危機に抗う対策を
三日経っても露店のおばちゃんはまだ戻ってきていない。
それどころか、おじさんから少し嫌な話を聞いた。どうも平民区画の全域で子供風邪が流行っているという話だ。
子供風邪。正式な名前は知らないが、大体十歳までの子供がかかる流行り病であり、場合によっては死んでしまう可能性もあるやっかいな病気である。
治療法は主に栄養を付けて眠ることと飲み薬だ。薬草を使った薬を教会で配布しているが、一度流行が発生してしまうと消費速度に製造速度が追い付いていなくなってしまうらしい。
なんでも原料となる薬草の保存期間に限りがあり、今商人たちを使って方々から取り寄せている最中なのだとか。だが他の町でも同様に子供風邪が流行していれば、仕入れることすら困難になるだろう。
今もすでに教会の前には薬を求める人たちの列ができている。大混雑というほどではないが、これ以上被害が広がる用ならば暴動に近いことが起こるかもしれない。
けどそんなイベントは小説の世界にはなかった。流行り病の流行であの悪役令嬢が動かないとは思えないし、意外と早く収束するのかもしれない。
そこまで悲観はせず、しっかりと予防だけはしておけば、うちの孤児院なら十分な食事も取れているし大丈夫だろう。
そう考えていた。
「軽く熱が出ていますね。とりあえず暖かくしてちゃんと休んでいてくださいね」
「「はーい」」
シスターが二人のおでこに自分のおでこを当てて体温を確認する。
パッと見た印象ではさほど辛そうではないが、多少熱はあるのだろう。
「じゃあ俺がおやっさんには伝えておきます」
「私は教会に薬がないか確認に行ってきますね。ノクト君たちなら大丈夫だとは思いますが、あまり二人の部屋に入り浸ることはないようにしてくださいね。子供風邪だとまだみんなにも移る可能性はありますから」
「分かりました」
今朝、二人の様子が少しおかしいことに気づいたのは意外なことにシークだった。
朝食の時にエイチェがボーっとしていることに疑問をもって話しかけたのだ。その反応も曖昧でありシスターやエーリアがすぐに子供風邪の可能性を考えてベッドへと戻したのだ。
その後同じ部屋で寝ていたジーンも念のためにと調べたところ、先ほどのように熱が出ていたのである。
体力的にはジーンは大丈夫だろう。だがエイチェが少し心配だ。
ジーンよりも二歳年下のエイチェには体力もあまりない。栄養的な心配はないだろうが、食欲が減った場合が問題だろうか。何か食欲がなくても食べられるようなものを用意しておいたほうがいいか。
「エーリア、俺は果物買ってくるわ。果汁なら飲みやすいだろ。イーレンは二人の面倒を頼む。魔力に覚醒しているお前なら子供風邪にはかからないはずだ」
「分かった。二人は任せて」
「お願いノクト君」
こういう時、パッと休める人材がいると動きやすくていいな。シークやディアスの仕事は簡単には休めないが、俺なら市場に行かないってだけだ。その日の収入は減ってしまうが、明日以降で巻き返しは可能。今朝は収穫もなかったから、野菜が腐る心配もない。
それにイーレンが魔術師として覚醒してくれたのもありがたい。魔術師の生命力は一般人とは比較にならないほど高く、病気にもなりにくければ寿命も長い。子供風邪のような体力と免疫のない子供がかかる病気などにはかからなくなると断言してもいいほどだ。
二人の面倒をイーレンとエーリアに任せ、俺は市場へと足を運ぶ。
町の雰囲気はどこか暗い。子供風邪の蔓延で元気な声が聞こえなくなったからというのもあるが、やはり病気が蔓延しているということで大人であっても外出を控えているのだろう。
ただ行商などは行き来をしているので、そこからは情報が入ってくるが。
さて、外の情報が入ってきていると思うがどうだろうか。
「すみません」
俺は果物を扱っている露店に顔を出し、いくつか甘い果実を購入する。
「果物はまだ普通に入ってきてるの?」
「ああ。こっちは大丈夫みたいだな。ただ薬草は全然足りんと行商が愚痴ってたよ。どこの教会でも欲しがっているようだ」
「ってことは別の町も?」
「ああ。北にかけてまだ寒さの残ってる地域が全体的にやられているらしい。ノクトも気を付けろよ」
「分かった。ありがと」
全国ではないにしても、一部地域での流行か。まだ村の封鎖などは行っていないらしいし、国としてはそこまで大ごとにするものではないと考えているのかもしれない。
買った果物をもって孤児院へと戻る。ちょうどイーレンが二人の部屋から戻ってきたところだった。
「二人の様子は?」
「落ち着いてるよ。エイチェは寝てるけど、ジーンは暇だって駄々こねてた」
「まああれぐらい元気なら仕方がないか。エイチェの目が覚めたらこいつを絞ってやろう」
「いいね。そっちは何か収穫あった?」
「ちょっと嫌な情報が来てる」
俺は周辺の町でも子供風邪がはやり始めていることを伝えた。
場合によってはシスターでも薬の入手が難しいかもしれない。となるとエイチェの体力勝負になる。
「それは――ちょっと不安」
「まだ体力がつく前だからな」
流行があと半年遅ければ、畑仕事やしっかりとした食事で体力もついただろうが、ここに来てまだ日が浅いせいで前の貧困生活の影響が残ってしまっている。
筋肉量が少なく、根本的に体力が少ないのだ。そのせいで子供風邪への耐性が足りていない。
「状況次第だけど、場合によっては町の外に行くことになるかもな」
「準備だけはしておく?」
「とりあえずシスターに教会の中の話を聞いてからだな。風邪薬以外は普通に流通しているし、そこまで急がなくても大丈夫だと思う」
「分かった」
「エーリアは?」
「洗濯中。見ちゃだめだよ?」
「はいはい」
どうせ下着がどうこうだろうな。五年前と違ってみんなの下着もぼろ布からちゃんとしたものに変わってるし、俺たちも二桁歳に突入している。二人にも普通に恥じらいというものが芽生えてきているようだ。
俺は素直にうなずき自分の仕事をするべく、地下の倉庫へと向かうのだった。
◇
シスターが帰ってきたのは昼を過ぎてからだった。だいぶ交渉に難航しているのかと思ったが、戻ってきたシスターの表情から俺達はその結果を察した。
「シスター、貰えなかったの?」
「ええ、どこも順番待ちの状態でした。教会関係者であっても優先はできないと。薬草の入荷次第順次生産しているとのことなので、今は待ちましょう」
「そういう訳にもいかないかもしれない」
俺は他の町でも子供風邪が流行っていることをシスターに伝える。
そして自分たちで薬草を採りに行く計画も同時に教えた。
子供風邪に使われる薬草は、日持ちがしないだけで比較的入手しやすい場所にある。近くの森こそないものの、二日ほど離れた場所へ行けば十分採取は可能だろう。
「それも手かもしれませんね」
「それにシスターやイーレンは別としても、俺たちも子供風邪にかかる可能性はゼロじゃない。いっそのこと数人を町の外に出すのも手だと思ってる」
「誰を考えていますか?」
「俺とシークで行くつもりだ。ディアスは商社の仕事があるし、エーリアには悪いけど家事とかを任せられるのがエーリアしかいない。エフクルスとか普通に体力がなくて連れていけないし」
俺がそう告げると、シスターははぁとため息を吐いた。
「その選択しかありませんか」
「では――」
「ええ。二人には薬草の採取に行ってもらいましょう」
「ありがとうございます。資金は緊急用の積立金を使いますね?」
旅となれば当然その準備が必要になる。往復で一週間ほどかかる可能性のある旅だ。途中に町がいくつかあるとはいえ、食料や旅の道具は当然必要になる。
孤児院にそんなものは当然置いていないので、買いそろえないといけないのだ。
「ええ。まさかノクト君のあの意見がこんなに早く役に立つなんて思ってもみませんでした」
「俺もできることなら使いたくない資金ですからね」
数年前に収入が増え始めた時点で提案した緊急用積立金。俺の予想では孤児院の修繕や病気の薬購入などを考えていたのだが、まさか旅の道具を買うことになるとは。
まあ、かなりの額が溜まっているのである程度いいものを使わせてもらおう。問題は子供サイズがあるかどうかだな。
「じゃあ俺はすこし雑貨屋で相談してみます。なさそうなら、ディアスに相談しますので、少し帰りは遅くなるかもしれません」
「分かりました。気を付けてくださいね」
俺は積立金の入った袋を受け取り、再び町へと繰り出すのだった。




