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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第六章 Dear My Brother
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Dear My Brother(2)

頬に突き刺さった指の感触に視線を上げると、どこか怒ったような顔をした有紀が目の前で見下ろしていた。その両隣には、奈緒と明美の姿もある。彼女達は一様(いちよう)に心配そうな表情をして、陽千香のことを覗き込んでいるのだった。

「顔」

有紀が短く言い放ったその言葉に眉を寄せていると、彼女は大きなため息をついて続けた。

「相談してくれるって約束じゃなかった? 抱え込んでんのがバレバレなんだけど」

有紀は自分の座席の椅子を引くと、陽千香に向かい合う格好で座った。奈緒と明美も、陽千香を囲むように手近な席に腰を下ろす。

授業も終わり、他のクラスメイト達は思い思いに教室の外へと散って行く。明るい挨拶を投げかけてくる友人に手を振っていた奈緒は、黙りこくっている陽千香に眉を下げながら呟いた。

「志筑君、まだ学校来ないんだ?」

視線を伏せたまま、陽千香は静かに頷いた。彼女達には、蒼真が学校に来なくなったことを伝えてあった。家庭でのトラブル――来ない理由は、そんな風にごまかしておいた。半分は本当の話だ。彼が閉じこもってしまった理由は、全て蒼司が握っているのだから。

何もできない自分が不甲斐ない。きっと一人で苦しんでいるのであろうに、ただ(そば)にいてあげることもできない。すぐにでも飛んで行って、蒼真の無事な姿が見たいのに。こんな時、誰に相談すれば良いのだろうか。今の陽千香には、頼るべき相手の名前さえ浮かんでこない。

「まったく、連絡の一つも寄越さないなんて……住所が分かれば家に怒鳴り込んでやるとこなのに」

「もう、有紀ちゃんたら……」

有紀の過激な発言に呆れ交じりの息を零すと、明美は普段の柔らかい笑みを潜めて言った。

「でも、有紀ちゃんの気持ちも分からないでもないかな……志筑くんの自宅を知ってる人が目の前にいたら、何としても聞き出してひーちゃんに教えてあげたいもん……」

明美の気持ちは嬉しかった。だが、それは土台無理な話だろう。他人と関わることを避けてきた蒼真に、自宅の場所を知っているような友人がいるとは思えない。未だに既読の付かないSNSのメッセージを眺めながら、陽千香はもう何度目か分からないため息をついた。

「……ねぇ、先生ってのはどう?」

不意に、奈緒がぽんと手を打った。首を傾げている一同に、彼女は腰に手を当てて言う。

「先生だよせ・ん・せ・い! ここ学校なんだから、生徒の住所くらい管理してるでしょ」

「……そりゃまぁ、管理はしてると思うけど……」

有紀が頭痛を(こら)えるように(ひたい)を押さえながら言った。

「一応訊くけど……個人情報保護法って知ってる?」

「……バカにしてるでしょ?」

ジト目で睨む奈緒から、有紀がついと視線を逸らす。奈緒は口をへの字に曲げて、言いたいことを何とか咽喉の奥に(とど)めたようだ。陽千香の方に向き直り、勢い込んだ口調で言う。

「法律は法律として、人は間違う生き物なんだよ。陽千香がこ~んなに困ってる姿を見たら、思わず同情してガードが緩むかもしれないじゃない! ってことで、今からモリちゃんのところへ行ってみよ!」

「守山先生……?」

陽千香達の担任であり、先日の一件で陽千香と蒼真の繋がりを知っている守山ならば、相談先としては適任だろう。だが、そう簡単に生徒の住所を教えてくれるものだろうか。場合によっては教師としての責任を問われかねない話だ。いくら何でも難しいように思う。

迷う陽千香に、しかし奈緒は重ねて言った。

「やらないうちから諦めてどうすんの? ダメならダメで、また別の手を考えれば良いじゃない! 善は急げ、案ずるより産むが(やす)し、石橋は叩いてるうちに割れるっ!」

「いや、最後のはおかしいから」

有紀の突っ込みをさらりと受け流し、奈緒は席を立った。そのままそこで、陽千香が立ち上がるのを促すように見つめてくる。

そうだった。陽千香は目を閉じて、一つゆっくりと深呼吸をした。

顔も名前も知らない仲間達を探すため、一人新聞部を訪ねていった時。協力を拒んでいた貴則に、一か八かのテストを申し込んだ時。なかなか見つからない最後の一人を探して、踏み込んだことのなかった屋上へ行った時。目の前に立ちはだかる難局(なんきょく)を乗り越えようとする時、陽千香はいつも自分の思うままに行動してきた。やり方に迷うことも、不安に思ったこともあったが、それでも陽千香の想いは、仲間達に届いてきた。

神子の引力は、仲間を求める気持ちに応える。他に打つ手がないと思える今だからこそ、引力の奇跡に賭けてみるべきではないのか。

陽千香は席を立つと、奈緒の顔を見て頷き返した。にんまりと笑った奈緒の横で、有紀が呆れたようにため息をついた。

「あんた最近、考え方が奈緒に似てきたんじゃない……?」

「良いじゃない、暗い顔で(ふさ)ぎ込んでるよりは。ね? ひーちゃん」

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