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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第四章 ヤマアラシのジレンマ
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ヤマアラシのジレンマ(4)

今までずっと一緒だった。

これからもずっと一緒だと思ってた。

それがあんなことでケンカして。

最後になるなんて思ってもみなくて。


もう一度会えたら、前みたいに笑って一緒にいられるのかな。

ねぇ***、今どうしてるの……?


◇◇◇


不思議な夢を見た。界境世界に意識が沈み込んでいく途中、陽千香の耳に、見知らぬ誰かの寂しげな声が聞こえていた。姿の見えないその相手に正体を問いかけようとしたが、自分から声を発することはできなかった。

その誰かは陽千香の存在に気付かないまま、今にも泣き出しそうな声音で、同じようなことを何度も繰り返し呟いていた。大切な誰かと離れ離れになってしまったことを、酷く悲しんでいるようだった。

そのせいだろうか。界境世界の様子が、いつもと少し違っていたのは。

「おかしいわね……」

口の中で呟きながら、陽千香は壁越しに廊下の先を覗き込んだ。

周囲に他の面々の姿はない。界境世界に潜ってから向こう、ここに至るまで未だに誰の姿も見かけていない。例のごとく遅れてやって来てしまったので、呆れて先に行ってしまったものとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。肩にしがみついているリヒトに横目で視線を送りながら、陽千香は小声で問いかけた。

「リヒト、あなたもやっぱり感じない?」

『はい。神子はおろか、御使い達の気配すら感じませんわ。どうやらこれは、わたくし達だけ別の断面に飛ばされてしまいましたわね……』

それが確かなら、仲間達との合流は絶望的だ。これまで何も考えずとも互いを引き寄せてくれていた引力が、何故急に作用しなくなってしまったのか。考えてはみたものの、答えなど出るはずもなかった。廊下に悪魔の姿がないことを確認すると、陽千香はやむなく一人で先に進むことにした。

校舎の中はやけに静かだった。仲間達は仕方ないとして、悪魔の気配くらいはしても良さそうなものだが、どういうわけだか今日はまだ一体も見かけていなかった。一人で戦わずに済むのはありがたかったが、普段の遭遇(そうぐう)頻度を考えればこれも不自然だった。神子も、御使いも、悪魔さえいない空っぽの校舎。何だかいろいろなものがいつもと様子が違っていて気味が悪い。

そろそろ二階へ上がろうかと考えていたその時、視界の端に何か光るものが映った。普通教室の並びの窓に、微かな光が明滅(めいめつ)している。一瞬黒い影が横切ったようにも見えて、陽千香は元来た道を引き返した。足音を殺して廊下を走り、当たりを付けた教室を順に覗き込んでいく。

異変を見つけたのは一-Eの教室だった。教卓のすぐ足元に、黒い物体が転がっている。そっと近付いてみると、それは全身黒焦げになった悪魔だった。既にこと切れたその身体からは、時折青白い火花が散っている。陽千香が見た光の正体はこれだろう。悪魔の残骸は、ほどなく火花とともに空中に霧散(むさん)していった。

誰かいる。教室を出た陽千香は、廊下に立ち止まって周囲を見回した。自分以外の誰かが、あの悪魔を倒していった。残骸が消滅せずに残っていたことを考えると、ここを去ってからそれほど時間は経っていない。きっかけは分からない。だが間違いない。最後の一人と繋がったのだ。この断面のどこかに、探し続けたその人物がいる。

先ほど足を延ばしかけた二階へ上がり、ざっと一周したところで三階へ向かう。ここにも悪魔の姿はない。先にやって来たもう一人があらかた倒してしまった後なのかもしれない。相手はまだ、陽千香が同じ断面にいることに気付いていないのだろう。早く合流して少しでも協力したいところだが、あちらが支配格にぶつかる前に間に合うだろうか。

「ここにもいない、か……」

独りごちて息をつき、次にどこへ向かうべきか思案する。二階と三階はほとんどの場所を見て回った。途中ですれ違ったのでなければ、残るは校舎の外だろうか。階段の前で立ち止まった陽千香は、ふと思い付いて上へと続く段に足を掛ける。この世界が現実の学校を()しているのならば、鍵は開いているはずだ。踊り場で折り返して見上げると、屋上の扉は薄く隙間が空いていた。明らかに誰かが出入りした痕跡だ。はっとなった陽千香は、屋上の様子を確認すべく急いで階段を上がろうとした。

その時だった。耳をつんざく硬質な音とともに、強烈な光が隙間から溢れてきた。瞬きの間に消えた光を追い、残りの階段を一気に駆け上がると、陽千香は思い切って扉を開け放った。錆びた金属の擦れる音が、夕焼けの空に響き渡る。

最初に目に飛び込んできたのは、全身から煙を上げて横たわる巨大な影だった。もはやぴくりとも動かない悪魔の亡骸は、一階の教室で見た悪魔と同様、青白い火花を上げながらその姿を失っていく。

薄れていく悪魔の影の向こうには、それとは異なる影が一つ佇んでいた。こちらに背を向けているらしき人影。夕陽に髪を赤く染めたその人物は、逆光の中で肩越しに陽千香を振り返り――次の瞬間、陽千香の視界から消えてしまっていた。

「……え?」

慌てて屋上の中央に走り出て、人影が立っていた辺りを見回してみる。風船の音は聞こえなかった。界境世界から()めてしまったわけではないはずだが、人影は掻き消えるようにしてその場から姿を(くら)ましてしまった。

消えた人影を探して、陽千香は意識を研ぎ澄ます。校舎の中から、微かだが階段を駆け下りて行くような足音が聞こえた。

「待って!」

叫びながら、陽千香は階下に向かって走った。響いてくる足音の大きさを頼りに後を追ったが、それも途中で見失ってしまった。

「どうして……?」

一人になった廊下で、消えた人影に向かって呟く。あの瞬間、向こうも陽千香の存在には気付いたはずだ。せっかく合流できたのに、人影はまるで陽千香から逃げるようにいなくなってしまった。

裏切られたような虚しさを覚えながら、陽千香は廊下の真ん中でただ呆然と立ち尽くしていた。

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