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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第四章 ヤマアラシのジレンマ
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ヤマアラシのジレンマ(11)

「陽千香先輩、無事ですか!?」

「怪我は!? 何もされてない!?」

「無茶しすぎですっ、心配したんですから……!」

まるでマスコミに襲撃される有名人にでもなった気分だった。資料室に足を踏み入れるなり自分を取り囲んできた面々を、陽千香は苦笑いの表情で必死に(なだ)めていた。

間一髪で危機を脱したあの後。陽千香は木下とともに職員室へ向かい、そこで待っていた守山に事の顛末(てんまつ)を報告するとともに、安全のため証拠が保存されたスマートフォンを託していた。あの音声を無事に先生の手に渡せたところまでは良かったが、おかげでメールやSNSでみんなに連絡を取ることもできなくなってしまい、こうして今に至っている。あの不穏な空気の中、何も言わずに一人で飛び出して、放課後まで一切何の連絡も寄越さなかったとなれば、心配するなという方が無理な話だろう。陽千香の無事を確かめてほっとしたらしい彼らは、心配した分の反動をそっくりそのまま怒りに変えて、徐々にお説教モードに移行しつつある。それを何とか抑えながら部屋の奥へと進んで行くと、一人優雅に読書していた貴則が顔を上げた。陽千香と目が合った彼は、疲れ切ったため息交じりで声をかけてきた。

「キミはもうちょっと賢明(けんめい)だと思ってたんだけどね。あんなに焦ったのは久し振りだよ……もう勘弁(かんべん)願いたいね」

「ごめんなさい。でも、おかげで上手くいきました」

礼を述べる陽千香に、貴則はやれやれと首を振っている。そんな二人の間に、むくれた顔の圭介が割って入ってきた。

「二人で納得してないでください。僕ら何も聞いてないんですから。どういうことかちゃんと説明してもらいますよ」

陽千香は頷くと、悪戯を打ち明けるような気持ちで答えた。

「廊下で別れる直前に、久我先輩からのメッセージを見せたでしょう? 実はあれ、まだ続きがあったのよ」

最初のメッセージを受け取ってみんなに見せたあの後、貴則からは続けて三件のメッセージが届いていた。スマートフォンの振動が着信を知らせていたが、ちょうど圭介が貴則に対する文句を連ねているところで、みんなはその小さな音に気付かなかったのだ。

陽千香だけが確認したメッセージには、それぞれこう書かれていた。

『奴らの天敵は木下先生だよ』

『一緒にいればまず安全だし、悪さを白状させるのにも役立つと思う』

『必要なら話を付けるけど、どうする?』

だから陽千香は、こう返信して不良達の前に姿を(さら)したのだ。

『今すぐ呼んでください』

危険な目に()うと分かっていたから、みんなをあの場に立ち会わせるわけにはいかなかった。おかげで怖い思いもしたが、無事に証拠を手に入れることができた。

「圭介くん、言ってたでしょう? 送ってもらった写真を使って、彼らの自白を引き出せないかって。私も、もう自白しかないって思ってたところだったから、久我先輩のメッセージで覚悟が決まったの」

「一応弁解しておくけど、彼女が一人で突っ込んで行くなんてのは完全に想定外だったんだよ。キミ達が証拠を集めてるのは知ってたから、万が一奴らが言い逃れようとした時の保険にと思ってたんだ。ところが、あのメッセージを送った直後に飛鳥君から電話がかかってきて、慌ててSNSを見ればこんな返事が届いてるし、さすがにちょっと焦ったね。間に合ったから良かったものの、今回ばかりは陽千香君の行動力の高さに呆れたよ」

そう言って肩を竦める貴則に、圭介が半眼になって噛み付いた。

「センパイはもうちょっと空気読んでください! 切羽詰まってる状態で、もう自白しかないかも、なんて話してる最悪のタイミングでこんなの送られてきたら、陽千香先輩なら突撃するに決まってるじゃないですか!?」

「タイミングなんて知らないよ。ボクはキミ達が話してるその場にいなかったんだから。第一、何でも良いから陽千香君を手伝え、なんて無茶言ってきたのはキミだろう? ボクは忠実に実行しただけだ、文句を言われる筋合いはないね」

「ああ言えばこう言う!」

「事実しか言ってない」

「はいはい、ストップストップ」

恒例となりつつある口喧嘩に苦笑を零しながら、陽千香は腕時計に目を落とした。証拠として預けたスマートフォンの返却も兼ねて、最終的な結果を教えてもらいに職員室へ行くことになっているのだ。あれだけはっきりした音声が()れているのだ、蒼真の無罪放免は確実だろう。

そういえば、蒼真はどうしているだろうか。昼に職員室で会って以来、一度も姿を見ていない。さすがに一日中あの場所に拘束されていることはないだろうから、学校のどこかにいるのだろうが、後でまた屋上でも覗きに行ってみようか。

「今日はいろいろ手伝ってもらって、ありがとうございました。私、これから職員室に用があるので、お礼はまた改めて」

「お礼なんていいですよー。ケーキバイキング一回おごってくれるくらいで♪」

本気とも冗談ともつかない口調で言った圭介に手を振ってみせ、陽千香は資料室を後にした。階段を下りて職員室に向かうと、ちょうど飯島が扉から出てくるところだった。陽千香と同様、守山に呼ばれていたのだろう。彼はこちらに気付くと慌てて居住まいを正し、折り目正しく頭を下げてきた。

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