エピローグ ~夕焼け小焼け~(4)
「人を薄情呼ばわりするってことは、当然キミも手伝うってことだよねェ。大した先輩思いじゃないか。精々頑張りなよ」
「へ!? い、いやぁ、僕まだ二年の範囲は習ってないんで、大して役に立てないというか……」
「もう、圭ちゃんたら……」
貴則にやり返されてぐぅの音も出ない圭介に、あやめが呆れたため息を零した。その様子を苦笑混じりに眺めていると、視界の端に肩を竦める貴則の姿が映った。彼は蒼真の方へ近付いて行くと、視線だけで紙袋の中を一瞥し、小さく首を傾げながら言った。
「なるほど、この量じゃ骨が折れるのは確かだろうね。頼まれれば手伝わないこともないけど、どうする?」
それに対して、蒼真は今度も同じように首を振った。
「だからいいって。こんなもん、自分でやらなきゃ意味ねぇだろ」
貴則は一瞬意外そうに眉を跳ね上げ、次いで感心したような笑みを浮かべた。
「マジメで結構。ま、受験勉強の予行演習とでも思って頑張るんだね」
「受験生でもここまで根詰めないと思うけどなぁ……」
そう言って苦笑しながら、良一はまだ心配そうな視線を送っている。蒼真は一度決めると案外頑固だ。断った以上は自力でやり切ってみせるだろう。徹夜の反動で授業中に居眠りしないことを願う。
「あ、ところでせっかく皆さん揃ってるので伺いますけど……あれから向こうに繋がった人っています?」
ふと思いついたように、圭介が言って面々を見回した。ちょうど同じことが気になっていた陽千香は、誰かが手を挙げてくれることを期待したが、残念なことに一人として応えるものはいなかった。
あれ以来、界境世界に繋がることはなくなっていた。ベッドで横になると、次に目を開けた時には当然のように自室の天井が見える。蒼司の解放と同時にあの世界は消滅したのだから、これで良かったと言えばそのとおりなのかもしれない。ただ一つ心残りなのは、御使い達に別れの挨拶ができなかったこと。出会った当初は反発もしたが、向こうの世界でずっと自分を支えてきてくれた大切な相棒だった。できることなら、最後に一言お礼が言いたかった。リヒトのかしましいお喋りを懐かしく思いながら、陽千香は小さく息をついた。
今頃、彼女達はどうしているのだろう。界境世界が消えても、彼らまで消えるわけではないだろう。もしかしたらもう次の界境世界を見つけて、悪魔退治に奔走しているのかもしれない。自分はもう手伝ってやれないのだと思うと、少しだけ悔しく感じられた。
「散々危ない目にも遭いましたけど……もう行けないと思うと、何だかちょっと寂しいですね」
「わたし、結局キキョウさんにご挨拶できませんでした……」
「オレもだよ。今頃ロベルト怒ってるかもなぁ……挨拶もなしに消えるとは礼儀知らずめ!って」
「どちらかと言えば、そういう不満を漏らしてそうなのはレイヴンだけどねェ。まぁ、挨拶したらしたで、湿っぽいのはゴメンだとか言いそうだけどね」
御使い達への想いはみんな同じなのだろう、場の空気が少し感傷的になってしまった。陽千香達のいる一帯にだけ、しんとした沈黙が満ちる。それを断ち切ったのは、ぽつりと放たれた蒼真の言葉だった。
「縁があるならまた会えるだろ……"相棒"なんだから」
「……うん。そうね」
陽千香が頷くと、みんなの表情にも温かい笑みが灯った。いつかまた、自分達の力が必要になったその時には、きっと。
「さて、そろそろ失礼するよ。これでも一応、受験生なんでね」
「あ、図書室だろ? オレも行くよ」
「僕はここで。教室に荷物置いて来ちゃったんで、部活行く前に取りに行かないと」
「待って圭ちゃん、わたしも行くっ」
それぞれの目的のために校内に散っていく仲間達を見送ると、残ったのは自分と蒼真だけになった。重そうな紙袋を肩に提げると、蒼真がこちらを向いて言った。
「俺達も行くか?」
「うん!」
喧騒を抜けて校門をくぐり、病院のある方角へ歩いて行く。角を一つ曲がるたび、並木ヶ丘の制服姿が減っていく。静かな住宅街の合間を抜けながら、陽千香はふと、誰かに呼ばれたような気がして足を止めた。周囲を見回してみても、それらしき人影は見当たらない。
「ひぃ? どうした?」
蒼真が振り返って呼んでいる。陽千香は小さく微笑むと、蒼真の方へ向き直って言った。
「ううん、何でもない」
リヒトの声がした。そんな風に思ったのは、先ほどあんな話をしたばかりだからだろう。どうせ鳥か何かの鳴き声を、聞き間違えただけに違いない。
――でも。
陽千香はスカートのポケットに手を入れて、手に触れた柔らかい感触に目を細めた。
自分が神子であった証。これが手元に残っている限り、またすぐにでも会えそうな気がするのだ。
「早く来ないと置いてくぞ」
「あ、待って!」
急かす声に顔を上げ、陽千香は蒼真の隣に走って行く。
よく晴れた空に、ほんの一滴朱が混じり始めている。放課後の優しい日差しが夕暮れの色に変わるまでは、もう間もなくだ。




