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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第二章 特命 名無しの権兵衛を探せ!
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特命 名無しの権兵衛を探せ!(2)

放課後を待って動き出した陽千香は、圭介から指定された図書室へと向かっていた。

奈緒に聞いた話では、新聞部はもっぱら図書準備室で活動しているそうだ。並高にはクラブ棟のような専用の施設がないので、騒音対策や特殊な機材を必要としない文化部の多くは、活動拠点として普通教室をあてがわれる。新聞部もこれといった特殊事情を持たない部のはずだが、長年顧問を務めている図書教諭の厚意で、例年非公式に部屋を使っているのだとか。図書室を待ち合わせ場所に指定したのは、きっと部室の隣で都合が良いからだろう。

図書室に入ると、席には既に数人の生徒が座っていた。部活が始まるまでの暇つぶしをしているらしき生徒から、テキストを広げて勉強している生徒まで様々だが、いずれも陽千香の方には目もくれない。待ち合わせをしている風には見えないので、この中に圭介はいないのだろうと推察する。

せっかくの図書室なので、陽千香は暫く本でも読んで待つことにした。ぶらぶらと書架(しょか)の間を歩き、面白そうなタイトルを一冊手に取って、手近な席に着く。校舎の中は基本的にどこも生徒達の声で賑やかだが、図書室はそこから隔離されたように静かだ。選んだ本が存外面白かったこともあり、陽千香はつい読書に夢中になってしまった。

――カタリ。

冒頭の辺りを読み終えた頃、近くで椅子を引く音が聞こえて、陽千香はふと現実に返った。音のした方を見ると、陽千香のいるテーブルのちょうど斜向かいに、男子生徒が腰を下ろしたところだった。一年生だろうか。まだあどけなさの残る、人懐こそうな顔をしている。小柄な体格も相まって、一見すると中学生のようにも見えた。もしかしてと思ったのだが、彼は陽千香に視線を向けることなく、手にした本を開いて読み始めた。どうやら彼も違うらしい。陽千香は小さく息をつくと、腕時計に目をやった。陽千香がここに来てからそこそこ経つが、圭介はちゃんと来てくれるのだろうか。

不安になって入口の方を見やっていると、陽千香のすぐ近くでクスリと微笑(わら)う声がした。

「ダメですよ先輩。人に会うなら、相手の外見くらいは事前に確認しておかなきゃ……なーんて、僕も人のこと言えないんですけど」

びっくりして振り向くと、斜向かいに座っていた男子生徒が、口元に笑みを浮かべながらこちらに視線を投げていた。周囲に配慮してか、幾分潜めるような声音で訊ねてくる。

「綾藤先輩ですよね? 新聞に記事を載せたいっていう」

「も、もしかして、あなたが薬袋くん?」

戸惑っている陽千香ににこりと愛嬌のある笑顔を見せると、彼は本を閉じて立ち上がり、テーブルを回り込んで陽千香の横に移動してきた。

「一年の薬袋圭介です。お待たせしちゃったみたいですみません。掃除当番だったもので」

圭介はそう言って右手を差し出してきた。陽千香は慌てて立ち上がり、彼の握手に応じると、自分も挨拶をするべく口を開こうとした。しかし、陽千香が声を発する前に圭介が左手をかざし、陽千香の発言を封じてしまう。

「ここで喋ると目立つんで、先に隣に行きましょう」

そう言うと、圭介は陽千香に背を向けた。肩越しに振り返り、図書準備室の方を指してみせる。陽千香は頷き、黙って彼の後ろに続いた。

図書室とはまた少し違う、紙と(のり)の匂いがする。図書室に比べると本の数は少なく、代わりにたくさんの書類が()じられたファイルが幅を取っている。積み上げられたダンボールの一つを覗き込んでみると、透明なビニールに包まれた本が何冊も入っていた。どうやら新着図書のようだ。

「準備室なんて物珍しいでしょう? 僕はもう見慣れちゃいましたけど」

陽千香に声をかけながら、圭介が部屋の隅から折りたたみの椅子とテーブルを引っ張り出してくる。手早く組み上げて陽千香に勧め、自身も椅子に座って荷物を下ろした。すっかりくつろいだ様子の圭介だが、こちらはまだ挨拶も終わっていない。

「あの薬袋くん、私――」

「綾藤陽千香先輩。奈緒先輩から噂はかねがね伺ってます。大の仲良しだって」

改めて口を開こうとすると、圭介が先手を打つように言ってにこりと笑った。

「よく話に聞いてたから、あんまり初対面の気がしないんですよね。他人行儀は苦手ですし、良かったら下の名前で呼んでください。今日は、校内新聞の記事のことで相談があると伺ってます。落し物の呼びかけをするために、写真を載せたいんだとか。僕で良ければ、喜んで協力しますよ」

奈緒から聞いているのか、こちらの事情は既に把握しているようだ。話が早くて助かるが、初対面の上級生に気後(きおく)れもせず、きびきびと展開を進める手際の良さには舌を巻く。

陽千香はキーホルダーを鍵から外し、圭介の前に差し出した。

「これが、話に聞いた落し物ですね。手に取って見ても良いですか?」

「ええ、もちろん」

陽千香が頷くと、圭介はキーホルダーを掌に乗せたり、宙にぶら下げたりしてあちこちから眺め始めた。随分熱心に観察しているようだが、何か珍しいところでもあったのだろうか。陽千香の視線に気付いたのか、やがて圭介はキーホルダーを置き、陽千香の方に差し戻した。

「キレイな羽根ですね、これ。ちょっと銀色がかってるというか、不思議な色合いで。電子版なので、一応カラーで出せるんですけど、この微妙な色はさすがに再現できなそうですね」

そう言いながらスマートフォンを取り出し、撮影の許可を求めてくる。陽千香が了承すると、数回カメラのシャッター音が響いた。

「写真に添える文面はどうします? 特に希望がなければ、僕の方で何か考えておきますけど」

圭介に問われ、陽千香は少し考え込んだ。鞄の中から適当にノートを取り出し、一番最後のページを破り取って、とある図形を描き出した。向かい側から覗き込んでいた圭介が、不思議そうに口の中で呟く。

「図形……いや、紋様っていうんですかね?」

「羽根と一緒に落としたらしいメモ用紙に書いてあったの。キーホルダーなんてありふれたもの、写真だけじゃ気付いてもらえないかもしれないでしょ? 一緒だったら、自分のものだって気付くきっかけになると思って」

陽千香の元に届いた、差出人不明の封筒。その中に封入されていた便箋には、こんな感じの図形が描かれていたのだ。細部は違うが、羽根との組み合わせなら神子の羽根を連想してもらえるかもしれない。

「これも手掛かりってわけですね。それじゃ、写真と図形を並べたうえで、心当たりの人は陽千香先輩まで……って感じでどうですか?」

「ええ、それでお願い」

陽千香が頷いてみせると、圭介はノートの切れ端を自分の手帳に挟み込み、右手を額に添えて敬礼のようなポーズを取る。

「ばっちり承りました。レイアウトが組めたら、サンプルお見せしますね」

「ありがとう、よろしくね」

陽千香が礼を言って席を立とうとした時、背後で扉を開ける音がした。見ると生徒が数人、連れ立って準備室に入ってくるところだった。どうやら新聞部の部員らしい。陽千香に一瞬物珍しそうな視線を向けた後、軽い会釈を残して部屋の奥に荷物を放り出す。用事も済んだことだし、あまり長居するのは彼らの邪魔になりそうだ。

「陽千香先輩っ!」

部屋を出ようとすると、後ろから圭介の声が追いかけてきた。何かと思い振り向くと、彼は手帳を片手に笑顔で佇んでいた。

「羽根の持ち主、近いうちにきっと見つかりますよ」

断言するようなその言葉は、陽千香の人探しを応援するためのものだったのだろうか。

もう一度礼を述べながら圭介に手を振って、陽千香は今度こそ図書準備室を後にした。扉が完全に閉まりきるまで、圭介がこちらに手を振り返しているのが視界の端に見えていた。

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