第1話 お嬢様、限界
「――ごきげんよう」
わたしは。
にっこりと、微笑んだ。
「湊さん、おはようございます」
「ええ。今日も、いいお天気ですわね」
「ふふ、湊さんって、ほんとお上品ですよね」
「そんな。……わたしなんて、まだまだですわ」
上品に。
慎ましく。
一点の、隙もなく。
……。
……吐きそう。
◇
大学二年、湊ミライ。
表向きは。
深窓の令嬢。楚々とした、微笑みの、お嬢様。
みんなが、そう、思っている。
「湊さんって、育ちがいいのよね」
「所作が、きれい」
「言葉遣いも、丁寧だし」
……そうよ。
そう、演じてるんだから。
当たり前でしょ。
◇
きっかけは、些細なことだった。
大学デビュー。
高校までの、わたしを、誰も、知らない。
だったら。
いっそ。
まったく違う、自分に、なってみようか、と。
……魔が、差した。
上品な、お嬢様。
やってみたら。
これが。
びっくりするほど、ウケた。
◇
で。
いま。
わたしは。
その、演技の、牢獄に。
閉じ込められて、いる。
「湊さん、このあとお茶でも」
「ええ、喜んで」
「やだ、お返事まで、上品」
……にっこり。
……にっこり。
……。
――ぎゃああああああ!!!!
(※心の声)
◇
いい? わかる?
わたしは、本当は。
こんな、キャラじゃ、ないの。
毒も吐くし。
がさつだし。
推しのことになると、見境ないし。
でも。
一度、上品なお嬢様として、認知されたら。
もう、後戻り、できない。
ここで、素を出したら。
「湊さん、なんか、変わった?」
……あの、微妙な、空気。
無理。
耐えられない。
だから、演じ続ける。
にっこり、笑って。
……にっこり。
……。
ストレスは。
静かに。
限界を、超えて、いく。
◇
一般教養の、大教室。
わたしは、後ろの席で、ぐったりしていた。
お嬢様の、仮面を、ちょっとだけ、外して。
ふう、と、息を、ついたとき。
「……あら。湊さん」
通路を、挟んだ、隣。
サラサラの、ボブ。
遠目でも、映える、笑顔。
五百旗頭伊織が、いた。
「ごきげんよう、五百旗頭さん」
わたしは、反射で、仮面を、かぶり直した。
「ではでは、また来週」
「ええ」
それだけ。
挨拶を、交わして。
彼女は、教室を、出ていく。
……。
大学で、唯一。
高校を、知ってる、相手。
でも。
五百旗頭は、たぶん。
わたしのこと、そんなに、覚えてない。
挨拶する、程度の、仲。
それで、いい。
……それで、いいの。
◇
その、帰り道。
わたしは。
もう。
本当に。
限界だった。
一日中。
にっこり、笑って。
慎ましく、して。
上品な、言葉を、選んで。
……。
疲れた。
心の、底から、疲れた。
誰か。
誰でもいいから。
思いっきり、毒を、吐かせて。
好きなだけ、騒がせて。
……素の、わたしで、いさせて。
そう。
思った、瞬間。
◇
ぐにゃり、と。
世界が。
歪んだ。
「――っ!?」
目の前が。
白く。
なって。
……。
気がつくと。
わたしは。
◇
……見慣れた、天井。
木の、机。
チョークの、匂い。
窓の、外には。
冬の、澄んだ、空。
……教室?
「――湊ー。おい、湊ミライ。寝てんのか?」
……この、声。
わたしは。
ゆっくりと。
顔を、上げた。
目の前に。
森本基成が。
呆れた顔で。
立って、いた。
「もう放課後だぞ。いつまで寝てんだよ」
……。
……。
……ああ。
また。
だ。
◇
わたしは。
知っている。
この、光景を。
この、教室を。
この、冬を。
何度も。
何度も。
見て、きた。
高校、二年。
三学期。
……わたしが、まだ。
素の、まま、生きていられた、時代。
「……森本」わたしは、言った。
「あん?」
「……ちょっと、確認、いい?」
「なんだよ」
「今日って」わたしは、言った。「何月、何日?」
「は? 一月……なんだっけな。まあ、三学期始まって、すぐだよ」
……。
……やっぱり。
ここは。
三学期の、頭。
いつもの。
スタート地点。
◇
説明しよう。
わたしは。
ループ、している。
大学で、お嬢様を、演じすぎて。
ストレスが、限界に、達すると。
この、高校二年の、三学期に。
戻って、くる。
そして。
三学期が、終わると。
また。
三学期の、頭に、戻る。
何度も。
何度も。
何度も。
……最初は。
パニックに、なった。
どうやって、抜けるの、って。
泣きそうに、なりながら、色々、試した。
でも。
何回か、繰り返すうちに。
だんだん。
わかって、きたの。
……このループの、正体が。
◇
これは。
わたしの、願望が。
見せている、世界だ。
だって。
そうでしょう。
素の、自分で、いられなくて。
思いっきり、騒ぎたくて。
毒を、吐きたくて。
……そう、願った、瞬間に。
わたしは、ここに、来る。
一番、自由だった、時代に。
だったら。
答えは、簡単。
わたしが。
心の底から。
満足すれば。
このループは。
終わる。
……たぶん。
いや。
きっと。
◇
じゃあ。
何をしたら。
わたしは、満足するのか。
……ふふ。
決まってる、じゃない。
わたしが。
この世で。
一番。
見たいもの。
それは。
「――おい、湊。聞いてんのか」
「……ねえ、森本」
「なんだよ、さっきから」
わたしは。
にやり、と。
笑った。
お嬢様の、微笑みじゃ、ない。
素の。
悪い、顔で。
「あんた、確か」わたしは、言った。「不破と、日下部と、同じクラスだったわよね」
「不破と日下部? まあ、そうだけど。……それが、どうした」
……ふふ。
ふふふ。
……いい。
最高。
想像しただけで。
ごはん、三杯、いける。
◇
いい?
ちゃんと、説明するわ。
わたしは。
腐女子だ。
二次元の、推しカプで。
生きて、死ぬ、女。
三次元の、男なんか。
正直、どうでも、いい。
告白されても、鬱陶しいだけ。
付き合いたいとか、微塵も、思わない。
でも。
でも、ね。
……この、学校には。
いるのよ。
わたしの、二次元的、審美眼に。
ぎりぎり、引っかかる。
とんでもない、逸材が。
不破楓也。
日下部久遠。
……この、二人。
尊すぎる。
◇
不破は。
わかりやすい、王子様系。
顔が、いい。自信が、ある。ちょっと、俺様。
日下部は。
柔らかい、人たらし系。
誰にでも、優しくて。物腰が、丁寧で。
……わかる?
この、二人が。
並んだときの。
あの。
攻めと、受けの。
完璧な、コントラスト。
わたしは。
この、二人が。
くっつく、ところが。
死ぬほど。
見たい。
……あ。
誤解しないで。
わたしが、どっちかと、付き合いたい、とかじゃ、ない。
そうじゃ、ないの。
わたしは。
見て、いたいだけ。
二人が。
わちゃわちゃ、してるのを。
尊い、って。
言いながら。
眺めて、いたい。
それだけ。
それが。
全て、なの。
◇
そして。
わたしは、確信している。
このループを、抜ける、条件。
それは、きっと。
この、二人の。
尊い、瞬間を。
この目で、見届けて。
心の底から。
「満足」すること。
……うん。
間違い、ない。
だって。
それ以外に。
わたしを、満足させるものなんて。
この世に、ないもの。
◇
でも。
ここで。
一つだけ。
重大な、ルールが、ある。
何度も、ループして。
わたしは。
気づいて、しまった。
……わたしの、思惑が。
誰かに、バレると。
その瞬間。
ループが。
リセットされる。
「湊、お前、二人をくっつけようとしてんな?」
「なにニヤニヤ見てんだ、気持ち悪」
……そういう、目で。
一度でも、見られたら。
アウト。
ぐにゃり、と、世界が、歪んで。
また。
三学期の、頭に、逆戻り。
……そう。
わたしは。
誰にも。
気づかれず。
涼しい顔で。
この、壮大な、計画を。
遂行、しなければ、ならない。
見て、いることを。
見られては、いけない。
……ふふ。
燃えるじゃ、ない。
◇
「……なあ、湊。さっきから、一人で、にやにやして。……こわいんだけど」
森本が、一歩、引いた。
「あら」わたしは、にっこり、笑った。「気のせいよ」
「いや、絶対、なんか、企んでるだろ」
……鋭い。
でも。
大丈夫。
こいつは。
問題、ない。
なぜなら。
「森本」わたしは、言った。「あんた、まだ、持ってるわよね。あの、ノート」
……。
森本の、顔が。
一瞬で。
凍りついた。
「……なん、の、話だ」
「あら、とぼけるの?」わたしは、囁いた。「漆黒の、堕天使……なんだっけ。続き、言おうか?」
「――やめろ!!」
森本が。
血相を、変えて。
わたしの、口を、塞ぎに、きた。
……ふふ。
かかった。
こいつの、中二病ノート。
その、コピー。
わたしは。
しっかり、握って、いる。
……前の、ループで、手に入れた、ときは。
本当に。
最高の、気分、だった。
◇
「……何が、望みだ」
森本が。
絶望した顔で。
言った。
「そんなに、大したことじゃ、ないわ」わたしは、微笑んだ。「ちょっと。……手伝って、ほしいだけ」
「手伝う? 何を」
「ふふ」
「……いや、笑ってないで、答えろよ」
わたしは。
立ち上がって。
窓の外の。
冬空を。
見上げた。
……さあ。
始めましょうか。
何度目か、わからない。
わたしの。
壮大で。
くだらない。
……最高に、尊い。
計画を。
「森本」
「なんだよ」
「近々ね」わたしは、振り返った。「学校の、歴史を、調べる、グループワークが、あるでしょう」
「……ああ、あの、めんどくさいやつ。あるけど」
「その、班分け」
わたしは。
にやり、と、笑った。
「ちょっと。……いじらせて、もらうわ」
(第1話 了)
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【 湊ミライの ループ攻略メモ 】
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一、 これは わたしの願望が見せる世界 ←New!
二、 心底"満足"すれば抜けられる ←New!
(満足=不破×日下部の尊さを見届けること)
三、 思惑を勝手に見抜かれたら即リセット ←New!
(記憶を持ち越せるのは わたしだけ)
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