表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
32/124

第31話+

長い昔話。

不快に感じる描写がある可能性がありますので、飛ばして頂いても本編の方には支障はありません。

 世界中を震撼させた盗賊団の首領、レイナ・アンハイサーは若干十七歳の少女だった。表向きの産まれはごく普通の家庭だったが、実際には赤子の頃から虐待の日々を強いられていた。物心がついた時には既に消えない傷が幾つも存在しており、理不尽な暴力に対抗する気力も失われていた。彼女の脳は暴力から逃れることよりも、殺さない程度だが容赦なく暴力を振るい続ける両親に対して賛辞すら送っていた。

 

 世間体を保つ為に入学させられた学校でレイナは気付く。自分の家がおかしい、ということではなく、傷付けられていたのがいつも体の中央に寄っていた理由についてだ。やんちゃな同級生が手足を擦り剥けば先生や友人に心配され、手当てしてもらえるが、自分の様に見えない傷はどんなに深くとも誰にも心配されず、手当てもしてもらえない。知性を持った暴力とはなんと恐ろしいことだろうか。

 助けを求めようとは考えなかった。赤子を殺さず虐待し続け、何食わぬ顔で学校に送り出し、隣りのおばさんと世間話までやってのけるのだ。助けを呼んだところで処世術の知識と傷が増えるだけだ。何もしなくても傷は増えるのだから、処世術を学んだ方が得かもしれないと思ったが、レイナは既に両親への関心を持っていなかった。

 

 学校では無口な少女として、家では肉人形としてどれくらいの日々が経っただろうか。レイナは自分より無表情だった父親の笑った顔を初めて見た。研究していた薬がやっと完成したと聞いて初めて父親が製薬会社に勤めていたことを知った。両親から暴力以外の初めてを感じ、幼い心は揺れ動いた。仕事が上手くいったことで暴力から解放されるかもしれない。同級生と一緒に笑って過ごせるかもしれない。今まで考えもしなかった未来が際限なく溢れ出て脳内を満たしていった。

 だから、父親から渡された薬を躊躇なく飲んだ。

 最初はなんともなかったのだが、次第に胸が熱くなっていき、体内が焼けているのかと思った次の瞬間レイナの口から灼熱が吐き出された。胃の辺りから食道にかけて不快極まりない感覚が残るが、体は異物を吐き出そうと躍起になっている。胃液だけでは異物を流し出せなくなったのか、血管を破って出て来た大量の血液が混じり、次第に意識が遠退いていく。

 直前に明るい未来を見てしまったせいか、レイナは暴力漬けの毎日でも一度として抱いた事がない感情を抱く。


「死にたくない」


 願いは届かず、二度と目覚めることはないと諦観していた意識が奇跡的に活性化したのは、異臭が漂う冷たい地面の上だった。あの世なのかと思うも、周りの喧騒が随分と現実的なものだった。

 巨大な機械の作動音が継続的に鼓膜を叩くが、レイナの意識は茫然とするばかりで自分の状況すら理解しようとしない。暫くするとドアの開く音がし、大きいな足音が一つと細かい足音がいくつか聞こえてくる。音の方へ顔を向けた時に初めて、レイナは自分が台の上で仰向きに寝ていることを理解した。虚ろな目であろうと、目を覚ましたことに変わりはないので細かな足音達は陽気に跳びはねた。

 老爺ははしゃぐ子供達を落ち着かせると、穏やかな物腰でレイナの具合を尋ねた。

 どこの誰かも分からぬ相手に何を答えればいいのか悩んでいると、老爺はレイナの心を見透かした様に微笑んだ。すると、自分が元国家魔術師であり、施設にも入れない子供達の面倒を見ていることを告げ、ここがゴミ処理場の裏にある錆びれた小屋だと説明した。そして、路地裏に血だらけで倒れていたレイナを見つけ、小屋まで運んで治療をしたことも。

 すっかり機能を失ったものだと思っていた脳が、老爺の言葉に刺激されて思考を再開する。

 

 自分は捨てられたのだ。完成したといったが、恐らくはまだ試験段階だった薬を飲まされて副作用で血反吐を吐いた後、ゴミ同然に捨てられたのだ。何の薬だったか実験動物には知る由もないし、そんな事はどうでもよかった。両親には暴力の記憶しかないが、自分がいないところでは何気ない話しをし、普通に笑っているのは知っている。きっと今頃は普通の夫婦として生活しているのだろう。

 何故自分は産まれてきたのだろう。何故自分は今まで生かされてきたのだろう。何故自分は父親の役に立てなかったのだろう。何故自分は母親に愛されなかったのだろう。何故自分は今も生きてしまっているのだろう。

 脳と心が一つになり、叩かれ、握り潰される感覚だった。しかし、レイナの体は脱力し切っており、辛くても苦しくてももがくことすら出来ず、ただ静かに涙を流すしか出来なかった。


 涙が枯れてからは死んでいるのか生きているのか分からない日々が流れていった。老爺の治癒魔術のお陰で少しずつ体も動くようになっていき、その様子を見ていた子供達は心を閉ざしたレイナの分も無邪気に喜んだ。

 

 立って歩けるようになると、子供達は本格的に活動を始める。レイナが受け入れもしないが拒絶もしないことを良い事に街中を連れ回した。当然、大通りを駆けるような目立つ事はせず、子供だけが通れる細く入り組んだ道を選び、見える景色は物陰越しの限られたものだけだった。狭く、窮屈で気を付けていても所々擦り剥いてしまう事が多々あったが、レイナの心は次第に光りを受け入れようとしていた。家と学校の往復、暴力を受け入れる日々では見られなかった世界が無限に広がっていたし、何より“怪我をすると心配してくれる”のが当たり前だということにレイナは強い衝撃を受けた。

 殴られれば痛い、蹴られれば痛い、切られたら痛い、絞められれば苦しい、暴言を浴びせられたら苦しい、焼かれたら苦しい。擦り剥いた痛みだろうと、閉所の苦しさだろうと、二度と味わいたくない経験の筈なのだが何故だろう、みんなと一緒にいるとそれほど辛くない。

 人を思いやる心の温かさに触れ、自分の心も同じように柔らかな熱を帯びていく感覚にレイナは戸惑いを隠せなかったが、示し合わせたかの如く老爺が口癖の様に言っていた言葉を思い出す。


「自分達に血の繋がりはないが、思いは繋げられる。血潮の熱さが家族の絆と言うのならば、思いの温かさもまた家族の絆なのだ」


 初めて感じる心の温かさにレイナは無意識の内に涙ぐむ。当然周りは困惑し、あれやこれやと気遣いの言葉をかけるものの、その優しさがレイナの涙腺を揺さぶっていることには最後まで気付けなかった。


 金銭的には極貧であったが、豊かで逞しい精神を育む生活を続けて数年が経ったある日、薄汚れた景観にそぐわぬ正装をした大人が数人、レイナ達の前に現れた。老爺が留守だったこともあり、自分達を立ち退かせにきたのかと警戒して身を顰めたが、大人達の魔術によって簡単に見つかってしまう。

 肩を怒らせて大人達の目的を聞くが、はっきりとした事は教えてくれる筈もない。しかし、立ち退きを要求しに来たとも言わず、手の平から発生させた魔法陣を一人一人に向けてはなにやら小声で話し合っている。そして魔法陣がレイナに向けられた時に異変は起きた。けたたましい切断音と共に魔法陣が弾けたのだ。幸い、レイナにも大人にも怪我はなかったのだが、大人達は血相を変えてレイナを半ば強引に連れ去った。

 突然訪れた別れに戸惑い、不安を抱き、理由を言わぬ大人達に憤りを覚えたが、連れられた先の建物を見た途端に小さな心に宿った感情は圧倒されてしまう。


 国立魔術研究所


 今まで住んできた小屋の何百倍もある大きさと清雅な建物を目にし、自分が何故このような所に連れて来られたのかも考えずにただただ感嘆していた。

 研究所に入っても相変わらずレイナに何の用があるのかは伝えられず、事務的に様々な機械や魔術による検査を受けさせられた。

 数時間かけて漸く検査が終了すると、今までの沈黙が嘘だったかの様な大喝采がレイナを歓迎した。


 四大統べし無窮無尽の魔術師


 小さな体躯と無知な少女に与える称号としては些か仰々しいが、研究所の職員達は全員が満足そうに笑みを浮かべている。それも仕方のないことだろう。レイナが体内に宿している魔力の量は百年に一人いるかいないかという膨大なものであったし、更には地水火風、全ての属性適正が測定器の最大値を示したのだ。魔術師としては千年に一度、否、今後二度と現れないかもしれない逸材だった。

 勝手に連れ込み、勝手に検査し、勝手に喜んでいる大人達は勝手にレイナの身辺整理を始めたものだから、子供が口を挟む隙などありはしない。本来ならば難関な試験に合格し、手間のかかる事務手続きが必要な国立魔術学園への入学が瞬く間に決定してしまう。

 身なりを整え、研究所で魔術に関する基礎知識を教え込まれると本格的にレイナの学園生活が始まった。全寮制の学園で門限や外出制限も厳しかった為、レイナは今まで共に暮らして来た孤児達へ挨拶する事もできず、二度と再会することは叶わなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ