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二十七話 フィンの正体。


「お前のせいか……ドロデスうぅぅぅっ」


フィンは私を睨みつけて唸るように言った。

目は見開かれ血管が白目を覆い、鼻の穴が膨らんでふうふうと息をしている。

歯を食いしばり、赤い色の歯茎を剥き出しにしている。

余裕綽々な先程の彼の姿からは想像も出来ない、無様な姿だ。

それ以上に私を驚かせたのは、彼の言葉だ。

この世界にはいないドロデスという名を知っている人間。

それを知っているという事は、私の前世が生きてきた世界で『ブレイブプリンス〜勇者への階段を三人の少女と共に〜』を知っているということになる。


(やっぱりこの人、私と同じで、転生した人ってこと?)


私の予想は当たったようで、フィンは私に指を差しながら喚き散らす。


「なんで女になったのかは知らねぇけど、俺の目は誤魔化されないぞ! そうやってトーカ達に近づいて、洗脳して、奴隷にして来たんだろ!」


フィンの言葉にトーカが食って掛かった。


「貴様いい加減にしろ! 彼女はドロシー・テレーシアだ! ドロデスなどではないし、そんな人間はここにはいない!」

「気づいてくれトーカ! こいつは本当は男なんだ! お前とブリュレとエリチカをゴブリンに犯させようとした、最低のゲス野郎だ! 外見だってもっと醜いんだぞ!? それこそ、二足歩行の豚そのものだ! 不潔で、下品で、汚い、そんなざまあされるべき悪役なんだよ! お前だって散々ゴリラ女とか不愛想な女オークとか言われてパワハラされてたじゃんかよぉ! どうして俺なんかよりこいつのこと庇うんだよお!?」

「女将さんはそんな事一言もいった事なんてない! これ以上彼女を侮辱するな!」


もう主人公として振る舞う余裕もないのか、メタ発言をしている。

トーカが説得不可能だと思ったフィンはバッと首の向きを変え、ブリュレとエリチカを見る。


「ほら……ブリュレだって、ドロデスに突き飛ばされたりしたじゃないか! 子供っぽくて興味持てない奴にはすぐそうしたんだ! 一番ひどいのはエリチカだ! 事あるごとにベタベタ触られて、エリチカが気にしてる大きな胸や尻まで触ってきやがって! そうやってギルマスの権利で好き勝手に振る舞って来た。そういう最低の男なんだよ! ドロデスは!」

「いい加減にしろこの雑魚! いちいちブリュレたちを馬鹿にしやがって!」

「トーカが言った通り、女将さんはそのドロデスとは無関係です! 彼女はわたくし達を応援してくれる、尊敬できるお人です! これ以上彼女を侮辱するなら……もう帰って下さい! 二度とわたくし達の前に現れないで!」


二人は私の前に立ち、フィンから庇ってくれている。

だがその姿はフィンを更に昂らせた。


「……くそぉ! ブリュレ達まで洗脳済みか! 一体どんな手を使いやがったんだよ!? 洗脳魔法なら原作で見たけど、女になるなんて魔法は何処にもなかったぞ!?」


そうして彼は核心をついた事を言う。


「どんなチート使いやがったんだよ! くそ、くそくそくそ! せっかく主人公になって、俺の為だけの最強のブレプリにしたかったのにぃ!」

「ブレプリ……なんなの? それ」


怪訝な顔をする『三つ葉』に答えず、フィンは髪を掻きむしり金切り声をあげる。

そして再び血走った目を私に向ける。

愛嬌があるくりくりとしていた原作のフィンのものとはほど遠い、狂気に染まった目だった。


「お前……っ、まさか転生者なのか……?」


私は何も言う事ができず、ただ息を飲んで肩を震わせた。

気づかれた。

気づかれてしまった。


「てんせいしゃ……? お前、さっきからなにを――」

「ああ、ああそうだ! そうなりゃ全て納得がいくよなあ! おい!」


フィンはその口をニィとつり上げ再び私を指さす。


「ドロデスに転生して、破滅しないようになんらかのチート使って俺のトーカとブリュレとエリチカを洗脳したんだろ!? 女になったのも、そのチートのせいだ! そうに決まってる! ハハハ! 我ながら最高に冴えてるぜ!」

「流石ですわ旦那様!」

「すごいにゃんご主人様!」


最早フィンの全肯定イエスウーマンbotと化したオルテンシアとチータは、うっとりと騒ぐ男を見つめている。

その目は普通じゃない。

恐らく彼女たちはなにか強力な催眠に掛けられているんだ。

原作では強敵の一人として、探知魔法にも引っかからないほどの高度な洗脳を行える催眠術を利用する凶悪な貴族が登場していた。

もし、目の前のフィンが原作の知識を利用していたとしたら、その術を彼女たちに使った可能性もありえる。

術の仕組みもファンブックで書いてあったから、それを買っていた人間なら再現できるだろうし。


「女将さん、いいですか?」


甘い香りがしたと思ったら、そっとエリチカが私に近づいてきた。

彼女はフィンたちに聞こえないように耳元で囁く。


「あの人達は正気じゃありません。魔法は感じないけど、すごく嫌な気を感じます。わたくし達が気を引くので、あなたは集会所に戻って、衛兵を呼んでください」

「っ、で、でも、そんなことしたら、フィンがなにをするか――」

「大丈夫よ。アイツらのせいで女将さんに迷惑かけたりしないし。ブリュレ達に任せてさっさと応援呼んでってば」

「……奴の言葉の意味は分からないけど、女将さんに憎悪を向けているのは私にもわかる。だから、なにかしでかす前に、早く……」


ブリュレとトーカも、息を合わせて私をフィンの魔の手から逃れさせようとしてくれている。

衛兵という証人がいればフィンや彼の言いなりの二人もなにも出来ないだろう。

いくらS級冒険者といえど他地方のギルドマスターに加害しようとすれば、大問題だ。

私は三人に向かって小さく「ありがとう」と言って、タイミングを見計らって部屋を出ようとした。

私は『三つ葉』に庇われながらドアに走った。

だが、それは叶わなかった。


「ひっ」


もうすぐドアノブに手が触れるというところで、それは突如生えてきた蔦に包まれてしまった。

その蔦が覆ったのはドアだけではない。


「くっ」

「クソ! 離せって!」

「これほどの魔法を……無詠唱で……?」


『三つ葉』の全員がドアを包んだものと同じ蔦に半身を拘束されていた。

エリチカの言う通り、無詠唱かつこんなピンポイントで草魔法が使えるのは、かなりの手練れだ。

それが出来る人物は、エリチカを除けばここには一人しかいない。


「オルテンシア……ダメじゃないか、俺のものを勝手に傷つけちゃ」

「あぁん、申し訳ございませんわぁ旦那様ぁ。でもそのような冷たい眼差しも素敵ですぅ」


もうなんでもありか!

頬に両手を当て赤面するという、原作での優雅なオルテンシアからは想像も出来ない姿に吐き気がして来た。

原作ファンからの転生者だとして、ここまでキャラを崩壊させる?

自分の思い通りになる人形が欲しいだけじゃない。

フィンは一歩、また一歩と私に近づいてきた。

その脇にはオルテンシアとチータがいる。

すかさず、トーカが叫んだ。


「やめろ! 女将さんになにをする!」


当のフィンはニタニタを笑いながらトーカたち三人を眺めている。

そうしていやらしく三人の頭をポンポンと叩いた。


「だいじょーぶ。お前らの勇者である俺が、すぐに助けてやるからな。今、この豚野郎の洗脳を解いてやるからよ……」


そういって彼は私の方に手を翳す。

その手の平の中には灰色の玉が丸まっていた。

それがなにか私にはわかる。

拷問魔法。肉体に負担を掛けずに精神に苦痛を与える禁術。

原作知識のある彼なら知っているだろう。

私は唇を噛み締める。

頭の中にその魔法の犠牲になって叫び、喚く人物たちが浮かぶ。

二次元から想像するしかなかった苦痛が今私に降りかかろうとしている。

……怖い。

そんな時にキツく結んだ瞼の裏に浮かんだのは、

他の誰でもなく、

私に懸命に愛を伝えてくれた真摯な彼の姿だった。


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