第42話
【ゲレゲン平原】
ゲレゲン村を後にしたシルフィア達の旅路は穏やかな気候に祝福され、実に平穏なものであった。モンスターの襲撃も無く、時々精錬や錬金に使えそうな草花を採取し、他愛のない雑談をしながら平原を進み続ける。
あまりにも平和すぎるものだから、テレシアは自身の上に広がる広大な空に負けんばかりの大あくびをした。
「な~んにも起きないな」
「この辺りはクヨーラの領地だった年月が長いから、モンスター達も無闇に人前に出て来ないんだよ」
シルフィアの説明を受けたテレシアは相槌を打ち、平原の遠くで野生動物が行進しているのを眺めた。平和を目の当たりにすると、ゲレゲン村をツェルフォンヅの群れが襲ったというのがどれほど異常事態だったのか、今更ながら痛感させられる。
「シルフィア、この平原では何か目新しい植物は無いの?」
先行して植物を採取していたステインに追い付くと、そんな問いが投げ掛けられた。シルフィアは一寸考える素振りを見せると、左手首に着けたポーチから赤茶色の紐を二本取り出した。
「ウォークウォーテルって言うんだけど、二人は知ってる?」
二つの首が横に振られると、シルフィアはテレシアを座らせて紐を靴へ結びつけた。
「はいどうぞ、立ってみて」
差し出された手を借りて立ち上がったテレシアは足の裏でうねりを感じた。
「うわっ!何だこれ!?」
僅かに不快感を覚えたが、テレシアの身に起こった異変が瞬く間に不快感を忘れさせた。
「歩いてないのに前に進むんだけど!?」
未体験の事態に体勢を崩すテレシアだったが、足裏のうねりと進行は止まらない。
「ある程度の力を加えるとクネクネ動く根っこで、足で踏むと今みたいに前に進んでくれるの。面白いでしょ」
「面白いっていうか、奇妙な根っこだな。これどうやって止めるんだ?」
体勢を立て直したテレシアに並んで歩きながら、シルフィアはウォークウォーテルについて説明をした。
「根っこが自然に切れるのを待つか、強く踏み付けて切ると止まれるよ」
テレシアが足に力を入れると同時に体の進行が止まる。足の裏では切れた根っこが未だうねっていたので、手で払って地面に落とす。
「不思議な物があるものだね。この近くでは採取できる?」
「水辺で採れる事が多いから、この先にあるリビエ川まで行けば見つかると思うよ」
紹介した物に興味を持ってもらえて嬉しいのか、先導し始めるシルフィアの声音は若干弾んでいた。彼女の明るさに応じるように、ステインとテレシアも軽い足取りで先へと進んで行った。
【リビエ川】
ゲレゲン平原とグロート平原を分ける様に流れている。源流はフェドラス霊山東部に有り、隣国を通って海まで伸びている長大な河川である。季節にもよるが流れは基本的に緩やかであり、多くの生物が喉を潤しに訪れる。
木製の橋が架けられていたが三人は直ぐには渡らず、水辺へと降りることにした。短い草が生い茂る土手は人の手によって整備されていて階段が備えられていたが、テレシアは当然の様に斜面を滑り下りて行く。彼女の奔放さに触発されたのか、旅の始めで浮かれているのか、シルフィアまでもが斜面を滑り下りて行った。ステインは注意の声を土手の上に残して階段を下りた。
ステインが階段を下りきる頃には、既に女子二人は目的の物を見つけていた。砂利を邪魔そうにしながら生えている小振りな木が、少しでもくつろごうと地表に根を出している。その根から生えている細い根、つまり側根がウォークウォーテルである。
「こっちの太い根っこも刺激を与えたら動くのか?」
聞きながらパシパシと手で主根を叩くが、反応する気配はない。
「残念だけど、動くのはこっちの……あれ?」
シルフィアが自身の知識から答えを出そうとしたが、あることに気付いて首を傾げた。元々動かない物と思っていたから試しもせず側根だけを採取していたが、側根が付いた状態で主根に空魔精錬術をかけたらどうなるのだろうか。シルフィアは両手で主根に触れて神経を集中させた。
土の魔力を練り、自身の手を通じて根の意思を感じ取る。
『可能、動作。否定、希望』
「そっか、教えてくれてありがとう」
シルフィアは呟くと根を撫でてから手を離した。一体何が起きたか分かっていないテレシアは首を傾げていたが、ウォークウォーテルのこと着々と採取していた。
「何を聞いたの?」
ステインの問い掛けにシルフィアは悪戯っぽく笑い、主根を動かして木を移動させることは可能か聞いたことを打ち明けた。そして、結論から言えば動かすのは可能なのだが、木が移動を拒んだことも伝える。
「随分と思い切ったことを聞いたね」
大地に根を張って生息する木に対して移動可能か否かを尋ねようなど、ステインでは考え付かなかったことだ。ステインが考えるとしたらウォークウォーテルを使った錬成物の事ぐらいだ。
「なぁんだ、動きたいって言うなら、こいつに乗って移動できたかのしれないのにな」
採取したウォークウォーテルをステインに渡しながら、残念そうに肩を竦める。
「走る木に乗って移動も面白そうだけど、流石に奇抜過ぎるかな」
恐らく本気で木に乗って移動を考えたであろうテレシアに対し、ステインは穏やかに笑って返した。
「根っこはもっと採るか?」
「いや、取り敢えずはこれぐらいで十分だよ。まだ用途も明確に決まってないし」
「うん、分かった。じゃあ、橋を渡る前にちょっと休憩!」
宣言するや否や、砂利道を器用に走って土手に寝転がったが、数秒後には鼻に羽虫が入ったなどと叫んで飛び起きる。騒がしくも穏やかに三人の旅路は続いて行くのであった。




