俺様にかかればこんなもんよ! 今夜は派手に飲み明かすぞ!」
「「「おーーー!」」」
景気の良い声を上げる荒くれ者共の横を、気配のひどく薄い、どこか辛気臭い背中をした一人の男が、スッと静かに通り過ぎていった。
「さっそく、酒場を抑えて……って、お頭?」
「ちょ、ちょっと待て! そこの陰気なあんちゃん!」
荒くれ者の頭が、ギョッとしたように目を見開いて声をかけた。
辛気臭い男が、ピタリと立ち止まり、ゆっくりと振り返る。
「お前さんの……名は――――」
某所、賑やかな酒場。
「ヘタクソ! 気安く近寄らないで!」
バチンッ!!
自作の恋の詩を片手に、酒場にいた絶世の美女へロマンチックなアプローチを試みた一人の男。
だが、彼を待っていたのは、ロマンスとは程遠い強烈な罵倒と、小気味良い音を立てた痛烈なビンタだった。
「残念だったな、お兄さん。あの女、顔は良いが中にはドブが詰まってるって有名なんだ」
「……構いません。私の奏でるメロディが理解できない、哀れで浅はかな者だったというだけのことです」
男の隣で飲んでいた客が同情するも、頬を赤く腫らした詩人は、痛がる風でもなくフッとキザに前髪を払った。
「ハハッ、そいつはいいや! 良かったら、失恋記念に俺たちと一杯飲まないか? あんたの音楽を聴かせてくれよ」
詩人は、静かにほくそ笑む。
やはり男だ、と。
「マスター、一杯くれ! そうだ! それと、彼にもマスターの『あのお話』聞かせてあげてよ。音楽の良いヒントになるかもしれない」
「ああん? なんだ、またあの話か。あれは子供向けのおとぎ話だぞ。女を口説くきっかけになんてならねぇよ」
「お願いします。男の子はいつまで経っても、胸の奥の子供の心を忘れないものですから」
「んん? ……よく分からんが、まぁいいか。じゃあ語ってやるよ。昔々、とある小さな村に、スライムだけを執拗に狩り続けた、風変わりな最弱の勇者がいてな――……」
某所、監獄。
「王様ぁーー! どうかご慈悲をぉー! ほんのちょっとした出来心だったぞい! これから毎日風呂にも入るし、歯も磨く! だから、どうか許してくだされー!」
山のように肥え太った大男が、冷たい獄中で、必死に額を床に擦り付けて泣き叫んでいた。
「横領、恐喝、違法賭博、風俗店の料金に税金を使用、その他諸々の軽犯罪。……加えて、同僚の兵士たちからは『臭い』『品がない』『生理的に無理』など、数多くの苦情が寄せられています。陛下、どうされますか」
「弁護の余地なし! 直ちに島流しに処す! 首が繋がっているだけありがたいと思え!」
「ひょえええええええええええええええええっっっ!?」
某所、日差しが差し込む教会。
「ありがとうございます、いつも孤児院の仕事をお手伝いしてくださって」
「構わない。君はこのところ、孤児の為に働き詰めだったろう。たまにはゆっくりと羽を伸ばしてくれ」
「……そうですね。ところで、この後のことですが――」!
「カッカッカ! 肉の到着だ! 肉を食っておけば大抵のことは上手くいく! そう思わんか友よ!」
突如として、教会の扉を乱暴に蹴破るようにして現れたのは、嵐のように騒がしい大男だった。
彼は大量の新鮮な肉をドサリと机に置き、ガハハと豪快に笑う。
「こんなにたくさん! いつもすみません、子供たちが喜びます」
「なに、安きことよ! では己はこれで失敬する。近隣の山に強い竜が現れたらしいのでな! 明日は竜の肉を届けてくれるわ!」
喧しい男は、嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。
「……あいつは、もう少し静かに来られないのか」
「ふふっ、賑やかな方で良いではないですか。子供たちに大人気なんですよ?」
「それはそうだが……。ところで、さっきなにか言いかけたか?」
「ええ。この後お時間があれば、街外れの、星がとっても綺麗に見える丘に行きませんか? 教会を訪れた旅の方が教えてくださったんです」
聖女の少し照れくさそうな誘いに。
車椅子に腰掛けた男は、寂しげに自らの動かない脚を擦った。
「……すまない。私もちょっと野暮用があってね。子供たちを連れて行ってあげてくれ。どの道、この不自由な脚では君に迷惑がかかる」
「そう、ですか……。でも、迷惑なんかでは絶対にありません。次の機会には是非、絶対に一緒に行きましょうね」
「……ああ。楽しみにしている」
二人の関係は、長い時間を共に過ごしながらも、あと一歩だけ、前に進めずにいた。
車椅子の男は遠慮していたのだ。一生を共にするにあたり、自分のこの動かない下半身は、優しい彼女にとって大きな負担になってしまうのではないか、と。
「少し、子供たちの様子を見てきますね。予定の時間までは、どうかここでゆっくりしていってください」
「ああ。……そうさせてもらうよ」
一人残された、静かな礼拝堂。
ふと、窓の外のまだ明るい空を見上げた、その時だった。
「……流れ星、か。こんな明るい時間に珍しい」
青空を切り裂くように、一筋の美しい流れ星が、優しく瞬いた。
某所、小さな家。
「だから! あたしが『僧侶』をやるって言ってんの!」
「あなたみたいな粗暴なゴリラは、どう考えても『武道家』ですの! 私こそが、後衛で癒しを与える清楚な僧侶に相応しいですわ!」
「誰がゴリラだ、このクソ犬! 発情した雌犬が清楚な僧侶ォ!? 片腹痛いわ!」
ガチャリ。
買い出しから帰って家のドアを開けた僕は、盛大にため息をついた。
「どうしたんだ二人とも。また今夜のおかずのことで揉めてるのか?」
「聞いてよお兄! クソ犬が僧侶をやりたいって頭悪いこと言いだしたの! お兄にとって一番の薬は、愛する妹のあたしなのに!」
「お兄様。お兄様はこんなゴリラではなく、私に癒されたいですわよね? その身も、心も。……こんな風に」
その豊満な胸をこれでもかと押し付けるように、僕の右腕にぴったりと密着してくる。獣耳が嬉しそうに揺れている。
「クソ犬ずるい! お兄はこうやって、あたしと体温を共有するのが一番好きなんだもんねー!」
負けじと、僕の背中から首に腕を回し、ぎゅっとしがみついてきた。
「離れろデブ犬! 外の川で魚でも獲ってこい!」
「あなたこそ庭で薪でも割っていなさいな!」
「ちょ……二人とも、動けないし、普通に、ギブ……苦しい、命の危機――」
二人の凄まじい重力と愛に挟まれ、僕が軽く命の危機に瀕していたところ。
家のドアが、静かにノックされた。
「邪魔をする。魔物討伐のパーティを募集していると聞いてな」
「「「お前は――!!」」」
そこに立っていたのは、褐色の肌に靡く黒髪を持った、端正な顔立ちの青年だった。
だが、あの傲慢で冷酷だった蒼い瞳は、今はすっかり虚無の光を失い、穏やかな人間のそれへと変わっている。
「余の枠は空いているな? 希望職種は『剣士』だ。其方らに異論は認めない」
「……お前、どうしてここに?」
「言ったとおりだ。其方の真の願いを聞くには、まず其方らと『友達』として仲を深める必要があると思ってな」
「願い!? 聞いてくれるのか!?」
僕は妹たちの拘束をすり抜け、目をキラキラと輝かせて肩をガシッと掴んだ。
「ああ。だが――」
「僕を! 女の子にモテモテで、とんでもない権力を持った、一生遊んで暮らせる大金持ちにしてくれ!!」
「……もう叶えられない。先ほど、黄昏ていた男の願いを叶えてしまったからな。……三つ、すべての願いを使い果たした時、余の星の力は完全に失われたのだ。今の余は、剣しか振るえぬ、ただの人間だ」
「なんだってぇーーっ!! 僕の、僕のモテモテ大金持ちハーレムライフがぁぁぁ!!」
「お兄、あたしという世界一可愛い妹がありながら……!」
「お兄様、その俗に塗れ切った最低の願いはなんですの? お仕置きが必要ですわね」
「ち、違うんだ二人とも! これはちょっとした男のロマンというか、魔が差したというか、ね? ちょっと話を――」
「「お兄(様)ーーーーーー!!」」
「うわあああぁぁっ!!」
魔王も、勇者の力も。
不思議な力の存在しないこの世界で、僕たちは生きていく。
僕の、本当のたった一つの願い。
それは、この騒がしくて、少し耳が痛くて、けれど世界で一番温かい日常の中でこそ――。
一際、眩しく輝いているのだから。




