Dear My Brother(16)
蒼真の気迫を押し返すかのような叫びを上げながら、悪魔の第一陣が押し寄せる。各々は自分の正面を見据え、覚悟を決めて臨戦態勢に入る。突破されれば、蒼司の命に届く。何としても死守しなければならない。
『御使いは集まれ! この空間の歪みを鎮める!!』
ロベルトの号令に従って、御使い達が蒼司の付近に集う。銀の翼が淡く輝き、そこから零れた光が地面に六芒星の紋様を描いていく。
『術が完成するまで時間がかかります、あやめさん、皆さまのことを頼みましたよ!』
「はい!!」
キキョウに応え、あやめのフルートが鳴り響く。蒼司の周囲から徐々に広がり、神子六人を囲い込んだ彼女の風は、飛び掛かってきた悪魔の牙を、爪を弾き、強固な結界となって仲間達を護る。
「あやめ君の風が防衛線だ! ここを基点に迎え撃つ、深追いは禁物だよ!」
「言われなくても分かってますよっ!!」
勢いよく床に叩き付けられたハンマーが、周辺一帯に氷の蔦を這わせる。絡め取られて身動きの取れなくなった悪魔を、良一の炎が貫いていく。そこから逃れて飛び出してきたものは、足元の影を断たれて闇の中へと還っていった。
これまでの戦いで磨かれてきたチームワークは、この状況においても強力な武器となっていた。だが、問題は相手の数だ。疲弊してくればこちらの動きは鈍るだろう。それまでに御使い達は間に合うだろうか。
視界の端で鋭い閃光が弾ける。見ればいつの間にか迫っていた悪魔を、蒼真の雷撃が撃ち落としたところだった。
「綾藤、下がってろ!」
「で、でも……!」
遠距離攻撃のできない陽千香は、結界の内側でしか身動きの取れない防衛戦では無力だ。それは痛いほど分かっているが、みんなが戦っている中、一人だけ何もせずに立っていられない。そう思って蒼真を見ると、彼は肩越しに振り返って真摯な声で言った。
「蒼司を頼む」
陽千香は――力強く頷いて、蒼司の方へと踵を返した。
結界の中心では、蒼司が頭を抱えて震えていた。傍に駆け寄ってしゃがみ込み、宥めるように肩に触れる。顔を上げた蒼司は、目の端から涙を零しながら言った。
「どうしよう……兄貴達、もしあいつらにやられちゃったりしたら……っ!!」
「ダメよそんなこと考えちゃ。ここはあなたの願いが強い力を持つ世界、何が間違いに繋がるか分からないわ。悪い想像は口に出しちゃダメ」
蒼司が気をしっかり持てるよう、あえて毅然とした態度で言いきってみせる。だが蒼司は、陽千香の腕に縋り付くと、弱々しい声でこう答えた。
「分かってるんだ……分かってるのに、聞こえるんだ……! "お前の望みを言ってみろ"、"お前を独りぼっちにしようとする奴らが、目の前で死ぬところを想像してみろ"って……考えたくないのに、自分の思考を上塗りするみたいにあいつの声が流れ込んできて、もうおかしくなりそうなんだ……っ!!」
「あいつ……?」
陽千香は首を巡らせると、周囲を取り囲んでいる悪魔の群れを見回した。仲間達が戦っている音を意識的に排除して、その向こうへ感覚を研ぎ澄ませる。が、何も聞こえない。結界の外には悪魔達の低い唸り声が満ちているだけで、蒼司に語り掛ける声など聞こえてこない。恐らく蒼司の頭に直接語り掛けてでもいるのだろう。必死に耳を塞ぎながらうずくまっている蒼司を、きつく抱きしめてやりながら陽千香は考えた。
これまで遭遇してきた悪魔の中に、人語を解するほどの知能を持つものはいなかった。それだけ力を蓄えた悪魔なのだろう。ならばそいつが、蒼司に最も近い場所にいる支配格と考えて間違いない。蒼司の言葉がそれを裏付けている。"あいつ"――たくさんのコピーで溢れ返る悪魔達の中で、明確に個体を識別できるような悪魔。今もどこかに隠れて、蒼司の心を乱すべく暗躍しているそいつを倒せば、この世界――界境世界そのものを、消滅させることができるのではないだろうか。
だが、いったいどこにいるのだろう。悪魔の群れの中に、そこまで飛び抜けた力の存在は感じない。数の分だけ密度は濃いが、単独での気配ならば先ほどの蒼司の方がよほど――。
「……まさか……」
口の中で呟いて、陽千香は再び蒼司を見た。
界境世界の中心。悪魔達が狙う魂の源。以前に貴則が言っていた。力のある悪魔ほど宿主の傍で魂を喰らっているのだ、と。陽千香の考えが正しければ、姿が見当たらない理由にも説明が付く。
悪魔は、蒼司の中にいる。




