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俺の仕事と二人の適正

今回、豚の解体描写をしっかり書いています。そういうものが苦手な方はご注意ください。

「よお、来たな!」

「おやっさん、おはようございます」

「「おはようございます!」」

「元気のいい二人だ。俺はこの精肉所の店主のゴードンだ。まあ今日はしっかり見学してってくれや。二人は前から来るって聞いてたからな。余裕がありそうなら簡単な解体もやらせてやるぞ」

「やった!」「ありがとうございます!」


 おやっさんはいつものニカッとした笑顔を浮かべ、二人の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 解体所の奥からは、すでに血と臓物の臭いが漂ってきているんだけど、二人の様子はまだ大丈夫そうだ。

 どちらかというと、見ているだけだと思っていたところに実際に解体ができるかもしれないと聞いて喜んでいるぐらいだ。この感情がいつまでも持ってくれればいいけどな。


「おやっさん、今日はなにが入ってんだ?」

「豚が五頭。鳥が沢山って感じだな。とりあえず首飛ばして血抜きは終わらせてある」

「そりゃ楽でいいっすね」

「言うようになったじゃねぇか、あのガキンチョがよぉ」


 おやっさんは俺の頭もぐしゃぐしゃと撫でる。最初は嫌で振り払っていたのだが、できなかったことができるようになっておやっさんに褒められると、最近はつい嬉しくなってしまう。


「んじゃさっそく始めるぞ。まずは約束通り見学だ。俺が案内してやるから、シークは解体始めちまえ」

「うっす」


 二人をおやっさんに預け、俺は更衣室へと入る。そこに荷物を置いて制服に着替える。制服というか血で汚れてもいい服という感じだが。

 血や臓物の臭いがしみ込んでしまった服は悪臭にまみれているが、ここにいる人たちでそれを気にする人は一人もいない。というか全員が同じ臭いだから、外部の人に指摘されないと臭いとすら気づいていない可能性もある。

 制服の上からエプロンを装着し作業場へ。そこにはすでに逆さに吊るされた獣たち。


「おはようございます」

「おはよう」「おはようさん」「おっす」


 今この精肉所で雇われているのは、俺を含め四人。すでに全員がそろっている。


「シークはそっちの頼むわ」

「了解」


 どうやら最初は鶏のようだ。手早く吊るしてある一羽を作業台に乗せ、ぶちぶちと羽を抜き取っていく。見た感じで羽がなくなると、それを棒に括り付け焚き火であぶる。チリチリという音は、抜けていなかった小さな羽が燃える音だ。

 軽く炙った鶏を棒から外し、再びテーブルの上に乗せる。包丁を使って首回りに切り込みを入れ、そこから指を突っ込み内臓を肉から離す。そして尻側を大きく開き、下から引っぱればつながっている内臓がずるりと抜けた。取り出した内臓はいったん横のケースにしまっておく。内臓も立派な食べ物だ。これは中をしっかりと洗った後に部位ごとにカットして店舗へと送られる。

 とりあえず俺は内臓のなくなった鶏の胴体に腕を突っ込み、残った内臓や血の塊なんかを取り除く。手に伝わる感触は不気味だが、なれてしまえばこんなものかとも思える。

 除去が終われば水の中に落として丁寧に洗っていく。それを再び吊るして水を切れば肉の処理は完了。

 後はよけておいた内臓を部位ごとにカット。内臓の中に入っている消化途中の餌などを絞り出して中を洗っていく。

 そして部位ごとに箱に分けて完了だ。これを後はひたすら繰り返す。

 三羽ほど手早く解体を終えたところで呼ばれた。どうやらほかの人たちも鶏はひと段落ついたらしい。


「豚やるぞ」

「了解です」


 中央にある大きな台につるされていた豚を横たえる。

 すぐに解体するのではなく、まずは毛皮の除去と洗浄だ。たっぷりのお湯を用意し、表面を濡らした麻布で擦っていく。すると徐々に毛が抜けてくるがこれがなかなかの重労働だ。

 三人がかりでひたすら皮を擦り、汗だくになりながら表面を綺麗にした。その後には乾いた布を使って水気を拭い、今度は火をつけた藁で採り切れなかった毛皮を焼き払う。

 パッパッと燃える藁を叩きつけ、一瞬だけ火に触れさせることで毛だけを焼くが、これをやった後は豚の表面が煤にまみれてしまう。それが終われば再びお湯洗いだ。


「お、ちょうどいい時間だったな」


 二度目のお湯洗いがそろそろ終わると言うことろでおやっさんが二人を連れてやってきた。二人の手には鞘に入った小さなナイフが握られている。見学者の体験用のナイフだろう。


「今から内臓取り出しですよ。ちょっと刺激強いかもね」

「シーク、上げて大丈夫か?」

「大丈夫だ、しっかり結んだ。上げてくれ」


 滑車を使って豚を吊るし直す。そして巨大な包丁を使って豚の腹から内臓を取り出していく。

 あふれ出す内臓と臭いに二人が咳き込んでいる声が聞こえたがまあ仕方がないだろう。人間のようなサイズの生き物を解体する行為は、本能的に嫌悪感を催す。吐いてしまう者も多い中で咳き込むぐらいならまだいい方だ。

 内臓を箱へとしまい、中を軽く掃除する。その後に首回りの肉をカットして骨だけでぶら下がっている状態にする。そして首の骨の隙間に刃物を入れて筋を切ることで首を切り離した。

 後は骨からひたすら肉を外し、部位ごとにカットしていくだけだ。

 していくだけとっても、ブロックは常にキロ単位であり、なるべく骨に肉を残さないように丁寧な刃物さばきが必要になる。どれも経験がものをいう仕事で、俺はまだあまりやらせてもらえない。

 基本的には先輩のサポートをしながらその技を盗む段階だ。体格的にも豚肉に力負けするしな。


「シーク、そっち持ってくれ」

「はい」

「よし、切り離すぞ」


 骨から外された肉の重みがずしんと両腕に加わる。それを受け止め、切り取られた部位を丁寧に箱へと詰めた。

 ついでに二人の様子はと視線を向けると、ジーンは必死にこちらを見ていた。だがさすがにエイチェは耐えられなかったのか、おやっさんの足に隠れて下を向いている。

 ぶら下げられたままの首とか、箱からはみ出している内臓の一部とか、床に広がる血だまりとか女の子には刺激が強すぎたな。

 エイチェはエーリアやイーレンと一緒に畑仕事が性に合っている気がする。ノクトにはそう言っておこう。あいつならきっとエイチェにピッタリの仕事を見つけてくれるはずだ。というかもう考えていそうなフリを時々見せるんだよなぁ。

 俺たちも同じことをやられていたみたいだけど、今の年になって他人の目線から見て初めて気づくことだ。あの頃の俺たちじゃ絶対に気づけなかっただろうな。きっと二人も気づくころには夢にまっしぐらになってることだろう。


 一体目の解体が終えたところで、おやっさんが待ったをかけた。どうやらジーンに解体の体験をさせるようだ。エイチェが限界のようだし、さっさとジーンに体験をさせて返そうということだろう。


「エイチェ、大丈夫?」

「うう……」


 これは大丈夫じゃなさそうだ。けどジーンは意外とやる気に満ちている。どうやら部位ごとに切り分けられた肉を見て食欲を刺激されたのだろう。

 なかなかに強いじゃないか。期待できるかもしれない。

 ジーンの解体体験はおやっさんが面倒見るみたいだし、俺はエイチェに外の空気を吸わせに行くか。


「おやっさん、ちょっとエイチェと外に行きます」

「おう、休ませといてやれ。休憩室の紅茶も落ち着くぞ」

「そっすね。そっちで休ませます。エイチェ、外行こうか」

「うん」


 エイチェの手を引いて解体所の裏へと出る。そこは小さな裏庭になっており、水をくむための井戸がつけられている。

 俺は井戸の水をすくい、カップに入れてエイチェへと渡した。


「気持ち悪かったら吐いた方が楽だぞ」

「たぶん……だいじょうぶ」

「そうか。とりあえず深呼吸だ。ここなら変な臭いはしないからな」


 俺が深呼吸を進めると、エイチェは思い出したかのように何度も深呼吸を繰り返した。よほどあそこの臭いがダメだったのか、エプロンを付けている俺にもあまり近づきたくはないようだ。

 それを察した俺は、とりあえず着替えてくるから待っていてくれと言って解体所の中へと戻った。


「そうだ。そこから刃物を入れてまっすぐに切る。おう、びくびくやると肉もボロボロになっちまうぞ」

「はい!」


 そこではおやっさんがジーンに解体の指示をしていた。ジーンは真剣な表情で鶏の首に切り込みを入れている。

 刃物を入れるぐらいは初めてでも意外とできるんだよ。相手は毛を毟ってよく見る状態になってるから。けどこっから内臓を外したりするのが大変なんだよなぁ。

 そんなことを思いつつ更衣室で着替えを行い店の外を回って裏庭へと戻る。


「エイチェ、お待たせ。少しは楽になった?」

「うん、だいぶ楽になった」

「じゃあ向こうの休憩所でジーンがくるまで待ってようか」


 休憩室は裏庭をはさんだ隣にある。解体所は全体的にもう臭いがきついからな。別棟を建ててそっちで休憩や商談は行っているのだ。

 俺はエイチェを休憩室に案内すると、客人用のクッキーと紅茶を用意した。


「エイチェにはさすがにきつかったみたいだな」

「お兄ちゃんは?」

「さっき見た時は真剣な表情で鶏肉をさばいてた。あの様子ならここで働けるかもな」

「どうするんだろう」

「それはあいつ次第だ。俺じゃわかんねぇよ。それよりエイチェはどうするんだ? ここはきついんだろ?」

「うん。お姉ちゃんたちと畑で仕事してる方が楽しかった」

「ならそれでもいいんじゃね? エーリアたち、人手が足りないって言ってたし」

「でも離れ離れになっちゃう」


 あー、兄妹で常に一緒にいたいってことか。まあ森の中に二人で捨てられてたって話だし、俺たちみたいに血縁が皆無の連中が集まったわけじゃないから、家族感がまた違うのか。

 エイチェからすれば、俺たちは同じ孤児院の一員だけど家族じゃないってことなんだろう。

 これは無理に矯正するもんじゃないし、次第に気持ちの変化を起こしてくれればいいよな。


「離れ離れっつってもご飯は一緒に食べるだろうし、寝るときも同じ部屋だろ?」

「そうだけど、お兄ちゃんだけ引き取られちゃったら」

「おやっさんがか?」


 思わず飲んでいた水を吹き出してしまった。こみ上げてくる笑いを押さえきれず腹を抱える。


「そりゃないって。それなら先に俺が引き取られてるし」

「そうかなぁ?」

「そうだって。安心しろよ。お前らが帰ってくる家はあの孤児院だ」

「うん」


 まだ若干不安そうだが、少しは落ち着いたようだ。クッキーの甘さに頬を緩ませている。

 俺はエイチェの頭を撫でながら、ふと俺の将来はどうなるのだろうと考えてしまった。

 医者になる覚悟はない。けどこのまま解体所で働き続けるべきなのだろうか。俺は何がしたいんだろうかと。

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