訓練――なにも考えずがむしゃらにっ 1
「……ん? フルミナ君は?」
募金活動をした日から数日後の放課後。生徒会室には、先生方に募金活動の成果の報告をするために集まった役員たちがいた。
正式には、職員会議で時間を取ってもらい、先生たち何のために募金したのか、いくら集まったのかなどを報告するための情報を共有するために集まっていた。
また先生たちに報告した後は、近々行われる『委員会報告』でも、そのことについて言わなければならないので、それについての文章も考える予定らしい。
『委員会報告』はその名の通り、各委員会がこの一か月どういう活動をしてきたかを報告する場である。
月一回、月の下旬に開かれるもので、その報告は翌月最初に開かれる全校集会にて発表される。
その二つのことについて今日は話し合う予定なのだが、役員が全員そろっていなかった。
「……雷牙なら、必死に宿題を片づけています」
黒塚が生徒会室の奥の方のいすに腰掛け、周りを見回しながら言うと、コの字型に並べられた長机の、向かって右側の端部分に座っている楓が、申し訳なさそうにそう答えた。
「はあ、宿題……。熱心なのはいいけど、今日は会議があるんだけどなー」
「そうだぜ。今やるこたねーじゃないか」
黒塚の言葉に紅汰が不満げに続いた。それに楓は首を横に振った。
「いや、そうではなくて……」
「熱心じゃなかったから、今やってるんだよあいつは」
と楓の言葉を遮って、右側の長机では奥よりの角の近くに座っている勠也が、皮肉気に言った。
「……なるほど、『今日提出だった』宿題をやってるのね」
「そうなんです……」
はあ、と黒塚が苦笑いを浮かべてため息をついた。それに申し訳なさそうに楓が肩をすくめる。
「まあ、確かにフルミナ――この場合は宝条君のほうがいいかな――が宿題をまともにやってくるような子じゃないことは、重々承知の上だけどねー」
「……すみません、あれほど言ってるんですけど」
「いやいや、日向君のせいじゃないよ。悪いのは本人なんだし」
「そうだねー……」と黒塚は、パイプいすの背にくっと寄り掛かった。
「来たらちょっと『おしおき』を受けてもらおうかな?」
††††
「ちっくしょう、面倒くせーな!」
オレは職員室に残ってやった宿題を提出した後、部屋から離れたところを見計らってそうこぼした。
「よりにもよって会議があるってのに……出すならもっと楽なもの出せよ。かなり時間食ったじゃねーかっ」
言いつつも、せっせとオレは廊下を走る。ぺたぺたとスリッパが床を踏む音と、幼い少女の少し荒い息遣いが、放課後の寂寥感あふれる空間にこだまする。
さっきから人ひとり――職員室や校長室などがある事務棟を走っているとはいえ――すれ違わない。
「あー、もうっ。生徒会室遠いし!」
オレはカクッと九十度方向転換して、南側にある事務棟と、中央の教室がある校舎をつなぐ通路に躍り出た。
古宮高校は、主に三つの校舎に分かれている。北と中央の二校舎に、普段生徒たちが授業などで利用する教室や音楽室、美術室などが入っており、職員室や事務室、校長室や図書室など、近づかない生徒はとことん近づかないものがあるのが、一番南に位置する事務棟だ。
他にも西側にはそれなりに大きな体育館や、外の部活の奴らが使う部室棟が位置し、北東のほうには、文化部の部室棟がある。南側一面に広がるグラウンドや、体育館横のプールを含めれば、けっこう大きな学校だと思う。
ちなみに言うと、オレが今いるのが事務棟と中央校舎の間の通路。職員室は二階にあるので、二階の連絡通路だ。そして、生徒会室は文学部の部室棟の三階に位置する。
遠いわっ
グラウンドのほうから、運動部の掛け声が響く。もうアップも終わり練習が始まってそれなりに経ったというところか。それだけ時間が経っているということだ。時間がずれているせいか、連絡通路から見える帰宅生徒の数もまばらだ。
「遅れたら会長のやつに何されるか……」
以前同じように遅れたことがあった。その時は、オレのいないうちに面倒な役をすべて押し付けられそうだった。
それを聞いて抗議したところ、許してくれたが、一日あのゴスロリ衣装にさせられた。闇属性が得意とする拘束魔法を、惜しみなく使ってきた黒塚は実に楽しそうだった。
鼻息の荒い黒塚に、身動きを封じられたままガン見され、羞恥に顔を真っ赤に染めたあの時は、もはやオレの中では黒歴史となっている。
「……っ、急ご」
少し身震いしてから、オレは再度足を動かした。
そしてちょうど中央校舎を突っ切ろうとしたところだった。
ドンッ
「きゃっ」
「あ、ごめんっ」
不意に横から現れた女子生徒にオレは見事にぶつかった。オレは走っていたので衝撃は大きくなく立っていられたが、女子生徒のほうは歩いていたのだろう、衝撃に耐えられず派手にしりもちをついた。
「いたた……」
「わ、悪い……て――」
オレは手をさしのばした後女子生徒の顔を正面から見て、目を丸くした。
「あ、あんたは……」
「え? ……あ、君は日曜日の」
ぶつかった女子生徒は、この日曜日に駅のトイレで出会った、茶色の髪と翠色の眼の少女であった。
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