第43話
【グロート平原】
澄んだ川に掛けられた木製の橋は何とも飾り気の無い代物だったが、それ故に自然の中に溶け込んでおり、川で割られた緑の大地を結ぶには最適な景観であった。
橋を渡った先では相変わらずなだらかな大地が続いていたが、シルフィアだけはゲレゲン平原とは別の空気を感じ取っていた。
「橋を渡るだけでこんなに魔気の濃さが変わってくるんだ……」
空気中に存在する魔気の流れを堪能するように目を閉じる。そんな彼女の様子を真似るテレシアであったが、魔気の濃さなど分かりはしなかった。
「んむむ……そんなに違う?」
「うん。川が近いから水の魔気が濃い目なのは当然なんだけど、それとは別に向こうの方からも水の魔気が流れてきているよ」
シルフィアは目を開けて自分が感じ取った事を教える。すると、テレシアも目を開けてシルフィアが指差した方向を眺めながら頭の中で地図を開く。
「向こうは西だから……メエル湖から流れて来てんのかな」
「それと、あっちからは火の魔気が流れて来てるよ」
指差していた方向を左へ九十度変えると、ステインが怪訝な表情をした。
「火?土ではなく?」
「土も混ざってるけど、火の方が目立ってるかな」
シルフィアを疑う訳ではないが、ステインは小首を傾げた。南の方角には荒野と朽ちた遺跡がある程度で、火に関連するような地形は無い。実際、記憶違いでなければ、国の調査では土の魔気が濃いと報告があったのだ。
「ご主人様、考え込んでないで先に進もう。今回は順調に進んで来れてるし、野宿回避してから妄想に耽っても遅くはないだろ」
テレシアが顔を覗き込んで来て先を促す。何やら訂正したい単語があった気がするが、先に進む方が先決であったので気付かない振りをして先へと進むことにした。
魔気の流れが多少変化したものの、一行は変わらず平和な旅路を進んでいた。そんな時、退屈そうに辺りを見回していたテレシアが草陰で何かが反射したのを見つける。距離にして数メートル程だったので、二人に報告する訳でもなく駆け足で近付く。
「なんだこれ?」
草陰に落ちていたのは緑色の結晶体。細長い形をした宝石にも見える美しさだったが、生憎と拾い上げた者は光物に対し無頓着であった。
「金か素材になるかな?」
拾い物を掲げて太陽に透かした時だった。不自然な影が急降下してきたのだ。
「うわっ!」
影の正体が何か確認するより早くテレシアの体はバックステップをしていた。直後、テレシアが立っていた地面に鋭い鉤爪が突き立てられた。
「こいつ、オニアーとか言ったっけ」
黒褐色の翼を大振りに羽搏かせながら睨んで来る鳥型のモンスターが間近にいるというのに、テレシアは悠長に名前を思い出していた。
オニアーの全長はテレシアの身長と大差無い程度だが、大きく羽搏かれた翼の分、巨体に見える。尾と嘴が濃い黄色をしているが、お世辞にも綺麗な色ではなく、むしろ巨体と併せて相手に威圧感を与える色合いだった。
「テレシア、大丈夫か!?」
騒ぎに気付いたステインがやや大げさに声を張りながら駆け付ける。勿論、テレシアのことが心配だったこともあるが、オニアーの習性も考慮しての行動だった。オニアーは威圧的な見た目とは対照的に、行動はとても慎重派なモンスターである。獲物を襲う時でさえ、必ず獲物に対し同数以上の集団で行動し、戦力に優位性を感じなくなれば直ぐに撤退する。
ステインはテレシアの横に並び、振るう気の無い聖剣を構える。何の魔気も流し込んでいない聖剣では、飛行するオニアーに対して足枷にしかならないが、戦闘の意思表示の為に長物を見せることでオニアーが撤退すると予想したのだ。しかし、事態はステインの予想外の方向に進んだ。オニアーは撤退する素振りを見せず、低空でじっとしているのだ。ステインが疑問を抱いた次の瞬間、上空から不自然な風の流れを感じる。
「えいっ!」
シルフィアの掛け声と同時にステイン達の上空で軽い炸裂音がした。上空で待機していた二体のオニアーが放った魔術を打ち消した音だった。テレシアは驚いて空を仰いだが、ステインは一切動じず、正面のオニアーだけを見据えていた。互いに睨み合っていたが、ステインが先に動く。聖剣を振り被りながら大きく踏み込んだのだ。
「クゥイィィィッ!」
オニアーは甲高い声を上げると、瞬時に上空へ飛び去り、仲間と共にどこかへと飛び去って行った。
「ふぅ、どうにか追い払えたか」
「何も追い払わなくても、倒せば良かったじゃんか」
安堵の息を漏らすステインとは逆に、テレシアは少しつまらなそうに口を尖らせた。
「無闇に戦闘する意味はないよ。下手に構ってたらまた野宿になる可能性もあるし」
「うっ、確かに今は先を急ぐ方が先決だな。けどその前に」
野宿と言う単語を聞いて尖らせた口を引っ込めるどころか顔を引きつらせる。けれどそれも一瞬のことで、直ぐに表情を戻してシルフィアのもとへと駆ける。
「サンキュ、シルフィア。助けてくれたお礼にこれあげる」
つい先ほど拾った緑の結晶体をシルフィアの手に握らせる。落ちていた物とはいえ、その輝きは宝石と遜色ないものだ。シルフィアは手の平にある結晶体をしげしげと見つめる。
「綺麗だね。良いの、貰っちゃっても?」
「ああ、あたしが持ってても意味ないし、精錬して高く売れたら美味しい物でも食べに連れてってくれよな」
なんとも打算的なお礼だが、白い歯を見せて屈託なく笑う様を見せられたら悪い気はしない。その相手がシルフィアなら尚更だ。
「それ、ウィンドクリスタルじゃないか。よく見つけたね」
「ご主人様、この石が何か知ってるのか?」
テレシアの問いを受けたステインはシルフィアの方を見る。シルフィアならウィンドクリスタルという単語を耳にしたことがあると思ったが、彼女もステインの口から結晶体の正体が告げられるのを待っている。両手を重ねた手の平の上に乗せた結晶体を見せるように差し出していた。
「ウィンドクリスタルというのは、簡単に言うなら魔気の塊だよ。どうやってできるかはまだ解明されていないけど、季節とか魔気の流れによって偶然出来るらしい」
「へ~、魔気の塊ってことは、こいつを使えばあたしでも風の魔術が使えたり?」
「残念ながら、クリスタルになった魔気を取り出す方法もまだ研究中なんだ」
「え~、じゃあ結局ただの綺麗な石なのかぁ」
棒読み感のある落胆の言葉を述べ、がっくりと肩を落とすテレシアだった。彼女が魔術を使いたがっていたか、記憶を辿りながらもステインはフォローの言葉を口にした。
「貴重な物には変わりないから、加工してお守りにでもすればいいと思うよ」
「お、木偶ご主人様もたまには気の利いた返しするじゃん!特別に頭撫でてやろうか?」
一瞬にして立ち直ったテレシアはニヤついた顔で撫でる動作を見せつけた。やはり魔術が使えるか否かは大した問題ではなかったらしい。ステインはテレシアのからかいを微塵も相手にせず、シルフィアに声を掛けて先に進む事にした。無視されたテレシアが不服を申し立てながら二人の後を追って行くのだが、口論になることはなく、それどころか和やかな笑い声と共に三人は目的地であるミッセン村に向かって歩き続けた。




