第31話++
国内有数の名門校であっても魔力に関しては他の追従を許さぬ才能を発揮していたレイナであったが、一般教養に関しては僅かな間のみ通っていた学校と、老爺から教わった簡単な読み書き程度の知識しかなかった。そのことを馬鹿にしてくる生徒も少なくはなかったし、どこで聞いてきたのかレイナの生い立ちをからかう生徒もいた。だが、そんなものはレイナにとって子供騙しに過ぎず、無慈悲さと理不尽な暴力の中で生きてきた者の心には僅かな波紋も立てられなかった。
他者からの妬まれようとも疎まれようとも、ひたすらに己の中にある魔力を高めようとする姿勢はやがて他者からの評価を変えていったが、レイナ自信は何一つ変わらなかった。好意を持って接してくる者も数多くおり、その中には友と呼べる者がいたかもしれない。しかし、レイナにとって他者は他者でしかない。彼女にとって心を開けるのは、薄暗く汚れた小屋の中で共に生きてきた子供達だけなのだ。
月日は流れ、レイナが自身の中にある膨大かつ多彩な魔力を自在に操れるようになると、様々な大衆媒体から出演や会談の依頼が持ち込まれた。レイナが何か力を示した訳ではない。学園側が勝手にレイナの名前を使って宣伝したのだ。そのため、彼女には拒否権など無いに等しく、用意された役や言葉を表現する生きた宣伝広告にされた。自我を押し殺して生きてきた彼女にとって、学園に利用されることは大した苦痛ではなかった。寧ろ自分を生かせてくれた借りを返す機会ぐらいに思っていたのだが、世間の目に触れたことで思わぬ展開を迎えることとなる。
ある日、学園長室に呼び出されたレイナは見知らぬ顔の両親と再会することとなった。
あまりの衝撃に学園長と両親が何を話していたかは覚えていない。ただ、自分が数年前に家出して消息不明扱いにされていたことと、母親の手が初めて温かいと感じたことだけは記憶に残った。
当たり障りない称賛と謙遜、労いの言葉を交わした後、レイナは両親に連れられて数年ぶりに自宅へと帰った。
埃と血にまみれた自宅はどこへやら、新築にでもしたのかと見紛う程に整然とされた屋内に、レイナの記憶にある自宅は幻覚だったのかと疑いたくなる。そして、変わっていたのは家だけではない。外の目が届かなくなれば両親はまた暴力を振るってくるのだろうと覚悟していたが、予想を裏切って学園長と話していた時と変わらぬ柔らかな物腰でレイナとの再会を喜んだ。
記憶と現実の違いに困惑していると、両親は気を遣ってレイナに自室で休むように勧めた。レイナの自室は綺麗に整頓されているが私物は一切なく、寮で使っていた部屋よりも狭い。飾り気のないベッドに座って記憶と気持ちの整理を試みるが、どうにも集中できない。外出を両親に伝える気にもなれなかったので窓から抜け出し、街を散策することにした。しかし、御大層な称号と共にすっかり有名人になってしまっているレイナを、世間は落ち着かせてくれない。瞬く間に人の群れが集まって身動きがとれなくなってしまう。魔術を使えば簡単に飛び去れるのだが、学園の敷地外で魔術を使用すれば厳罰に処されるという校則が邪魔をする。退けようと口調を強めるが、群衆の騒ぎの中に呆気なく沈んでいく。
どうしたものかと頭を悩ませていると、ガラスが割れる音がして群衆の注意が一気に逸れる。その隙に褐色のか細い手がレイナを路地裏に連れ去った。入り組んだ路地裏であったが、いつか家族と共に駆け抜けた記憶のある道だった。薄汚れた手を懐かしみ、しっかりと握り返して走り続けていると、やがて少し開けた空き地へ辿り着く。
「久しぶりだな。 」
少年は手を放し、レイナに向き直った。背丈や顔は成長し声も幾分低くなっており、左頬に見慣れぬ火傷の痕もあるが少年は同じ小屋で過ごした家族の一人であることは一目で分かった。しかし、表情からも口調からも再開を喜ぼうという気が一切感じられないことにレイナは訝しんだ。少年はレイナが抱いている疑念に応えるべく、レイナが研究所に連れて行かれた後の事を語り出した。
レイナが孤児達の元を去ってから、老爺も同じく姿を見せなくなった。二、三日会わないぐらいならば特別変わったことでもないのだが、十日、二十日と過ぎて行くうちに孤児達の間に宿った不安は大きくなっていった。様子を見に老爺の家へ向かったが、既に空き家となっており、消息は完全に途絶えた。歳も歳だったので、急病にでも見舞われて死んでしまったのだと自分達を納得させ、同時にこれからは自分達だけで生きていく事を強く誓った。
だが、幼き誓いに対して現実は無情だった。不衛生さと飢餓は確実に少年達の体力を削り、精神的な支えとなっていた老爺の不在は孤児達の心に生きる希望を飲み込む穴を開けた。
一年後、年下の面倒見が良かった少女が息を引き取った。餓死である。自分の食糧すら年少者に分け合たえる美しいまでの自己犠牲であったが、それを嘲笑うかのように少女の繋げた命には病が巣食い、どんな病名かも分からないまま、また一人息を引き取った。
家族が二人減り、生きる気力を失いかけた時、年長者であった少年は行動に出る。単身で夜中に商店へ襲撃し、寝ている店主を縛り上げ、持てるだけの食糧と隠し持つのに便利そうな刃物を数本奪った。老爺の教育のお陰で植えつけられた道徳心が少年の精神を痛めつけたが、他に生きる術がなかったのだ。モンスター対峙でも汚物処理でも稼げるならばなんでもするつもりだったが、戸籍もない子供に仕事を請け負わせてくれるほど自由な社会ではなかった。
少年が一人で手を汚し、どうにか家族と命を繋げていると、なんと死んだと思っていた老爺が現れたのだ。幽霊や幻覚ではない。綺麗な装飾が施されたローブを纏っていたが、昔と変わらぬ笑みを浮かべていた。再会を喜ぼうとした孤児を手で制し、少年は老爺に今まで何をしていたかを問い詰めた。
「急に姿を消してすまないと思っている。魔術協会の顧問に誘われて、そっちの仕事が忙しかったものでな……じゃが、待たせた分、お前らには良い話しを持ってきた」
笑みを浮かべたまま薄目を開ける老爺に、少年は得体の知れぬ悪寒を感じた。
「近頃この街で盗みを働く者がおってな、警備隊の連中も手を焼いておるそうだ。その者を捕らえる、ないしは有力な情報があれば身分関係なしに協会から褒美が出るのじゃ。ほれ、お前達なら大人でも知らない裏道を知っとるじゃろう?何か知らんかね?」
子供達に向けて言っているようで、老爺の眼は常に少年ただ一人を捉えていた。子供達は皆純粋に首を振って「知らない」と口ぐちに言った。
「お主はどうじゃ?」
疑問形であったが、既に答えは出ている。捕まると思った少年は咄嗟に服の下に忍び込ませていたナイフを取り出して老爺の手の平を斬り裂いた。孤児達がどよめくが、老爺は何事もなかったように変わらぬ笑みを浮かべたまま傷口を抑え、回復魔術を発動させた。
「すまんのぉ、儂は嘘を吐いておった」
攻撃を受けたにも関わらず老爺は落ち着いた口調のまま、少年に向かって軽く頭を下げ、そして語りだした。
老爺が施設にも入れない孤児の面倒を見ていた理由。それは優秀な魔術者を探し出し、国家魔術師に返り咲く為だった。施設に入れられている孤児達は一定の年齢になると研究所の職員が魔力測定を行うが、路上で生活している孤児達は保証人となる大人の申請が無ければ魔力測定が行われない。魔術社会においては、優秀な魔術者を探し当てるだけでも大きな功績となる。それこそ失墜した信用を取り戻し、再び国家魔術師になれてしまう程の。
レイナを捧げて地位を取り戻し、甘心している老爺のところに今回の盗人騒動の話しが転がり込んだ。食糧を盗む前に店主を縛りあげたり、荷物になる刃物を盗んだり、足跡を複数付けて逃走ルートを絞らせないようにしたりと、ただ飢えに苦しむ者が行った犯行にしては頭が良すぎる。そして、残された足跡はどれも小さく、子供の犯行だということは誰から見ても明らかだった。ある程度の知性を持った飢えに苦しむ子供、老爺には心当たりがあった。
レイナの魔力にしてもそうだが、盗人も老爺が面倒を見ていた少年だという確信は無かった。天が、運が老爺に味方したに過ぎないのだが、結果として成功すれば良いのだ。老爺は上空を扇いで高笑いをする。
「生まれも、魔力も、運も持たぬ哀れな子共達よ、せめて儂の地位を盤石のものとする礎になるが良い」
少年は反射的に危険を察知し、後ろに跳び退いた。刹那、孤児達の上空から炎が落ち、小さな身を焦がす。少年も直撃は避けたが、地面で弾けた炎が左手と左頬を焼いた。
もう家族の誰にも死んでほしくないと願って、痛む良心に耐えて続けていた盗みだったが、そのお陰で身に付いた危機察知能力によって命を拾うとは何と皮肉なことだろうか。
「ああ、それとさっきお前らに言った褒美云々も少しばかり違った内容でな……盗人の生死は関係なく、小賢しい盗みを止めた者に褒美が出るんじゃよ。お前の家族もこの通りじゃし、潔く……死ね」
足元で絶命している孤児の頭を踏み付け、魔気を集中させる老爺に対し、少年はあまりにも無力だった。小さなナイフ片手に怒りを募らせることしかできなかった。そして、集められた火の魔気が放たれようとした瞬間、老爺は足に痛みを訴えて集中させていた魔気を霧散させた。
「に…………げ……て……」
炎を浴びても辛うじて生き残っていた孤児が老爺の脛に爪を立てていたのだ。体中ぐったりとしていて声も枯れ枯れだったが、その爪はしっかりと肉を捉え、血管を破る。孤児の瞳からは徐々に光りが失われていくが、少年を見つめる瞳はどこまでも優しかった。
少年は食糧を盗んできたことは一度も話さなかったが、恐らく孤児達は勘付いていたことだろう。盗みが犯罪だということも知っていたが、孤児達は少年に対し感謝の言葉のみを告げていた。老爺の言う通り、生まれも、魔力も、運も、何も持っていない孤児達が世間の道理のみを大事に持ち続けることなどできやしないのだ。そもそも道理だけで生きていられるのならば孤児など、少なくとも路上で生活を強いられることなど起きはしないのだ。だからきっと、孤児達は少年の罪に気付いていないフリをして、少年の優しさを共に背負おうとしたのだ。
「あ、あ……あぁ…………」
死にゆく家族の瞳からあらゆる思いが流れ込み、泣き崩れそうになる少年だったが、蹴飛ばされた衝撃で意識を戻す。
「無価値な者が、価値有る者の邪魔をするな!」
蹴飛ばされたのは少年ではなく、老爺の脛に爪を立てていた孤児の方だった。しかし、思いを繋げていた少年にとって、その蹴りは自分に放たれたものに等しい。仇を取りたいと心が叫ぶが、意思はいつの間にか逃走を決行していた。砂埃を巻き上げて目くらましをすると、細い道を通り抜けてあっという間に姿を消した。
少年の話しを聞き終えたレイナはただ茫然と立ち尽くしていた。あの優しかった老爺が自分達を利用して地位を取り戻し、レイナが家族と呼べる存在が目の前にいる少年のみになってしまった。
「許せない」
次第に湧き起こってきた怒りを口から吐き出し、拳をきつく握りしめる。
「止せよ、 復讐がしたくてこの事を話したんじゃない」
「じゃあどうして!?」
話しを聞いただけでも抑えきれぬ程の怒りが湧き立つというのに、全てを見て来た少年は不気味なくらい冷静だった。
「 俺達の家族“だった”からな。一応の報告だ」
「……どうして過去形なの?」
「 血の繋がった家族がいるだろ。それに今じゃ誰もが尊敬する魔術師様だ」
「そんなの関係ない!皆も……皆こそ家族と呼べる存在だった!それに地位や名誉なんて……」
レイナの口を塞ぐ少年の目には静かだが確かな怒りが灯っていた。
「今でも俺達のことを家族だって思ってるなら、今持っている物を捨てるような真似はすんな。俺達が持てなかった全てを持って……陽の当たる場所で生きろ」
持ちたくて持ったわけでもない魔力に、未だ信用できていない両親。レイナから言わせてみれば、これからどう転ぶか分からぬ爆弾を持っている気分なのだが、それでも持っていることに変わりはない。少年は念を押すように、レイナの口を塞いでいた手を軽く押しやると踵を返して路地裏の闇に溶けて行った。
強大な魔力に優しい両親、育ての親に利用された事実に亡くした家族。信じる物も頼れる者もなくしたレイナだったが、不思議と頭の中はすっきりとしていた。
誰かに利用されようと、今の平穏が偽りであろうとも、レイナ・アンハイサーは一人の人間として己の心に従い続けよう。自分が自分として存在し続けることこそ、死んでしまった家族への唯一の手向けになると信じて。
それから約一年は平和な日々が続いた。両親と再会したといっても学園の規則で直ぐに寮に戻ったため、共に過ごした時間はごく僅かだった。老爺とも何度か顔を合わせたが、家族の仇を討ちたい気持ちを押し殺して何も知らない風を装った。レイナの魔力をもってすれば老いぼれ一人二人どころか協会そのものを潰すことすら可能であったが、それでは殺された孤児達が報われない。他人を思いやる気持ちを教えてくれた掛け替えのない家族に対し、破壊で応えることだけはしたくなかった。
学園を主席で卒業したレイナは魔術研究院への推薦を受けて進学。研究院は全寮制でなかったため自宅から通うことにしたのだが、この進学が悪夢の再来になるとは知る由もなかった。
特別待遇の生徒ということで入学費や基本の学費は大幅に免除されたのだが、研究費に関しては免除の対象外となっていた。決して安くはない研究費に、レイナの両親は顔色を変えて詰問した。
「学費が免除されるから進学させたというのに、研究費でいくら貪るつもりだ」
「研究がしたいのなら研究所か協会にでも就職すれば良いのに、産んだ親に何の怨みがあるのだ」
「取材や講義で稼いだ金はどこにやった」
「同い年の子は稼いで親孝行しているというのに、いつまで子供でいるつもりだ」
「子は親を助けろ」
「育ててもらった礼をしようとは思わないのか」
言葉の暴力はやがて拳や足、家具へと代わりレイナの体を痛めつけた。体も魔力も成長したレイナだったが、蘇った幼き日の記憶が体を縛り付けて抵抗することは叶わない。
「研究院を辞めてくるまで家に帰ってくるな!」
散々痛めつけられた後、レイナは人目に付き難い裏口から放り出された。茫然と地面に横たわっていると、容赦ない蹴りが腹を捉えて激しく咳き込んだ。口の中に乾いた砂が入り込み、唾液と混じって口内に張り付く。不快極まりない感触だが、同時に懐かしい気持ちになった。孤児達と無邪気に駆け、転んだ時と同じ味だ。それまでからかう様な表情だった孤児達が一斉に心配そうに見つめてくる。そうだ、自分はあの子達の分も、あの子達の為にも平穏な人生を送らなければならない。孤児達がどんなに欲しても想像することすら難しい親を自分は持っているのだ。研究院を辞めて働けば両親も落ち着く筈だ。
レイナは立ち上がり、周囲に人の気配が無いことを確認すると自身に回復魔術を掛けて研究院へと急いだ。
「考え直しなさい」
研究院の教授も事務も口を揃えてそう言った。国立魔術研究所は国が運営している所であるから、国の利益になる研究しかできない。個人の研究が出来るようになるまでは十年以上かかってしまう。研究院では研究費がかかると言っても、個人で研究するよりずっと安い費用なのだ。研究院を卒業すれば就職時に一定以上の役職は保障されており、結果的に稼ぎも増えるのだから、もう一度両親と話し合えばきっと分かってくれる。子の成長を応援しない親はいないのだから。
もっともらしい言葉を並べられようともレイナの意思は揺るがない。
「全て承知の上です」
あまりにも真っ直ぐな物言いに教授と事務は機嫌を悪くしたのか、咳払いをして向き直った視線には威圧すら感じ取れた。
「では何故ご両親は一緒じゃないのか」
「金銭に関しての連絡は生徒を通して親御さんに届いているはずなのに、それでも辞めろと言っているのですか?本当に?」
「ご両親と話したいな。いつなら来れそうだ?」
「一応、書面でも面談の案内を渡しておきますね。一応」
何を根拠にしたのかは知らないが、いつの間にか大人達はレイナが嘘を言っていると決めつけていた。
「間違いなく伝えますが……両親は応じないと思いますよ」
面倒事があれば子供に当たって自分達は知らん顔を決め込み、過失を問い詰めれば恍けるか暴力を振るう。レイナが何を言おうと両親は研究院まで足を運ぶことは“面倒臭いから”しないし、金銭的な話しは“自分達が惨めになるから”応じない。腐っても、共に過ごした日が少なくとも親子だ。ある程度の心理は読める。
レイナの言葉に教授と事務は更に機嫌を悪くしたように深い溜め息を吐いた。
「子供の成長に干渉しないとしたら……それはもう親じゃないぞ」
「ここで我々が話しても貴女の今後は決められませんから、親御さんによろしく頼みましたよ」
それだけ言うと大人達は席を立ち、そそくさと部屋を出て行った。言葉を満足に聞き入れてもらえず、部屋に取り残されたレイナの脳内には「親じゃない」という言葉だけがいつまでも強く残っていた。
途方に暮れながら帰宅したレイナを迎えたのは剣呑な空気。その発生源を見ずに学園で貰った書面を渡し、会話の内容を掻い摘んで話していると容赦ない平手が頬を打った。
「学園を辞めてくるまで家に帰ってくるなと言った筈だ!親との約束を破って、よく顔を見せられたな!」
玄関のドアに押し付けられ、首を絞められる。苦しんでいるレイナには己の心の中で微かな光りが蠢き始めていることに気付いていない。首と父親の手の間に指を入り込ませ、微かに気道を確保したレイナは頭に響いていた言葉を口にする。
「親じゃ、ない」
怒りの殴打がこめかみを捉えたが、その隙に片手になった拘束を振り払って玄関から外へ出る。
「お前たちは、親なんかじゃない!」
産まれたばかりの子を疎い、苛立ちの捌け口や実験体にし、挙げ句の果てには路地裏へ捨て去る。魔術師としての適性が認められ、名が売れたと思ったら善良な皮を被って現れ、何事も無かったかの如く家族を再開。費用が嵩張ることを危惧し、何度も辞退しようとした研究院に半ば強引に進学させる。当時は「これまで子に何もしてやれなかったから」などと体の良いことを言っていたが、今思えばあれは、学園に対して良い親を演じたかっただけなのだろう。研究費の請求が来るたびに顔を曇らせる両親へ何度も研究院を辞めると言ったが、体の良い啖呵を切った手前、中退させるわけにはいかないのだろう。大人の意地を子供の主張が崩すことは不可能だった。そして、研究費の滞納が続き督促状が送られてくれば処理を子供に丸投げし、現在に至る。
言いたい事は山ほどあった。頭の中も心の中も言葉が際限なく溢れ出てきてしまい、言葉にする前に別の言葉に塗り替えられる。
外で騒ぎを起こしたくないのだろう、家の中へ呼び戻そうとする声が聞こえてくるが、他人の言葉を受け入れて理解する余裕など有りはしない。有ったとしたところで、もう言葉に従う間柄ではなくなっているのだ。
言葉にならない声を上げるレイナに応えてくれたのは体内の膨大な魔力、寄り添うは大気中に存在する無数の魔気。無我夢中で力を集中させ、学園や研究院でも扱ったことのない強大な魔術を顕現させる。
冗談ではないと悟った両親は必至に宥め、命乞いをするが、既にレイナの頭にも心にも言葉は存在し得なかった。ただ一つの感情と、一つの疑念。その感情が本当に自分の物なのか確かめる為に、この疑念を確信に変える為に、レイナは無言で灼熱の檻を放った。
両親に対する恨みや憎しみ、そんなものを抱けるほどレイナは冷静でなくなっていた。新しい玩具を手に入れた無邪気な子供の様に、自分が手にした魔術を発動させたくて堪らなかった。
孤児達にとって、本当に自分は“持っている側の人間”だったのか、否か。それも魔術による一撃の果てに見えるだろう。
燃え落ちる我が家を見てレイナの心には快楽に似た狂気が満ちていった。魔術で編んだ炎の腕を伸ばし、瓦礫の中から両親を拾い上げる。まだ意識がはっきりしており、腕の中で熱に悶え苦しんでいる。このままじっくり焼き焦がすのも悪くなかったが、より良い快楽を求めてレイナは二人を解放した。
火傷に苦しみ、罵声すら飛ばせないでいる両親を見た途端に興が削がれてしまったが、だからといってやっぱり焼死させましたでは面白味がない。再び腕を瓦礫の方に伸ばし、よく熱された包丁を手にする。
切った。
開いた。
削いだ。
刺した。
裂いた。
抉った。
剥いた。
挽いた。
「飽きた」
自分に叶う魔術師などいないと分かった時からこうすれば良かったのだ。力こそ絶対だと物心つく前から教わっていたというのに何故無駄な時間を過ごしてしまったのだろうか。
炎ともう一つの赤色の塊を前にしてレイナは確信した。持った力を誇示しないのは愚か者、もしくはよっぽどの幸せ者くらいだろう。残念ながらレイナは愚か者で居続けることも、力を示さずとも幸せを手に入れられる者でもなかった。
「みんな……見てて。レイナ・アンハイサーはみんなが持てなかった力の全てを持ってこの世界で生き抜いてみせる!」
暗く焦げた天を仰ぎ、かつて家族だった者達へ宣誓する。だが、これは同時に今までの自分に対する決別の言葉でもあった。
魔術警備隊が駆け付けた時には既に火災は鎮火しており、周囲への被害も無かった。焼死体となって発見された二人の住民は気の毒であったが、被害は最小限に抑えられたと言って良いだろう。しかし、この火災はこの国の存亡を懸けた戦争への狼煙でしかなかった。




