Chapter 2 : チートスキル全書 (1)
フォーに案内された棚のガラスケースの中に、一冊の本があった。
一生かけても読み切れないほど分厚い本で……うわぁ、これで頭を叩いたほうがハンマーより威力がありそうね。
「じっ……」
私は目を細め、顎をさすりながらその本を凝視した。
「この本を使えば、ここから安全に脱出できるかどうかを見極めてるところよ」
「まだ物語を語ってもおりませんが……」
「これだけ厚ければ女神の頭くらい叩き割れるでしょ。そう思わない? フォー」
「関わりたくありませんので、お控えください」
フォーはいつもの無表情でため息をつき、職務を開始した。
「こちらは『チートスキル全書』でございます」
「神様が異世界に行く人に授けるっていう、あのスキルのこと? 漫画で見たことあるわ」
平たく言えば、ズルいスキルのことね。
それを聞いたフォーは、ガラスケースの方を向いた。
「神界でも、チートスキルを授けていた時期が『かつて』ございました」
私は驚くこともなく肩をすくめた。
「そうでしょうね。じゃなきゃ、私だって一つくらい持ってるはずだもの。魔王を倒すまで、そんなズルいスキルのかけらも使ったことないわよ」
「貴女が異世界に召喚されたのは、ちょうど神界がその方針を廃止した時期だったのです」
「運が悪いわね」
私は喉の奥でぶつぶつと文句を言った。するとフォーが話を続けた。
「……神界が召喚者にチートスキルを授けていた頃、当初はそれが災厄を容易に討伐する一助となり、良い結果をもたらしました。しかし、それを長く続けるうちに、均衡が崩れ始めたのです」
「また均衡の話ね」
「神界の役目は均衡を保つことでございますから」
「はいはい」
私は適当に相槌を打った。
「当然ながら、この全書はいかなる異世界にも起源を持ちません。神界から直接もたらされたものです。方針が廃止された際、神界が私の博物館に預けたのです」
「つまり、あんたの博物館は神様たちがゴミを捨てに来るゴミ箱みたいな場所ってこと?」
「……」
「黙ってるってことは、認めたわね」
フォーは仕方のない様子で答えた。
「……そのような面もあれば、そうでない面もございます」
「はぐらかさないでよ」
「ええ……ここにはあらゆる次元からあらゆるものが集められます。それが失敗作であろうとなかろうと、この博物館にとっては重要ではありません……」
フォーは赤い瞳で私を見つめた。そこには、かすかな誇りのようなものが漂っている気がした。
「物語さえあれば、それでよいのです」
「わお……」
不意にカッコいいことを言ったフォーに、思わず感嘆の声が漏れた。
フォーはガラスケースの方へ向き直り、咳払いをした。
「全書の物語については以上です。かつてこの全書を用いて召喚者にチートスキルを配っていた神界が、私と貴女が知る通りの理由でそれを廃止しました。それ以降、チートスキルを授かった召喚者は現れず、全書はここに保管されることとなったのです」
「全書については以上……ってことは、まだ続きがあるのね?」
フォーは隣の棚へ手をかざした。よく見ると、全書の棚のすぐ近くに配置されている。
そこには四つの品があった。
「これら四つの品はすべて、チートスキル全書に関連する物語を持っております。リン様、興味のあるものを一つ選んでください」
「なんで選ばせるのよ?」
「そのほうが、楽しいですから」
「……あんた、ここに一人でいすぎて寂しくなっちゃったんじゃない?」
四つの中から一つ選んで物語を聞く、か。そう言われると迷っちゃうわね。どれにしようかしら?
私は四つの棚を見渡した。
『これぞ勇者の剣なり』と言わんばかりの、やたらと立派な剣。
緑色の宝石が真ん中に埋め込まれた、鉄張りの木製の手垢まみれの盾。見ているとなんだかずっと罵倒されているような気分になるし、動物の毛まで付着している。
不気味な笑みを浮かべた真っ白な仮面。赤い模様があり、縁には青い粘液のような何かがこびりついている。
それから、髪の毛一本すら付着していない真っ赤な手袋。えっ? なんで私、そんなこと言ったのかしら? それにこれ、異世界とは程遠い感じがするわね。怪獣と戦う時に着けるような……。
しばらく悩み抜いた末、私は一番身近なものに決めた。
「剣にするわ」
「承知いたしました。では、この『遺物』の物語を聞きましょう」
フォーが口を開き、物語を語り始めた。その平坦な声が響いた瞬間、私の目の前の景色がぼやけ始め……。




