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天然少女と平凡王子と素材の願い  作者: 一丸一
第1章〖風土の空魔精錬術師〗
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第31話

 四大の空魔精霊獣、地水火風を統べる存在であるが姿を見た者はなく、神格化されて伝承上の存在となってから久しい。世界が創造された時に魔気となって消滅し、世界を永遠に見守っている。空魔魄霊獣の出現と同時に地上へ降り立ち人々を救う等と聞くがいずれも真相は定かではない。


「一般的な答えだね。王都にも詳しい文献は残っていないのかい?」


 アニカに問い質され、ステインは記憶の中にある書物を片っ端から開いて行く。共通するのは全属性を統べていることと、人の目に触れたことがないということ。世界や生物の味方として書かれている物がほとんどだが、捻くれ者が書いた本には世界中の魔気を吸い上げ、破滅を呼ぶ存在とも書かれている。

 四大の空魔精霊獣に関して思い出せる限りの言葉を述べるが、アニカは静かに頷くばかりで驚くわけでも感心するわけでもない。どうやら目新しい知識を披露するに至らなかったらしい。


「それじゃあ癲狂……最狂とも悪魔とも呼ばれている悪名高き空魔精錬術師については?」


 沈黙。シルフィアもステインも悪の空魔精錬術師など聞いたことがなかった。空魔精錬術師というのは世界を構成している魔気を生み出す空魔精霊獣に認められ、契約することでなることができる者の事だ。空魔精錬術師が悪ならば、契約を交わした空魔精霊獣も悪ということになる。ただでさえ少数の空魔精錬術師に悪者が存在したのならばどこかで耳にする筈だ。


「そいじゃ、四大の空魔精霊獣と癲狂の空魔精錬術師について話すとしようかねぇ。お座り、少し長くなるよ」


 広間の中央に置かれた丸いテーブルを囲むように椅子に座るアニカ。それに続く三人。シルフィアは手放しで純粋な興味を示し、ステインは難しい顔をしながら自分が持ち得る知識を巡らせ、テレシアはテーブルの上に置かれたお菓子の誘惑と戦いながら聞き耳を立てている。



————話は六百年以上昔、空魔魄霊獣が出現する少し前まで遡る。


 とある大国に奇跡とも呼べる魔術師が存在していた。魔術師の名はレイナ・アンハイサー。彼女は十歳の頃に魔術の才能を認められ、十五歳には国立の魔術学園を主席で卒業していた。しかし、強大過ぎる力は人の心を惑わす。両親の殺害をきっかけに盗賊に堕ちた。

 盗賊になり、社会の規則を破ったレイナの蛮行を止められる者も、組織も存在しなかった。彼女の魔力はそれ程までに強大だったのだ。そして、いつしか力に魅せられた者が集まり、一個師団規模の盗賊団が出来上がった。

 国土を思うがままに荒らすだけでは飽き足らず、レイナは更なる狂気へと進みだす。自らの魔力を世界に見せ着けんと、隣国の町で虐殺の限りを尽くした。当然、国家間の和平は断ち切られ、周辺国家から侵攻を受けるものの、その戦争こそレイナの望んだものであった。持てる魔力を惜しみなく振るい、戦術など意味を為さぬ、純粋な魔術の暴力によって四面楚歌の状態から挽回、攻勢に転じた。

 周辺国家による同盟軍の勝敗の雲行きが怪しくなってきた頃には既に、数える人すら居ない程の死体の山が築かれていた。


 憎悪と怨嗟と死体、それぞれが無限に存在している戦場は空魔魄霊獣を呼び寄せるのに最適な環境だった。


 空魔魄霊獣が顕現した戦場は大混乱し、敵味方関係なく逃げ惑った。夥しい量の人骨によって形成された空魔魄霊獣は辺りの魔気をたちどころに吸収、消滅させた。そして、魔力を持った生物も例外は無い。魔力を吸い上げられた生物は脱力し、自分の体が腐敗していく様を見ながら空魔魄霊獣に取り込まれるのを待つしかなかった。天才も凡人も関係なく、生物は等しく無に帰される。

 一般的な魔術師の数百倍以上の魔力を有するレイナも例外ではなかったが、既に精神は狂気の果てへと向かっており、万人が恐れ戦く空魔魄霊獣でさえも彼女にとっては破壊の対象だった。自殺行為に見える突撃を哀れまれたのか、それとも狂気の果てに奇跡を勝ち取ったのか、彼女の前に四大の空魔精霊獣が現れた。


 空魔精霊獣とレイナの間にどのようなやり取りがあったかは不明であるが、両者は契約を交わし、強大無比な魔術によって空魔魄霊獣を葬ることに成功した————。



 話し終えたアニカは大きな息を一つ吐いた。霊体に疲れや呼吸があるのかは分からないが、生前の名残りだろう。


「ふ~ん、とんでもない奴がいたもんだ」


 お菓子を食べながら呟くものの、やはりテレシアにとって関心を持てる話しではなかったようだ。


「そんなことがあったんだね。でも、空魔精錬術が悪いことに使われたわけじゃなくて少し安心したかな」


 何かを憂う様に視線を伏せて話しを聞いていたシルフィアだったが、結果的に空魔精錬術が世界を救ったことに満足したのか、いつもの笑顔が戻る。


「それで、その後、レイナと空魔精霊獣はどうなったのですか?」


 単身で国を相手に互角以上の戦いをする者が空魔精霊獣の力を借りれば、それこそ世界征服とて非現実的とは言えない。しかし仮にそうなったとしたら、現代にも何かしらの影響を及ぼしている筈だ。ところがどうだろう、現代は平和そのものであり、レイナという名の盗賊ないしは空魔精錬術師がいたという記録すら残っていない。


「さぁてねぇ……空魔魄霊獣と共に消えてしまったらしいんだよ」


「消えた?」


「そう。世界が壊れちまうんじゃないかってぐらいの魔気が集束したかと思うと、音も無く消えたそうだ。レイナにしろ空魔精霊獣にしろ、生き残った人間達からすれば狂人と悪魔が一緒に消えてくれたんだ、喜ばしい限りじゃないか」


「まさか、昔の人達は彼女の存在そのものを無かったことにした!?」


 空魔魄霊獣を呼び起こす発端となった人物を歴史から消すとは、当時の人々は何を考えていたのだろうか。呆れたと言わんばかりに肩を落とすステインを見て、アニカは薄く笑った。


「ただの悪党であったなら、今でも名前は語り継がれていただろうさ。けど最後の最後で異形の存在に立ち向かい、世界を救った。良くも悪くも、レイナのやったことは大きすぎたんだよ。常人の認識が及ばない話しは真実であっても歴史にならず、作り話になってしまうもんさ」


 アニカの言葉にステインは耳を傾けたが、どうしても心が理解を拒んだ。沈黙したまま首を横に振る。


「でも、ばあちゃん、どうして六百年前のことを知ってるの?ステインが調べてもよく分からなかった時代の話しでしょ?」


「そりゃあ、生きて六百年後の人間に会うことは出来ないけど、死んだら六百年前の人間にだって会えるさ」


「あ、そっか。そっちには昔の人もいっぱい居るんだったね」


 祖母と孫の会話を聞いて、ステインとテレシアは自分達が死者と会話する不思議体験をしていることを改めて思い知った。


「過去の人間から直接話しを聞けるというのなら、空魔魄霊獣が消えた後の世界についても知ることが出来るわけですね」


「聞く事はできるけど、あんたそれを知ってどうするんだい?」


「正しい過去を知る事ができれば、今後世界や人に起きうる異変について予想し、対策を立てることが……」


「馬鹿者」


 真面目な話しをしたつもりだったのだが、最後まで言い切る前に蔑みの言葉が投げ込まれた。ステインは気を悪くしたわけではないが、話しを遮られるとは思っていなかったので疑問を表すべく眉根を寄せた。


「お前さんは今を生きとるんだから前を見て歩かんかい!歴史は時間の経過じゃなく、その時代を生きた人間の価値なんだ。一国の王子ともあろう者が過去のことばかり気にして、未来に向かって胸張って歩かんでどうする!」


「そうそう、ご主人様は安全に気を遣いすぎなんだよ。少しはあたしを見習ってくれてもいいんだぜ?」


「それって、テレシアは危険なことをしてるってこと?」


「え、いや、そうじゃなくて……もっとこう、勢いに任せろってことだよ!」


 アニカの叱咤に便乗するテレシアであったが、シルフィアの少しズレた質問を受けて勢いを軽減されてしまう。誰にも擁護されないステインであったが、保守的な考えに偏ってしまう自覚はあったので、孤立したのは寧ろありがたかった。閉眼し、己が理想とする者の背中を目蓋の裏に描き出す。

 

 何事においても常に先頭に立ち、放つ言葉は飾り気の無いものだが、それ故に人々は絵空事を描きはせず、理想を現実のものとすべく彼の背を無遠慮に押し上げる。

 最も近くに居た筈の自分が、無意識の内に彼とは対照的な道を歩もうとしている。彼に対する反抗心も、妬みもない、あるのはただ、共に民の前に立ち続けたいという憧れだけだ。しかし、彼と同じになる必要はない。自分は自分のやり方で彼と対等になれば良い。


「とは言っても、確かに後ろばかり見てたって仕方ないよな」


 独り言ちたステインは開眼し、正面へ向き直った。女性三人はいつの間にかテレシアを中心に別の話題に盛り上がっているが、それで構わない。改めて自分の志を宣誓せずとも、意志は伝わる者には伝わるのだから。


「まともな顔が出来るじゃあないか」


 アニカが満足そうに頷くと、シルフィアとテレシアはまじまじとステインの顔を見つめた。


「んん?いつもの腑抜け顔じゃないのか?」


「そう?いつも通り誠実で優しそうな顔だと思うけど?」


 二人の目に自分の顔はどう映っているのか気になるステインであったが、そんな些細な疑問はアニカの笑い声に吹き飛ばされる。


「はっはっは!まだ子供の二人には分からんか」


 子ども扱いされて笑われたのが不満なのか、二人は前言撤回を要求したもののまったく相手にされなかった。


「さぁさ、王子様も意志を固め直したようだし、クヨーラが待ちくたびれて寝ちまう前に山頂に向かうとするかね」


 無音で椅子から立ち上がったアニカは、広場の奥に続いている木々の洞窟へと三人を誘った。





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