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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第2章〖魔狩りの爪〗
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第65話

 シェルトが開け放ったドアの音は二階に居たシルフィアとテレシアの耳にも届き、何事かと二人は立ち上がり一階へ下りようとした。


「ママ、どうしたの?寒いの?」


 テレシアの後に続いてシルフィアが下りようとした時だった。階段脇の廊下で身を寄せ合っていた親子に異変が生じる。自身を抱く様にして震える母親の肩を幼い息子の手が擦った。


「テレシアごめん、下の様子は任せて良い?」


「ん?ああ、分かった」


 テレシアの頷きを待ってからシルフィアは親子の元へ行く。


「少しいいかな?」


「おねーちゃん、おいしゃさん?ママを助けて!」


「お医者さんじゃないけど、治せるかもしれないから、ママのこと少し触らせてね」


 縋り付く男の子に優しく言い聞かせてから母親の顔色を見て額に手を当てると、思わず手を引っ込めたくなる程に冷え切っていた。呼吸も弱々しくなっており、一刻も早く処置をしなければ危険な状態なのは明白だった。しかし、ここで焦っては男の子を余計に心配させてしまうので、シルフィアは静かに手の平へ魔力を集中させる。魔力の属性は火、水、風、土と変えていき、母親の体からは殆ど感じる事が出来ない魔力の反応を確かめる。


「火かな」


 微かに感じた魔力の反応が正しい物であると自分自身に言い聞かせるべく小さく呟き、魔力を流し込む。真っ直ぐに垂れ下がった細い管に水を等速で流す感覚は、シルフィア程の魔力量を持った者ならじれったく感じる筈だが、シルフィアは真剣な面持ちで魔力を供給し続ける。そして、供給した魔力の異変に気付くのと、廊下の奥で何かが倒れる音がしたのは同時だった。


「お、おい!どうした!?」


 音の発生源を見ると、廊下に男が倒れており、近くに居た老人に体を揺さぶられていた。


「すみません、その人の体温を測ってください!」


 母親への魔力供給を続けながらシルフィアが声を張ると、老人は慌てながらも男の額に手を当てる。


「大変だ、体温が下がっていくぞ!」


 老人の報告を皮切りに二階でも一階でも人々の助けを求める声が飛び交う。


「おねーちゃん……」


 涙声になった男の子がシルフィアの腕を掴む。


「ごめんね。ママを治す準備をするから、少しだけママに頑張れって言っててくれるかな」


 シルフィアが感じた異変はまだ確信には至っていなかったが、男の子の顔を見て心を決める。母親の手を男の子に預けてから立ち上がり、近くの柱に片手を当てて目を閉じる。

 母親の体には魔力が殆ど残っておらず、それが原因で呼吸が弱まり体温も低下、つまり死に近付いていた。通常なら失った魔力を回復魔術で供給すれば大事には至らないのだが、シルフィアが供給した魔力は母親の体内に止まらず、どこかへ流れ出てしまっていた。何処へ、何故流れ出ているかを悠長に探っていては死者が続出してしまうと判断し、シルフィアは半ば強行策とも言える手段を執った。

 建物全体へ魔力の流出を防ぐように精錬を施す。魔力の流出する原因が建物の内部にあるとしたら無駄な行為であるし、精錬するには建物に使用された素材の数が多すぎる。下手をすればシルフィアの精神が素材の声に潰される危険な精錬であったが、人の命を、子供の幸福を守る為ならば躊躇いはない。

 柱を通して壁へ、床へ、天上へ交魔線を張り巡らせる。初めは明瞭に聞こえた声も建物の半分に交魔線が這う頃にはただの雑音にしか聞こえなかった。脳内に響く喧騒にシルフィアは表情こそ歪めるも、交魔線の勢いは衰えない。


「ごめんね、急に声を聞きに来て。でもあなた達の中にいる人を守る為に力を貸して」


 シルフィアに応える声は肯定か否定か判断は付かないが、交魔線が弾かれることなく建物を覆ったことで解は明確であった。シルフィアは頭蓋がひび割れそうな鈍痛を感じながらも微笑み、魔力を溜めに溜めた上に増幅させ、室内に風を発生させながら建物へと注ぎ込む。突然発生した風に村人達は更なる混乱が訪れるかと思いきや、つい先程まで悲鳴を上げていた者でさえ風に吹かれた途端に冷静さを取り戻していく。

 宿屋の中に巣食っていた複雑に絡み合い沈んだ空気が、逞しくも清爽な風によって解されると、倒れていた人々は次第に目を覚まし始めた。嗚咽を漏らしながら母の手を握っていた少年が歓喜の声を上げたところで、シルフィアは一息吐くが柱から手は離せないでいた。


「ステイン、エト……」


 異常が去ったことに安堵の声があちこちから聞こえるのに対し、シルフィアは柱に額を当てながら未だ帰らぬ両名の無事を願う。異常は一時的に防いだだけでまだ去っていない、その事を知るのは建物を通じて魔力を吸われ続けているシルフィアだけであった。




「う……ん?」


「おお!君、大丈夫か!?」


 テレシアが目を覚ますと、医者の大袈裟なぐらい大きな声が鼓膜を叩いた。


「頭が少し痛むくらいで、あとは平気」


「そうか、そうか。脈や体温も正常に戻ってきているし、君は無理せず休んでいると良い」


「おじさんは外行くのか?」


「患者が気掛かりだからね。さぁシェルト君、待たせてすまないが行こう!」


 重たそうな体を立ち上げると、溌剌とした声でシェルトの背中を押す。激しく変わる状況に茫然としていたシェルトだったが、医者の声に気を取り戻すと一際大きい頷きをし、宿のドアを開けて外へ駆け出した。身軽なシェルトの後を医者と護衛が一人、少し遅れ気味に追い掛けて行った。

 テレシアは痛む頭を片手で抑えつつ、閉まるドアの隙間から三人を見送る筈だったが、最後尾の護衛の後ろに主の居ない影が見えた途端、反射的に立ち上がってドアを蹴り開けた。

 成人男性を易々と飲み込んでしまいそうな大きさの影は、あっという間に自警団の足元に追い付く。しかし、影が行動を起こすより早く、投擲された包丁が地面に突き刺さった。


「な、何だ!?」


 走りながら振り返った自警団は、明らかに自分を狙って放たれた包丁を見て目を見開いた。


「油断しないで走れ!何かいるぞ!」


 テレシアが叫ぶも、既に影は黒雲に覆い被さられた地面に溶けており所在が掴めない。自警団は平凡な剣に縋り付く様な構えで周囲を警戒しながら、前の二人と共に駆け抜けて行く。そのあまりにも頼りない態度にテレシアは舌を打ち、後を追い掛ける事にした。姿勢を低くしながら全速力で走り、地面に刺さった包丁を回収したところで後方を確認すると、テレシアは宿の屋根の上に先程の影の主を見付ける。何故それが影の主だと分かったのか、理由は無い。だが、空に広がる黒雲から生み出された様に黒く、取り留めのない姿を目にした途端、直観的に分かったのだ。影の主は広がっていた黒い靄を体躯に纏うと、色の無い双眸をテレシアに向けた。


「マズッ!」


 目が合った瞬間、影の主は暗がりに溶ける様に消えたかと思うと、先程見た影が壁を駆け下りて一直線にテレシアへ突っ込んで来た。

 脇に建っていた民家の影に隠れようとしたが、横に避けて道を開けたところを突破されてはシェルト達が危険だと判断し、爪先と影が触れた刹那、後ろに跳び退いた。しかし、影はそれを見越したかのように前進し、テレシアの着地点に先回りしていた。恐怖に心臓が跳ね上がり、手に持っていた包丁を我武者羅に影へ放り投げる。その足掻きが幸いし、影は包丁を避ける為にテレシアの着地点から離れるが、無理な体勢で投げた所為で着地のバランスを崩して背中から倒れ込んでしまう。痛みに構っている暇はない。獲物を追い詰めた影が飛び掛かって来ているのだから。

 後転して立ち上がるのと同時に地面が三本の線状に抉られる。テレシアの体からは冷や汗が止まる事を忘れて吹き出しているが、心はまだ冷静でいられた。攻撃した時に現れた影の主を姿を瞬時に観察する。肥大した尾を持ち、四足歩行の前足からは長く鋭い爪が伸びている事からズィンベルだと予想出来る。しかし、身体の大凡の形以外は黒い靄に覆われていて窺い知る事が難しい。

 ズィンベルが威嚇する様に周囲を回るのに対し正面を向け続け、影が一周した時にテレシアから仕掛ける。左足を強く踏み込むとズィンベルは回り込んで反撃しようと動き出す。


「うりゃ!」


 テレシアは後転して立ち上がった時にエプロンドレスの中から取り出していた長細い瓶を、ズィンベルの足元目掛けて投げ込んだ。瓶が割れ、中身の食用オイルがが地面を濡らせどもズィンベルは構わず地面を蹴る。


「ズァガッ!?」


 足を滑らせて驚愕の声を上げたズィンベルは俯せに倒れ、そこに口の開いた紙袋が投げ込まれる。紙袋はズィンベルの眉間にぶつかると中身の白い粉をぶちまけ、黒い影を白くコーティングした。


「それで少しは見やすくなったろ」


 包丁を回収し、捨て台詞を残すとテレシアは一目散に逃げ去る。テレシアの装備では体勢を崩すことはできても、致命傷を負わせることは困難だった。素手でやり合おうにも、爪と尾の攻撃を避けながらでは分が悪いどころではないので、時間稼ぎに徹する事にしたのだ。通常ならばテレシアの判断は間違ってはいないだろうが、一つ決定的な誤算があった。相手にしているズィンベルは通常ではない。

 オイルと麦粉まみれになったズィンベルは唸りながらゆっくりと立ち上がると、聞いた事もない低い声で黒雲に向かって咆哮した。

 今更怒りの咆哮に驚く事は無いが、テレシアの足取りがいきなり重くなる。息苦しさと寒気に見舞われたテレシアは自分の意思に反し、あっさりと膝を着いた。


「これ、さっきの」


 宿屋で倒れた時と同じ感覚だと理解した時には既に彼女の体は地面に伏し、疾い足音が迫っていた。


 


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