第三十九話 今度は私が御案内します ―シトリン―
領地へ戻って五日目に、コロンダム様が到着した。
王都から領地までは、途中の町で一泊する。午前中には着くと手紙に書かれていたので、私は朝から玄関の時計を何度も見ていた。
「馬車が着くまで、まだ半刻はあるわよ」
姉が、領地の帳面を閉じる。
「分かっています」
「さっきも同じ時計を見ていたでしょう」
「出迎えに遅れたら失礼だからです」
「玄関の時計を見なくても、門番が知らせに来るわ」
「それも分かっています」
姉の机には、石切り場から運び出された石の記録が広がっていた。
私は領地へ戻ってから、姉や管理人に頼み、古い帳面をいくつも見せてもらった。どの場所から、どれほどの石を切り出したのか。領内のどこへ運び、何に使ったのか。
数字だけでは分からないところは、屋敷の古参使用人や、町の石工にも尋ねた。
コロンダム様から説明を受けるときは、分からないことを手帳へ書いていけばよかった。
今回は、私が話す側である。
「昨日まとめたものを、もう一度見てもいい?」
「ええ。ただし、道へ持っていく帳面は一冊にしておきなさい」
「二冊に分けた方が、古い記録と今の記録を見比べやすいでしょう?」
「石切り場まで二冊とも持って歩くつもり?」
「鞄へ入れます」
「自分で持てるなら、構わないけれど」
机の端に置いた鞄には、帳面二冊と、領地の地図、それから鉛筆が三本入っている。
姉の言うとおり、少し重かった。
「現地には管理人もいるのよ。全部一人で説明しなくてもいいのだから」
「はい」
「分からないことは、分からないと言えばいいの」
「それも分かっています」
「では、時計を見るのをやめて、お茶を飲みなさい」
姉が新しい茶を注いだところで、廊下から足音が近づいてきた。
「王都からのお客様が、正門へお着きになりました」
家令の声に、私は椅子から立ち上がった。
姉は茶器を置き、少し笑う。
「今度は、時計より先に分かったわね」
*
馬車は、玄関前で荷物を下ろしているところだった。
コロンダム様が持ってきたのは、衣類を入れた旅行鞄が一つと、肩から下げられる革の鞄。それから、いつもの図面筒だった。
「遠いところを、ようこそお越しくださいました」
「御招待いただき、ありがとうございます」
挨拶を交わす。
「旅は順調でした?」
「ええ。途中の町までは、予定より早く着きました。今朝は、川沿いの道を使いました」
「雨のあとでなければ、そちらの方が近いのです」
「送っていただいた地図で、分かれ道もすぐ分かりました」
「お役に立ったのですね」
「はい。丘側の道と合流する場所も、地図どおりでした」
私が描いた図を、コロンダム様が見ながらここまで来た。
それだけで、何日もかけて道や建物の位置を確かめた甲斐があった。
「石切り場へは、明日の朝から御案内します。今日は、まず屋敷でお休みください」
「承知しました。ですが、途中で石を積んだ荷車とすれ違いました」
「町の石工へ運ぶものだと思います。石切り場から出る荷車は、川沿いの道を通りますから」
「車輪の幅が、王都の荷車より少し広く見えました」
「そこまでは、私にも分かりません」
「明日、確認できますか?」
「はい。管理人へ尋ねておきます」
最初の質問が、もう一つ増えたらしい。コロンダム様は家令に客室へ案内される前に、玄関の柱を見上げた。
「この柱も、石切り場の石ですか?」
「いいえ。玄関の柱は、王都から運んだ白い石です。領地の石は、土台と裏手の階段に使っています」
「見せていただいても?」
「荷物を置いてからにしてください」
コロンダム様は、自分の旅行鞄を見た。
「そうですね」
「夕食まで時間があります。そのときに御案内します」
「ありがとうございます」
家令のあとについて階段を上がる。
途中でも、踊り場の床を一度見ていた。
*
その日の午後は、屋敷の裏手から始めた。
父と母への挨拶を終え、旅装を解いたコロンダム様は、約束の時刻より少し早く玄関へ来ていた。
私と姉、それから領地の管理を担当する家令が同行する。
「こちらが、領地の石を使った階段です」
裏口から庭へ下りる階段を示す。
薄い灰色で、正面玄関の白い石より表面が粗い。角は何度も人が通ったため、少し丸くなっていた。
「いつ頃、作られたものですか?」
「今の屋敷を建てたときですから、八十年ほど前です。ただし、下から三段目は三十年前に取り替えています」
「色が少し違いますね」
「新しい方が濃いでしょう?」
「ええ。石を切り出した場所が違うのですか?」
「お姉様」
「帳面には、同じ石切り場とあるわ。ただし、八十年前と三十年前では、掘っていた場所が違います」
姉が答える。
「明日、古い切り口と今の切り口を見せてもらう予定です」
「では、石の色が変わった理由も分かるかもしれませんね」
コロンダム様は階段へしゃがみ込み、古い石と新しい石の境へ指を近づけた。
けれど、すぐに手を戻す。
「触れてもよろしいですか?」
「もちろんです」
許しを得てから、二つの石の表面を順に確かめる。
「新しい方が、少し細かいですね」
「粒が?」
「ええ。色だけではなく、石の中に見える粒の大きさも違います」
私は手帳へ書き込んだ。
――古い場所と新しい場所で、石の粒が違う。
「それは、私が説明することでは?」
「今のは、私が見つけました」
「では、明日管理人へ尋ねることに加えます」
「はい」
庭の水路、物置の土台、外塀の順に回る。
同じ石でも、使われ方は違っていた。
水路では、底より両脇の壁に多く使われている。物置は、湿気を避けるため、木の壁を地面から少し上げ、その下へ石を並べていた。
外塀には大きさの違う石を組み合わせ、隙間へ小さな石を詰めてある。
「正門の石垣と、積み方が違いますね」
コロンダム様が言う。
「正門は、王都から来る客の目に入りますから、形を揃えたそうです。裏の外塀は、領内の石工が、使える石をなるべく捨てずに積みました」
「小さな石も使うためですか?」
「ええ。大きな石だけ選ぶと、残りが増えてしまうでしょう?」
「では、こちらの方が、石切り場から出たものを多く使える」
「そう聞いています」
説明し終えてから、コロンダム様を見る。次の質問を待ったけれど、すぐには口を開かなかった。
「何か、違っていました?」
「いいえ。続きを伺っています」
「今のところは、ここまでです」
「では、一つよろしいですか?」
「はい」
「使えないほど小さな石は、どうしています?」
「道へ敷きます。雨のあとにぬかるむ場所へ入れるそうです」
「明日通る道にも?」
「おそらく」
「では、道も見ます」
私が話している途中で、別の説明を始めることはない。最後まで聞き、そのあとに、分からなかったことを尋ねる。
答えられないものは、家令や姉が引き取った。
「裏門へ続く道には、石切り場から出た細かな石を入れております」
家令が、外塀沿いの道を示す。
「毎年、雪解けのあとに傷んだ場所を確かめ、必要な分を足します」
「石を細かく砕く作業は、石切り場で?」
「大きなものは、町の作業場へ運びます。欠片は、切り出した場所でも分けております」
「その作業も、明日見られますか?」
「管理人へ伝えておきます」
家令の返事を聞き、コロンダム様は手帳へ何かを書いた。
今まで、手帳を開くのは私だった。
今日は、コロンダム様の頁に短い言葉が増えていく。
――古い石と新しい石。
――小さな石の使い道。
――車輪の幅。
横から見えたのは、その三つだけだった。
「ほかにも、書いていらっしゃるのですか?」
「ええ。御手紙をいただいてから、いくつか」
「いくつです?」
「今は九つです」
「もう九つも?」
「明日、増えると思います」
どこかで聞いたような話だった。
*
翌朝、石切り場へ向かう馬車には、私とコロンダム様、姉、家令が乗った。
石切り場の管理人とは、町の先で合流する。
屋敷を出て間もなく、道の脇に石造りの細い水路が現れた。
「こちらは、領地の畑へ水を分けるための水路です」
私は、昨日まとめた帳面を開く。
「古い部分は木で作られていましたが、傷みやすいため、少しずつ石へ替えました。すべて替わるまでに、二十年以上かかっています」
「一度に工事をしなかったのですか?」
「水を止められる時期が限られています。それに、毎年使える費用にも限りがありますから」
「どの場所から先に替えました?」
「水が漏れやすいところと、畑へ分ける場所です」
コロンダム様は窓から水路を見ている。
話を続ける。
「水路の底には、石を敷いていない場所もあります」
「なぜです?」
「地面が固く、水が染み込みにくいところは、両側だけで足りるそうです」
「それは、どなたから?」
「水路を管理している方へ尋ねました」
「では、その方は土の違いを見て、石を使う場所を決めているのですね」
「ええ。石切り場だけを見ても、石がどこで必要になるかは分からないと思ったので、先に水路も御案内したかったのです」
コロンダム様が、窓からこちらへ向き直った。
「ありがとうございます」
「見たかったところでした?」
「はい。それに、石を切り出す側からは、使われたあとのことが分かりにくい。先にこちらを見られて、よかったです」
私は帳面の次の頁を開いた。
「この先には、小さな橋があります。橋全体ではなく、両端の土台へ同じ石を使っています」
「その次は?」
「町の共同倉庫です。湿気を避けるため、屋敷の物置と同じように、木の壁を石の上へ載せています」
「石切り場へ着く前に、まだいくつありますか?」
「あと四か所です」
「すべて見たいです」
「では、順番に御説明します」
町へ入ると、石を積んだ荷車が前を通った。
昨日、コロンダム様が見たものと同じ形である。確かに、王都で見かける荷車より、左右の車輪の間が広い。
荷台には、形を揃えた石と、小さな欠片を入れた木箱が一緒に載っていた。
「大きな石だけではないのですね」
「道へ敷くものも、町の作業場へ運ぶそうです」
「箱へ入れるのは、途中で落とさないためですか?」
「それも、管理人へ尋ねましょう」
町の外れで、石切り場の管理人が馬へ乗って待っていた。挨拶を交わし、そこからは管理人が先を行く。
森の手前で道が二つに分かれた。
「右が、現在使っている道です」
私は地図を出す。
「左は古い運搬路で、雨のあとに崩れたため、大きな荷車は通らなくなりました」
「今日は、どちらを?」
「まず右から石切り場へ入ります。帰りに時間があれば、古い道を途中まで歩く予定です」
「分かりました」
馬車が森へ入る。
木々の間から、薄い灰色の岩肌が少しずつ見えてきた。道の脇には砕けた石が敷かれ、車輪が通るたび、乾いた音がする。
やがて森が開けた。
低い山の斜面が、何段にも切られている。
上の方は古く、雨や風にさらされて色が暗い。下の新しい切り口は明るい灰色で、遠くからでも横へ走る筋が見えた。
石を割る音が、一定の間隔で響いている。
「こちらが、我が家の石切り場です」
馬車を降り、私はコロンダム様へ向き直った。
「大きな鉱山ではありませんけれど、領地の者が長く使ってきた場所です」
「はい」
コロンダム様は岩肌を見上げ、それから手帳を開いた。
最初の頁には、番号のついた問いが並んでいる。一番から九番まで。
その下へ、今朝の道中で書き足したらしく、十番と十一番も増えていた。
「ずいぶん増えましたね」
「まだ入口ですから」
「全部、私に?」
「まずは、アザフォード嬢へ伺います。分からないところは、管理人の方へ」
私が以前言ったことと、同じだった。
「では、どちらから始めましょう」
「最初に、この石切り場がいつから使われているか、御説明いただけますか」
コロンダム様は手帳を持ち、私の返事を待っている。
今度は、私が続きを持ってきた。




