Dear My Brother(2)
頬に突き刺さった指の感触に視線を上げると、どこか怒ったような顔をした有紀が目の前で見下ろしていた。その両隣には、奈緒と明美の姿もある。彼女達は一様に心配そうな表情をして、陽千香のことを覗き込んでいるのだった。
「顔」
有紀が短く言い放ったその言葉に眉を寄せていると、彼女は大きなため息をついて続けた。
「相談してくれるって約束じゃなかった? 抱え込んでんのがバレバレなんだけど」
有紀は自分の座席の椅子を引くと、陽千香に向かい合う格好で座った。奈緒と明美も、陽千香を囲むように手近な席に腰を下ろす。
授業も終わり、他のクラスメイト達は思い思いに教室の外へと散って行く。明るい挨拶を投げかけてくる友人に手を振っていた奈緒は、黙りこくっている陽千香に眉を下げながら呟いた。
「志筑君、まだ学校来ないんだ?」
視線を伏せたまま、陽千香は静かに頷いた。彼女達には、蒼真が学校に来なくなったことを伝えてあった。家庭でのトラブル――来ない理由は、そんな風にごまかしておいた。半分は本当の話だ。彼が閉じこもってしまった理由は、全て蒼司が握っているのだから。
何もできない自分が不甲斐ない。きっと一人で苦しんでいるのであろうに、ただ傍にいてあげることもできない。すぐにでも飛んで行って、蒼真の無事な姿が見たいのに。こんな時、誰に相談すれば良いのだろうか。今の陽千香には、頼るべき相手の名前さえ浮かんでこない。
「まったく、連絡の一つも寄越さないなんて……住所が分かれば家に怒鳴り込んでやるとこなのに」
「もう、有紀ちゃんたら……」
有紀の過激な発言に呆れ交じりの息を零すと、明美は普段の柔らかい笑みを潜めて言った。
「でも、有紀ちゃんの気持ちも分からないでもないかな……志筑くんの自宅を知ってる人が目の前にいたら、何としても聞き出してひーちゃんに教えてあげたいもん……」
明美の気持ちは嬉しかった。だが、それは土台無理な話だろう。他人と関わることを避けてきた蒼真に、自宅の場所を知っているような友人がいるとは思えない。未だに既読の付かないSNSのメッセージを眺めながら、陽千香はもう何度目か分からないため息をついた。
「……ねぇ、先生ってのはどう?」
不意に、奈緒がぽんと手を打った。首を傾げている一同に、彼女は腰に手を当てて言う。
「先生だよせ・ん・せ・い! ここ学校なんだから、生徒の住所くらい管理してるでしょ」
「……そりゃまぁ、管理はしてると思うけど……」
有紀が頭痛を堪えるように額を押さえながら言った。
「一応訊くけど……個人情報保護法って知ってる?」
「……バカにしてるでしょ?」
ジト目で睨む奈緒から、有紀がついと視線を逸らす。奈緒は口をへの字に曲げて、言いたいことを何とか咽喉の奥に留めたようだ。陽千香の方に向き直り、勢い込んだ口調で言う。
「法律は法律として、人は間違う生き物なんだよ。陽千香がこ~んなに困ってる姿を見たら、思わず同情してガードが緩むかもしれないじゃない! ってことで、今からモリちゃんのところへ行ってみよ!」
「守山先生……?」
陽千香達の担任であり、先日の一件で陽千香と蒼真の繋がりを知っている守山ならば、相談先としては適任だろう。だが、そう簡単に生徒の住所を教えてくれるものだろうか。場合によっては教師としての責任を問われかねない話だ。いくら何でも難しいように思う。
迷う陽千香に、しかし奈緒は重ねて言った。
「やらないうちから諦めてどうすんの? ダメならダメで、また別の手を考えれば良いじゃない! 善は急げ、案ずるより産むが易し、石橋は叩いてるうちに割れるっ!」
「いや、最後のはおかしいから」
有紀の突っ込みをさらりと受け流し、奈緒は席を立った。そのままそこで、陽千香が立ち上がるのを促すように見つめてくる。
そうだった。陽千香は目を閉じて、一つゆっくりと深呼吸をした。
顔も名前も知らない仲間達を探すため、一人新聞部を訪ねていった時。協力を拒んでいた貴則に、一か八かのテストを申し込んだ時。なかなか見つからない最後の一人を探して、踏み込んだことのなかった屋上へ行った時。目の前に立ちはだかる難局を乗り越えようとする時、陽千香はいつも自分の思うままに行動してきた。やり方に迷うことも、不安に思ったこともあったが、それでも陽千香の想いは、仲間達に届いてきた。
神子の引力は、仲間を求める気持ちに応える。他に打つ手がないと思える今だからこそ、引力の奇跡に賭けてみるべきではないのか。
陽千香は席を立つと、奈緒の顔を見て頷き返した。にんまりと笑った奈緒の横で、有紀が呆れたようにため息をついた。
「あんた最近、考え方が奈緒に似てきたんじゃない……?」
「良いじゃない、暗い顔で塞ぎ込んでるよりは。ね? ひーちゃん」




