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キラー・ポレン

 くお〜、鼻! もぎてえ!

 鼻水止まらん……かみすぎで、鼻の下がヒリヒリしてくるところだ。

 多分、花粉症と鼻炎とのダブルパンチときている。しばらく、俺の鼻の穴から、水音が絶える時はないだろうな。目とかに来ていない分、本当にひどい人よりましだろうけど、味がいまいちわからねえし、頭はぼうっとしてくるし……。

 ぶえっくし! えーい、ちくしょう! 早くおさまってくれぇ!

 そういえば、ちょっと小耳にはさんだんだが、花粉症っていうのはアレルギー反応なんだってな。花粉が体内に入ると、それを異物として攻撃する抗体が作られる。そいつがある程度たまると、くしゃみ、鼻水、目のかゆみとかに現れるんだってよ。

 どれくらい溜まると発症するかは、個人差があるみたいだ。見たところ、お前はまだ大丈夫なようだな。せいぜい、将来の脅威に怯えながら過ごすがいい。その時が来たら、つれえぞ。

 それに、症状が出ていないっていうことは、丈夫とか幸運以前に、どんくさいことを意味するのかも知れねえぜ。気をつけなよ。

 ちょっと前に、体験した話があるんだが……ボックスティッシュを持ってきてくれねえか? 鼻をかみながらで、失礼させてもらおう。


 俺がまだ中学生くらいの時の話だ。

 この頃はやんちゃをしたがる連中が多くてさ、学校の窓ガラスを割ったり、酒やたばこをこっそり楽しんだりという奴が多かったんだが、うちの地元だと動物の虐待が問題になっていた。

 当時は、まだ野良犬が多かったし、学校の行き帰りにも様々な動物を見る機会があった。そしてBB弾を使ったエアガンも流行っていたからな。格好のハンティング対象というわけだ。男子の間だと、放課後のハンティングは大人に隠れて行う、ちょっとした度胸試しの一つだった。

 さすがに誰かの飼い犬、飼い猫などは対象にしない。足がつく。狙うのはもっぱら「はぐれた」動物だ。たいていは一、二発と弾をもらうくらいで逃げ去るんだが、運が悪いと動けなくなるまで蜂の巣にされる。もちろん、撃ち手が介抱してくれるなんてことはなし。

 しばしば大人の目についたことがあって、学校での持ち物検査が強化されて、不用心な連中は銃を没収されたりしていたっけ。だけど、それならそれで抜け道を探すのも、また自然。

 若き狩人たちは、各々の得物を通学路のいずこかに隠して、使ったら戻すを徹底するようになったんだ。

 恥ずかしながら、ハンティングには俺も参加していた。やっていない奴は仲間外れにされる。自分の意思を貫くより、長いものには巻かれたい性質たちだったからな。最初はいやいややっていたが、そのうちルーチンワークと化して、深く考えずに射撃するようになっていたよ。

 

 ある日の放課後。俺がいつものように、銃の隠し場所である、公園の築山トンネルに向かった時のこと。

 遠目にも、敷地内に猫が一匹、ぴくりとも動かずに倒れているのが見えた。近づくにつれて、そのお腹の皮が破れて、血が垂れているようなんだ。誰かが至近距離から弾をぶち込んだのかも知れない。「ひでえことをするな」と俺は自分もハンターの一員であることを棚にあげて、顔をしかめたよ。

 ところが、公園に踏み入った途端。俺は鼻がむずむずして、くしゃみが出始めた。最初は構わず中に入っていったんだが、おさまる様子がない。それどころか、どんどんひどくなってくる気がした。

 これはたまらない、と俺はいったん公園の外に退避したんだが、鼻水とくしゃみはしばらく止まる気配を見せなかった。完全に気を削がれた俺は、その日の狩りも猫の怪我の具合をみることもあきらめて、家に帰ることにしたよ。

 けれど、その日以降。俺は頻繁に、せき、くしゃみ、鼻水に襲われるようになった。それは公園に限らず、色々な場所を歩いている時にも、不意にやってくる。あの猫は誰かが片づけたのか、姿を消していた。

 突然、ぬめりがない鼻水をポタポタ垂らし出すものだから、見ていてばっちいことこの上なかったと思う。おかげでマスクが手放せなかったぜ。

 

 こいつがウワサに聞く花粉症とやらか、と思った。実際、周りには似たような格好をしている人がいる。中には登下校の時に、花粉除けのためのゴーグルをつけている猛者も。

 他の平然としている人の中では、かなり目立つ存在。ちょっとくらい連中に、この辛さを分けてやりたいとも思ったね。

 またこの頃から、俺は鼻がかゆくなると、自分の手のひらで鼻の頭をおさえつけながら、ぐるぐる回すようになった。それこそ、ゲームコントローラーの3Dスティックを、ぐりぐりと回すかのごとき勢いだ。人によっては鼻水を垂らす時よりも、異様な目で見られたこともあったよ。

 でも、これは意識してやっているわけじゃない。ほとんど本能的なもの。自分にとっても耳障りな水音を立ててでも、ひねり出さないといけないんだと、身体が勝手に動いていたんだと思う。

 

 そんな無様な日々が続き、鼻詰まりも手伝って、俺が物理的にも精神的にも参り始めたころ。例のハンティング仲間の一人が、右手の人差し指にギプスをしながら現れたんだ。

 どうしたのか尋ねてみると、あたりをはばかりながら小声で答えてくれた。彼は狩りの時にガスガンを使っているんだが、昨日、隠し場所から取り出すと、スプレー缶を嗅いだ時のような嫌な臭いがしたらしい。

 妙だな、と思った。ガスとついているものの、臭いがついているものは使われていないはず。もしかして、部品のどこかが腐食したか、と思って試し打ちをしてみたところ、トリガーを引いたとたん、小さい破裂音と一緒に、指が本来曲がるべき方向とは逆に、骨を折りながらのけぞったというんだ。

 暴発とかか? と尋ねたが、銃自体は無事。指だけが大けがを負ったというのが、実情らしい。これに懲りた友達は、ハンティングをやめてしまったよ。

 それからも何日かおきに、けが人が学校中に現れるようになった。軽いもので青たん。重いもので、複雑骨折をしてしまったらしい。

 その中にはけがをした友達も何人かいて、話を聞いたところ、けがをした場所はまちまち。だが記憶がはっきりしている何人かは、直前に、トリガーを引いた彼が嗅いだものと同じような、変な臭いがしたのは確かだったとか。

 そして、あの日のことは今でもはっきり覚えているぜ。

 

 俺はいつも通りマスクをつけて、素顔をさらしている友達と一緒に帰っていた。例の妙な臭いについて話しながら。

「考えすぎじゃねえの」と友達は笑い飛ばし、やがて分かれる場所である、十字路にさしかかる。友達に手を振って背中を向けたとたん、俺の鼻腔に強烈な臭いが突っ込んできた。

 話に聞いていた、塗料用のスプレーのような臭い。マスク越しにもびんびん脳みそに響いてくる。何かやばい、と感じるやいなや。

 すぐ後ろで「パン」と小さな破裂音がした。同時に友達のうめき声も。

 振り返った時、友達は背を向けたまま顔を抑えていたが、それ以前に、あいつの周りの地面へ、無数の赤い水滴が「ポタタ」と音を立てて広がったことに、戦慄を覚えたよ。

 つまりその血液たちは、一瞬前まで空を舞っていたという証拠になるんだから。考えられる出所は、当然……。

 友達は顔を両手で抑えていたが、そこからも漏れ出るくらいのひどい出血。「鼻が、鼻が……」と涙ながらにうめく友達に、俺はとっさにポケットティッシュを差し出した。友達はそれをひったくると、お礼も言わず、一目散に走り去っていったよ。

 俺は咎める気も起きず、その場に立ち尽くしていた。見間違えでなければ、ティッシュを奪い取る時、ちらりと見えた手のひらの下には、鼻がなかったのだから。


 友達とはそれ以降、会うことがなかったよ。同じような騒動は、年に何回か起こった。花粉が舞い散る時期と重なってな。

 今、振り返ってみると、被害に遭った人たちは、みんな花粉症の症状が出ていなかった。

 俺のせきやくしゃみや鼻水は、もしかすると本来以上に、大切な役割を果たしてくれたのかも知れん。



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