布越しの雪
日が暮れると、そろそろ夏も終わるのかな~なんて気分になりますねえ、先輩。
昼夜の気温の差が大きくなったといいますか、直射日光無しでの涼しさが目立つようになってきたといいますか。
ここのところ、秋を感じられる時間も短くなっていますからねえ。○○の秋~とか、のんびりした印象は、どんどんなくなっていくかもしれません。未来の世代はどれほど実感が湧くんでしょう?
ジェネレーションギャップはつきものとはいえ、自分にとっての常識が子や孫には伝わらないのか、と考えたら少しさびしい気持ちになりますね。
自分の感じていたものは本当なのに、それが他の人にはウソのように思えてしまう……悲しいものですね。たとえ怪談話のていでも、後世には伝えておきたいものも、これまでもたくさんあったかもしれません。
先輩は、これまでそのような体験、いくつくらいありますか? 私は最近、いとこから聞いた不思議な話がありまして。ちょっと耳に入れてみません?
いとこの部屋には、一人用のテントがいつも組み立てた状態で置いてあるんです。
はじめて行ったときにはびっくりしましたね。部屋の大半を占めていますから、いくら軽いといっても、避けたり動かしたりといった手間がかかりがちです。奥の本棚とかへ行くときなどですね。
どうしてこのようなことをしているのか、と尋ねてみますと、「雪が降るから」と返されたんです。
いとこの住んでいるところ、夏が短い涼しめの地域でしたからね。冬には雪がちらつくことも珍しくはありません。それにしても、私が行ったのは夏休みでしたから。
こたつとかの、寒さ対策の一環のつもりかと最初は思いました。でも、それでしたら暖房器具のほうが、圧倒的にお役目を果たせるはず。それがなぜテントなのかと思いました。
「雪がね、季節を問わずに降るんだよ。まわりに。そうしたならば、ここにとどまっていたほうがいいんだ。雪音がやむまでね」
妙なことをいうなあ、と思いました。
いとこの話だと、今こうしているときに雪音が聞こえないのは別におかしい話じゃないとのこと。私もその点はうなずきます。
しかし、あのテントの中へ入ると、ときおりテントの外からシャク、シャクと雪が降りながら、それを踏みしめるような音が聞こえるときがあるのだとか。
そのような時は、音が止むまでテントの中にとどまっていたほうがいい。そうでないと良からぬことが起こってしまうからと。
このような話を聞いて、興味の湧かない人間ではないんですよ、私。
ぜひとも体験しようと思って、滞在中の時間が許す限りでテント内にとどまらせてもらったのですが、その雪音を聞くには至らず。帰りの時間が近づいてきてしまいました。
代わりにいとこから聞いた、一番の雪音に関するできごとが、次のようなことなんです。
その日、友達は外から帰ってくるや、頭がぼうっとして急にせきが出始めたみたいで。当初は風邪かと思ったんだそうです。
横になると、びっくりするくらいに体調が良くなるから妙な感じがしたそうなんですよね。そこから身を起こして、本格的に動こうとするとたちまち調子が悪くなる。
その切り替わり方はあまりに不自然でして。いとこも、「これは」と疑いをもってテントの中へ避難したみたいなんですね。
すると、聞こえてきました。
シャンシャンと雪の降る音と、ギシギシと雪を踏みしめる音。
音を聞くのはこれがはじめてではありませんでしたが、先に話したようなシャク、シャクと慣れていたものではなく、もっと力強さを感じるものだったといいます。
テントのすぐ外を、何かが歩いている。そう察したいとこは、体育座りのままうずくまっていたようですね。
いちおう、角度を考えればこのテントの中で横になることも、できなくはありません。それならば、この気分の悪さも解消できたかもですが、いとこはその道を選びませんでした。
わずかにでも、気配を外の輩に伝えてはならない。そう頭の中で直感がうずいていたとか。
動かぬよう努めるいとこの耳へ、次に響いてきたのはのこぎりを引く音でした。
時間そのものは短く、体感で数秒ほど。でも確かに、ギコギコと頭に残る金属音が届き、何かが断ち切られるのをいとこは察します。
ほどなく、音が止みました。しばらく待って、テントから顔を出したいとこが見たのは、下の畳ごと刻まれた、自分の布団だったそうです。
みじん切りではありません。横になったとき、いとこの両足の付け根がくるところに一筋だけ、深々と傷を残していたのだそうです。
もし、気持ちの楽になるのに甘えて横になり続けていたら……まずかったでしょうね。
なぜテントを介し、そのようなことが分かるようになり、今なお警戒をしているのかについては、残念ながら教えてもらえませんでしたが。これが、いとこ以降の代に続かないことを願っているのは確かみたいです。




