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リンクリングトラウム  作者: 田川 竜
第三章 赤いキノコは食べられるか?
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赤いキノコは食べられるか?(6)

あやめの加入は、想像以上に陽千香達の助けとなってくれた。終始おどおどして頼りない印象のあやめだったが、反面、神子としての能力は一級品と言えた。彼女の能力は"風"。変わったことに、フルートに似た笛を武器とする彼女は、切ったり殴ったりといった物理攻撃こそからきしだったが、能力を使わせれば距離の遠近を問わず、攻防自在に風を繰ってみせた。

「すごいじゃない、あやめちゃん!」

前方に群がっていた小型の悪魔を吹き散らしたあやめに、陽千香は率直な賞賛の言葉を述べた。対するあやめは、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、大袈裟なくらい激しく両手を振ってみせる。

「い、いえ、あの、わたしなんて、全然……」

「謙遜することないのに。能力の扱い方、オレなんかよりよっぽど上手いと思うよ」

良一にまで褒められて、あやめは「きゅう」と細く鳴きながら顔を覆い隠してしまった。頭のてっぺんからは湯気が立ち昇っている。相手が良一だから照れているのかと思ったが、彼女にはあまり関係なさそうだ。単に人から褒められ慣れていないのだろう。苦笑を浮かべて彼女を見やる陽千香達に、キキョウが穏やかな声で微笑った。

『あやめさんは、過剰に自分を低く見る悪癖があるんですよ。神子としての実力は私が保証します。特に守りにかけては、私の知る中でも群を抜いていますから、危ない時は頼っていただければ』

キキョウの言葉に、陽千香は感嘆の息を吐いた。圭介に良一、そして恐らく貴則も、攻撃に向いた能力の持ち主だ。全体の火力が上がるのはもちろん重要だが、これから悪魔の数も強さも増していこうという中、味方の援護に回る機会が増えてくるのは確実だった。いざという時、仲間を護れる力は重宝されるはずだ。ほんの少し羨ましく思いながら、陽千香は真っ赤になったあやめの顔を見つめた。

「ふふーん。久我センパイ、実は内心後悔してたりしませんか?」

「後悔……? 何故だい?」

「あやめちゃんが加わって、予想外に活躍してるから、テストは僕達が俄然(がぜん)有利になっちゃいましたよ。大っ嫌いな集団行動を受け入れる時は近いんじゃないですか?」

厭味ったらしく笑ってみせる圭介に、貴則は憐れむような視線を向けて答えた。

「能力のある人間は相応に評価されるべきだし、彼女の実力はそれに見合う価値がある。それが分からないほどボクは愚かじゃない。ただ一つ言っておきたいのは、今のは彼女個人に対する評価であって、キミの――もとい、キミ達の評価ではない。今回の評価対象はチームワークだよ。ボクの心証を悪くして、みんなの足を引っ張るのがキミのチームへの貢献の仕方だというなら、あえて止める理由はないけどねェ。ま、好きにすれば良いんじゃないかな?」

「な……」

上手くやり込めたつもりだったのだろう。あっさり返り討ちに遭ってわなわなと両手を震わせる圭介の肩に、良一が無言で手を乗せる。二人のやり取りにまだ不慣れなあやめがおろおろと周囲を見回す中、陽千香は苦笑交じりのため息を零した。

そんな一幕がありつつ、北側の渡り廊下から運動施設の方へ向かおうとしていた一行は、出入口付近の廊下に奇妙なものを見つけて足を止めた。

「何でしょう、これ……?」

それは、天井と壁を繋ぐように張られた細い糸だった。網の目状に張り巡らされたそれは一見蜘蛛の巣のようにも見受けられたが、それにしてはその光景は異様だった。

「蜘蛛の巣、か……? 黒い糸なんて見たことないけど……」

「何か、髪の毛みたいですね。気色悪……」

近寄って糸を観察していた良一と圭介が顔をしかめる。と、彼らの頭上を飛んでいたロベルトが険しい顔で声を上げた。

『良一、気を引き締めろ』

「え……?」

ロベルトに代わって、今度はレイヴンが口を開く。

『いるぜ。この先に』

何が、とは誰も訊かなかった。意識を向けた瞬間、うなじの辺りに焼け付くような悪寒を感じた。相手もこちらに気付いている。気付いたうえで、飛び込んでくるのを今か今かと待っている。思わず自分の身を守るように両腕を抱いた陽千香の横で、くく、と低い音が響いた。

「どうやらキミ達と来た甲斐はあったようだね……さあ、主の姿を拝みに行こうか」

貴則だった。獲物に飛び掛かる寸前の猛禽類を思わせる眼が、眼鏡の奥で光っている。ゆらりと渡り廊下に歩み出るその姿を目で追いながら、陽千香は緊張に唾を飲み込んだ。

『陽千香、気を付けて……何だか背中がゾワゾワしますわ』

「うん……」

リヒトの声に頷きながら、陽千香も貴則の後に続いた。

気配は体育館の方から流れて来ていた。まるで炎に引き寄せられる()のようだと思ったが、踏み込まないわけにはいかなかった。金属製の重い扉を開けて、夕闇に包まれた広い空間に立つ。気配ばかりが膨らむが、薄暗くてどうにも視界が利かない。照明のスイッチを入れようにも、操作盤は奥の舞台袖にあった。

「……リヒト」

『はいですわ』

陽千香の意図を汲んでリヒトが応えた。いつもは目眩ましに使っている光の強さを調節し、周囲を照らせるだけの明かりを作り出す。だが、彼女が照らしてくれているにも拘わらず、体育館に満ちた暗闇が払われることはなかった。不審に思った陽千香がリヒトに再度指示を出そうとした時、背後でひっと小さな悲鳴が上がった。あやめだ。彼女は目を大きく見開いて、震える指で天井を差している。彼女の指先を追って視線を上げ、そこにわだかまる闇を凝視(ぎょうし)する。

それがただの闇ではないことに気付いた時、陽千香の咽喉から空気の漏れる音が鳴った。

先ほど見かけた黒い蜘蛛の巣。微かに吹き込む風に(あお)られ、(おびただ)しい量のそれが天井で揺れている。さらにその隙間からは、爛々(らんらん)と光る無数の眼が覗いていた。紙の擦れるような音を鳴らして(うごめ)くそれは、糸と同じ色を纏った蜘蛛の群れ。彼らが脚を動かす度、カサカサと乾いた音が鳴るのだった。

「さぁ……始めようか」

貴則の口元に三日月が浮かぶ。漣のように重なった蜘蛛達の足音が、こちらに向かって迫ろうとしていた。

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