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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
エピローグ ~夕焼け小焼け~
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エピローグ ~夕焼け小焼け~(2)

蒼司を担当していた医師は、しきりに奇跡だと口にしていた。長期間眠ったままでいた患者が目を覚ますだけでも珍しいのに、蒼司の記憶や身体機能には、とりたてて何の異常も見られなかった。さすがに筋力は弱っているから、当面の間はリハビリが必要になるが、蒼司の若さならいずれ元のように動き回れるようになるだろうと言われた。

医師との話が一通り終わった後、蒼真が両親に電話を済ませるのを待って、陽千香達は病院の敷地内にある庭に足を運んだ。レンガ敷きの小さな広場に並んだベンチに座り、穏やかな風に吹かれながらのんびりと空を見上げる。

「……悪い、みっともないとこ見せちまって」

ぽつりと零した蒼真に控えめな笑顔を返すと、陽千香はゆるゆると頭を振った。こんな嬉しいことがあった日には、誰だって感情に素直になって良いと思う。長い間感情を押し殺してきた蒼真ならなおさらだ。

「蒼司くん、何も異常なくて良かったわね。リハビリは大変かもしれないけど、志筑くんが付いてるんだもの。きっと頑張って乗り越えてくれるわよ」

「……ん」

そう言って小さく頷いた蒼真は、今までに見たこともないくらい晴れやかな顔をしていた。彼がこの表情を取り戻すための手伝いが出来て良かった。温かい気持ちに包まれながら蒼真の横顔を眺めていると、視線に気付いた蒼真が怪訝そうに眉根を寄せた。

「……何?」

「ん?」

「何で見てんの?」

陽千香はにっこりと笑顔を作ってから答えた。

「志筑くんの泣き顔、絶対レアだから目に焼き付けとこうと思って」

「っ~~、見んなっ」

蒼真は手を伸ばし、陽千香の額を押し退けた。拗ねた表情でそっぽを向く彼に声を立てて笑いながら、陽千香は正面に向き直る。

蒼真とこんなやり取りができるようになるだなんて夢にも思わなかった。知り合った当初、口も利いてもらえなかったのが嘘のようだ。あれからまだ一か月も経っていないのに、もうずっと長いこと一緒にいるような気さえする。

蒼司のことがもう少し落ち着いたら、気分転換にどこかに遊びに誘ってみようか。もしも一緒に来てくれたなら、あの時の言葉をもう一度伝えたいと思う。今度はちゃんと、返事が欲しいと言い添えて。

「さて、と。無事に蒼司くんの目も覚めたことだし、私もこれから忙しくなるわね」

「? 蒼司が起きると何かあんの?」

首を傾げる蒼真に、陽千香は胸を張って当然という顔をしてみせた。

「そりゃそうよ。もう少ししてちゃんと物が食べられるようになったら、蒼司くんにお料理作って差し入れしてあげなきゃいけないもの」

「……病院だから三食出るけど」

「病院のご飯て味薄いのよ? 蒼司くん絶対ワガママだもの。マズいとか言って、三日ともたずに食べなくなるに決まってるわ。毎食は無理でも、お夕飯くらいは味の濃いもの恵んであげないと」

陽千香が息巻くと、蒼真は呆気に取られたような顔をした後、一瞬の間を置いて微笑った。

「……あいつ好き嫌いめちゃくちゃ多いけど」

「上等よ! 私これでも料理得意なんだから、この機会に好き嫌いも直し――」

………………………………。

あれ?

「志筑くん……もしかして今、笑わなかった……?」

「……ん?」

そう言ってこちらを振り向いた顔は、いつものポーカーフェイスに戻ってしまっている。陽千香は焦った。

「え、ちょ……もう一回、もう一回やって! 写メ撮るから!」

「……おかしくもねぇのに笑わねぇけど」

「ええぇっ!?」

そんな。泣き顔どころではない激レア表情を撮り逃すどころか、何気なく流してしまうなんて、何という不覚。割と本気でショックを受けた陽千香は、肩を落としてがっくりと頭を垂れた。暫く立ち直れそうにない。

いじけている陽千香の隣で、蒼真が呆れたように息をつく気配がした。緩やかな沈黙が周囲を流れていき、そして。

「……あの、さ」

躊躇うような蒼真の声に、陽千香は顔を上げて彼を見た。振り向いた先にいる蒼真は、顔を俯け、どこか緊張したような面持ちをしている。視線をあちこちに彷徨わせ、何だか妙に落ち着かない。

「志筑くん……?」

首を傾げて訊ねる陽千香に、蒼真はやがて意を決したように言った。

「まだ、間に合うかな……」

「……何が?」

その問いかけに対する答えは、随分長く返ってこなかった。俯いて視線を逸らしたままたっぷり時間を費やした蒼真は、陽千香が声をかけようか迷い出した頃になって、ようやく一言、消え入りそうな声で呟いた。

「……返事……」

「へ……?」

陽千香の頭がその意味を理解するまでには、さらなる時間が必要だった。沈黙に耐えられなくなった蒼真が「何でもない」と撤回しようとする寸前まで固まっていた陽千香は、彼の言葉を遮りながら沸騰した頭で叫んだのだった。

「も、もちろん、喜んでっ!!」

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