第八話 頼んでおりません ―ラピス―
一斉集会が終わり、女子部四年生の列が立ち上がる。
今日の話は、次の合同祭についてだった。
保護者や卒業生のほか、大学関係者や外国の来賓も招かれる。展示、朗読、音楽、公開講義。夕方には軽い晩餐があり、その後は上級生のダンスも予定されている。
学院長は、催しの内容を説明したあと、何度も同じことを繰り返した。
――当日は来訪者が多いので、勝手な行動をしないこと。
――警備や案内の役割は、教師から指名された者だけが行うこと。
――混乱が起きた際は、自分の判断で動き回らず、教師や警備員の指示に従うこと。
わたくしは話を聞きながら、これをジャスパー様にも覚えておいてほしいと思っていた。
けれど集会を終えた直後、ベリルが言った。
「殿下。西側出口に、マーチモンド令息がおります」
……覚えてほしい、では遅かったらしい。
大講堂には複数の出入口がある。男子部は東側、女子部は西側を使い、中央の広い扉は教師や来賓が通る。
ジャスパー様は、本来並んでいるはずの男子部四年生の列を離れ、西側出口の近くへ立っていた。
しかも一人ではない。
「いつもの三人は?」
「ディアモン令息が西側回廊の角。ルビアス令息は中央通路。ペリド令息は、女子部へ戻る通路の途中です」
わたくしは列を進みながら、一人ずつ確かめた。
確かにいる。
三人とも別の場所に立っているので、最初は偶然かと思った。けれど全員が、こちらの動きに合わせて顔を上げる。
ディアモン様は、女子生徒の列が出口を通り始めると、回廊の奥を確認した。ルビアス様は中央通路から動かず、出てくる生徒を見ている。
ペリド様だけは居心地が悪そうに立っていたが、男子部へ戻る様子はない。
「……昨日より増えていません?」
後ろを歩くアメージュ様が、小声で尋ねた。
「人数は同じです」
シトリン様が答える。
「でも、広がりましたね」
「見える範囲が広くなった、と考えたのでしょうか」
ベリルは周囲を見回しながら、歩く速度を変えない。
「警護の立場から申せば、指示系統に入っていない者が複数の場所へ立つ方が厄介です。避難の経路を塞ぐ可能性がございます」
「目立たないようにした結果だと思います」
シトリン様の言葉に、アメージュ様が片手で額を押さえた。
「どうして、目立たなくする方向へだけは素直に直すのよ……」
本当に、そのとおりだった。
女子生徒の列が少しずつ出口へ近づく。
わたくしたちの前には、まだ二組の生徒がいる。教師が一組ずつ間隔を空けて進ませているので、混雑は起きていない。
それでもジャスパー様は、列の途中にいるわたくしを見つけると、こちらへ歩き始めた。
「ラピス殿下」
「マーチモンド様。男子部の列へお戻りください」
「お送りいたします」
昨日と同じ返事である。
「必要ありません」
「本日は一斉集会で、普段より多くの生徒が――」
「必要ありません!」
二度目は、少し声を大きくした。
周囲にいた女子生徒がこちらを見る。出口を管理していた教師も、手元の名簿から顔を上げた。
ジャスパー様は、わたくしの前で足を止める。
「殿下。今はそれほど混雑しておりませんが、回廊へ出たあとで列が詰まる可能性もございます」
「ベリルがおります。学院の教師もおります」
「アマンド護衛官には殿下のそばをお願いし、我々が周囲を確認いたします」
「頼んでおりません!!」
食堂よりも声が響いた。大講堂の高い天井へ上がり、壁際まで届いたような気がする。
男子部の列からも、こちらを振り返る生徒がいた。
わたくしはジャスパー様の顔をまっすぐに見る。
「マーチモンド様。わたくしは、あなたへ護衛をお願いしたことはありません。アマンド護衛官がおりますので、付き添いも必要ございません。男子部へお戻りください!」
「しかし、万一の際には――」
「その際は、正式な護衛と学院の警備が対応します!」
「それだけで足りるとは限りません!」
ジャスパー様の声も大きくなる。
「危険が起きてから人を集めても遅いのです。何もないときから周囲を確認し、経路を確保しておく必要があります」
「そのために、教師と警備員がいるのです」
「学院全体を見る者と、殿下お一人を守る者では役割が違います」
「ジャスパー」
シトリン様が、わたくしの横から声をかけた。
「……先ほど、話しましたよね?」
「シトリン。今は一斉集会後だ。大勢が移動している」
「だから、教師の指示に従うべきでしょう?」
「私は殿下をお守りしようとしているだけだ」
「殿下が必要ないとおっしゃっています!」
「危険の有無は、殿下のお気持ちだけで決まるものではない」
近くにいた女子生徒が、一斉にジャスパー様から離れた。
その動きが目に入ったのだろう。彼は周囲を見回す。怖がられているとは考えなかったらしい。
「道を空けてくれている。今のうちに女子部へ戻られた方がよろしいでしょう」
……もう、何を言えばいいのか分からない。
生徒たちは、王女を通すために道を空けたのではない。
頼まれてもいない護衛をやめず、本人へ向かって、あなたの気持ちは関係ないと言い切った男子生徒から離れたのだ。
ベリルが一歩前へ出た。
「マーチモンド令息。殿下の進路を空けてください」
「私は進路を塞いでおりません」
「殿下が進もうとすれば、あなたは隣へ並ぶおつもりでしょう」
「護衛ですから」
「あなたは護衛ではありません」
ベリルの言葉は短かった。
ジャスパー様が何か返そうとしたところで、女子部の教師がこちらへ来た。
「マーチモンド! なぜ女子部の退出経路にいるのです?」
四年生の学年主任で、普段は歴史を教えている女性だ。片手に出席名簿を持ち、ジャスパー様の後ろにいる三人も順に確かめている。
「殿下を女子部までお送りするためです」
「あなたは、その役に指名されましたか?」
「いいえ。ですが外国の王女殿下をお守りするのは、アルヴェインの男子生徒として当然の――」
「あなたの役割を聞いています!」
教師が話を止めた。
「学院から、ラピス殿下の護衛や誘導を命じられましたか?」
「命令は受けておりません」
「では、男子部の退出経路へ戻りなさい」
「ですが、教師方はほかの生徒も見なくてはならないでしょう。私たちが周囲を確認すれば、先生方の負担も――」
「《《勝手な行動をする生徒》》が四人増える方が、負担になります」
アメージュ様が息を吸い込む音がした。笑いそうになったのを堪えたのだろう。
教師は名簿を開き、ジャスパー様の名を確認する。
「それから、ほかの三人! こちらへ来なさい」
ディアモン様とルビアス様はすぐに集まった。ペリド様だけ少し遅れ、最後にジャスパー様の隣へ立つ。
「あなた方も、マーチモンドと同じ理由で、別々の場所にいたのですか?」
「殿下がお通りになる経路に、不審なところがないか確認しておりました」
ディアモン様が答える。
「誰の指示で?」
「ジャスパーが提案しました。我々も必要だと考えたので協力を」
「殿下、アマンド護衛官、学院の警備担当。そのどこかへ、事前に確認を取りましたか?」
三人から返事がない。教師の目がペリド様で止まった。
「ペリド」
「……誰にも確認しておりません」
「場所はどのように決めたのです?」
ペリド様は、ルビアス様の制服の内ポケットを見た。
それにつられて、教師も同じ場所へ目を向ける。
「何か持っていますね」
ルビアス様が、折り畳んだ紙を取り出した。
「大講堂の案内図です」
「見せなさい」
紙が教師の手へ渡る。
開いた紙には大講堂と回廊、それから四人が立つ予定だった場所が印で示されていた。
教師はしばらく図を眺め、今度はジャスパー様を見た。
「あなた方、これを、今朝から計画していたのですか」
「目立たず殿下をお守りする方法を考えました」
「それを学院では、無許可の配置、と呼びます」
「ただ歩く場所を決めただけです」
「では、なぜ全員が女子部の退出経路にいるのです?」
ジャスパー様は答えなかった。
教師は紙を名簿の間へ挟む。
「四名とも男子部の担当教師へ引き渡します。今日のことは報告しますので、そのつもりでいなさい」
「先生。これは処罰を受けるようなことではありません!」
「それを決めるのはあなたではありません」
教師はジャスパー様たちから離れ、わたくしへ向き直った。
「ラピス殿下。退出をお止めして、申し訳ございません」
「いいえ。こちらこそ、お手数をおかけいたします」
「マーチモンドたちから、このほかにも同様の行為を受けておられますか?」
ここで、すべてを話すこともできる。
――食堂へ毎日来る。
――女子部まで送ろうとする。
――断っても遠慮だと解釈する。
――正式な護衛であるベリルへ、女性一人では足りないと言う。
ロルカ側から正式に苦情を申し入れれば、学院内だけの問題では済まないだろう。
けれど、まだ学生の不始末だ。母の祖国であるアルヴェインとロルカの間へ、今すぐ持ち出したい話でもない。
「食堂や合同行事で、護衛を申し出られたことが何度かございます。その都度、お断りしております」
「承知しました。詳しいことは、後ほど改めて伺います」
「お願いいたします。ただ、現時点では学院内の問題としてお取り扱いください」
教師の手が、名簿の上で止まった。わたくしが何を言っているのか、理解したらしい。
外国王女へのつきまといとして正式に扱えば、学院だけでは決められない。ロルカからの抗議へ発展する可能性もある。
「ラピス殿下のご配慮に感謝いたします」
「今後、同じことが起きないようにしていただければ結構です」
「必ず、学院内で共有いたします」
ジャスパー様は、まだ何か言いたそうにしていた。
しかし男子部の教師が到着し、四人を東側の回廊へ連れていく。
ペリド様だけが途中で一度こちらを振り返り、すぐに前へ向き直った。
「では、わたくしたちも戻りましょう」
女子部の列は、すでにかなり先へ進んでいる。
シトリン様とアメージュ様が左右へ並び、ベリルが少し後ろを歩く。教師の指示に従って回廊を進むだけで、女子部へは何事もなく戻れた。
「ねえ、シトリン」
階段を上がりながら、アメージュ様が声を落とした。
「ジャスパー様、あれで目立っていないつもりだったの?」
「四人で固まってはいなかったでしょう」
「そういう問題?」
「本人は、そういう問題だと思っているのよ」
「学院長が、勝手に警備や案内をするなと言った直後でしたね」
ベリルの言葉に、わたくしは足を止めかけた。
「聞いていなかったのかしら」
「聞いたうえで、自分たちは該当しないと考えた可能性がございます」
「なぜ?」
「自分たちは警備の邪魔をする側ではなく、助ける側だと考えておりますので」
シトリン様が、長く息を吐いた。
「法律概論の授業も受けているはずなんですけれど」
「今度、何を習っているか聞いてみたいわ」
アメージュ様が言った。
「答えを聞くと、もっと疲れるかもしれませんよ」
*
四人で教室へ戻る途中、廊下の掲示板に新しい紙が貼られていた。合同祭に参加する大学研究室の一覧である。
歴史資料の展示、薬草の標本、蒸気機関の小型模型。その下に、鉱物研究室による展示があった。
『ロルカ王国の鉱山資源と、採掘地における水・運搬の研究』
協力者の欄に、知っている名前がある。
「あら、コロンダムも参加するのね」
「お知り合いですか?」
シトリン様が掲示へ近づいた。
「コロンダム・ルドック。ロルカから大学へ留学している研究者です。わたくしの婚約者の友人でもあります」
「鉱山の研究をなさっているのですね」
「ええ。この話を始めると、とても長い方です」
アメージュ様が展示の題名を読む。
「水の研究というのは、鉱山で使う水ですか?」
「たしか、逆です。掘ったところへ入ってくる水を、どう外へ出すかだったと思います」
「運搬は、採った石を運ぶこと?」
「おそらく。詳しくは本人へ聞いてください」
シトリン様は掲示の下に書かれた展示内容を、もう一度最初から読み始めた。
「坑道の深さによって、水の入り方も変わるのでしょうか」
「さて。わたくしも、そこまでは」
「どのように外へ出すんでしょう」
「ですから、本人へ聞いてください」
ラピス殿下に同じことを二度言わせてしまった、とシトリン様は笑った。
それでも掲示板から離れる前に、展示が行われる教室の番号を手帳へ書き留めていた。
どうやら、シトリン様には興味深い内容らしい。




