アーク14
必要な物だけが置かれた部屋で、アークは深く椅子に沈み込んだ。襟元のボタンを一つ二つ外し寛がせて、騒がしい一日だったなと、今日を振り返る。
学生の交流会という名目で行われた、他国の有力者の子息達を招いた昼食会。躾の行き届いているとは言い難い学生も散見されて、警備というか子守りというか、何かと慌ただしかった。特に、準備中に侯爵家の二女が騒いだ時は、騒ぎに間に合わずヘレニーア嬢が水を被るような事態になってしまったのは自分の失態だと思っている。もっと早くに駆け付けるべきだった。
ヘレニーア嬢が大きな釣り気味の瞳を見開き小さな体を怒りに震わせる様は、まるで子猫が怒りに毛を逆立てているかのようだった。普段、窓口で会う時にはどこか芝居がかった猫なで声だったのが、今日は違った。下町の威勢が良い人達のように、令嬢へ立ち向かう彼女の言葉は信念と正論で溢れていて、その人となりがやっと見えた気がしたのだ。
閉じた瞼に、威勢の良い姿が浮かんで、アークの唇が僅かに笑みを刻んだ。
今までの自分は、試されていたのだろうか? 誘う芝居をして見せて、簡単に見かけで引っかかるような体に溺れそうな男かどうかと検分されていた? 本来の彼女は、仕事に誇りを持ち、魔道具への愛に溢れている人だったのか。そういえば、あの若さにして魔道具全般を任されている。彼女の他には、修理や調整を専門で行うドワーフ族の者が工房に居るのと、最近入った新入りくらいか。新しい人が入っても、知識が足りず、あるいは様々な部署の人間と接する事に慣れず辞めていく者が多い。
知識と分別があり、大体の事は上手く躱せて、仕事への情熱もある。そんな女性なのだと、アークの中でヘレニーアの印象が一新された。
コンコン
「兄上、今、よろしいですか?」
控えめにノックがされて、アークはだらけた姿勢を正した。
「ラタムか、かまわない」
既に屋敷の者も大半が寝入っている。こんな遅くに珍しいと訝しみながらも、ラタムを笑顔で向かえた。
「すみません。今日の昼食会で、生徒会のメンバーがご迷惑をおかけしたと聞きました。兄上の手を煩わせるだなんて、申し訳ありませんでした」
責任感の強い、まっすぐな弟は悔しそうに頭を下げる。恐らく、自分だって今日一日他人の世話を焼いていただろうに、生徒会副会長としての責を感じているのだろう。下げられた頭に手を置き、犬を褒めるように多少乱雑な手付きでわしゃわしゃと撫でた。
「あっ、兄上?」
困惑した表情で顔を上げる弟に、アークは雪解けのような笑みを浮かべて暫し頭を撫でまわして、思う。
俺が学生の頃はラタムのように他人に気遣い等しなかった、他人など所詮は他人だと利害の一致する相手との利害関係を結ぶ程度だ。己の得意とする属性魔法のように氷の騎士だなどと揶揄されていたが、ラタムはその真逆だな。
情に厚く、行動力に溢れて、友人も多い。少し向こう見ずな所もあるが、年と共に落ち着きを身に付けてきた。得意とする炎の属性の如く、自由に、苛烈に、周りを巻き込んで燃え上がり前進していく。そんな人を惹き付ける弟が、自慢であり羨ましくもあった。
「かまわない。仕事の内だ。それよりも、今夜は寮に戻らず泊まっていくのだろう? どうだ、久し振りに遊戯盤でも一局付き合わないか?」
クローゼットへ視線を走らせて、弟から手を離す。ラタムが顔を輝かせるのを見て、仕舞い込んだ遊戯盤を引っ張りだして机に広げた。子どもの頃によく二人で遊んだ遊戯盤は、古ぼけていて懐かしい。
「なぁ、ラタム。同時に複数の女性が気になるのは、不実だよな」
真剣な表情で駒を手にしていたラタムが、ぽろりと床に駒を落とした。
「あっ? あにうえ? すみません、駒に集中して聞きそびれたようです。今、なんと?」
「いや、気のせいだ。すまない。今まで己の好みだと思っていたものが、鮮烈な印象に塗り替えられたというか。ただ、知りたいと興味が湧いたというか。いや、どうかしている。すまない、忘れてくれ」
ラタム相手に何を言ってるんだ俺は、疲れているにしても酷い。そうアークが口を閉ざしたのを見て、ラタムは考え考え口を開いた。
「その、気になると一口に言っても、友愛や憧れと恋愛感情は似ている事もあるのでは? 興味が湧いたのであれば、知る事から始めるのに不実も何も無いと思います。そもそも、兄上は独身ですし」
思いがけぬ弟の恋愛観に驚きを感じながらも、アークは、そうかと納得していた。
憧れ、確かに。あの時、黄金に目を奪われたのは憧れに近いのかもしれない。存外、自分の好みは勝気な女性だったのか、それともこれは誇りをもって働く彼女が同僚仲間として好ましく思っているのか。
ふと、自分は初恋を感じた事が無いのだと、気付いた。
「そういえば、ラタムには幼い頃に将来を誓ったご令嬢がいたな」
婚約者ではない。ただ、幼い頃に将来を誓ったと話してくれた。ラタムの初恋は幼い頃から変わらない。もうすぐ学院を卒業する年となっても、一途に彼女を想い続けているようだ。
「はい。婚約を許して頂けている訳ではありませんが、将来は彼女と共にと考えています」
恥ずかしげもなく言いのける弟が、眩しく頼もしく見えた。兄だというのに、他人と深く関わって来なかった自分よりも、ラタムの方が余程大人だとアークは目を細めた。




