紅く熟れたる、汝が頬
つぶらやくんは、果物は完熟派かい? それとも未熟派かい?
――考えるまでもなく、前者?
うん、まあ自然な考えだよね。けれども、たいていのお店で売られている野菜とか果物ってさ、完全には熟していないものばかりなんだって。一説によると、完全に熟するのを待っていると、旬を過ぎてしまうし、許容できる保存期間も極端に短いものになるのだとか。
売れ足が滞ったら最後、大量の不良在庫を抱えるはめに。クオリティが高くなるとは言っても、それに伴うリスクは無視できない。趣味の品ならともかく、健康に直結する食物ならなおさら神経質になるだろうさ。
一方の未熟なもの。果物だったら緑色のことが多いかな。こいつらは、苦み成分が多い。売り物として出すには、ちょいとリスキーだ。身体にはいいらしいんだがな。
甘く、やわく、みずみずしく、といった特徴の方が、人目を引きやすく、受け入れてもらいやすいんだろう。稼ぐのが目的なら、多数派の要望に添うのも自然と言えるんじゃないか。気に食うか、食わないかは分からんけど。
何かと熟したものに誘導されがちな、我々の遺伝子。そいつはどこから来ているのか。ちょっと話をしようじゃないか。
木の実の類が色づくのは、自分を食べてもOKですよ、という自然のサインだと言われている。つぶらやくんも知っていると思うが、実をつける植物は、その種を鳥などの動物たちに運んでもらうことを、期待しているんだ。種が体の中を通っている間に、食した動物はどこかしらに移動している。その移動先や向かう途上で、件の動物たちが種を落としてくれることにより、自らの版図を広げていくわけだな。
色づくアピールは、種の保存手段。逆に文字通りの「青二才」たちは、緑という自然の中で目立ちにくい色をし、それでもかじってくる奴は、苦みとかでおっぱらうわけ。箱入りで毒舌とは、なんとも若さにあふれる姿と思わないか?
そんな未成年者、もとい未成熟者を略取している我々は、さしずめ自然界におけるロやペがついた、変態犯罪者といったところかもしれないね。果汁という名の穢れを知らない血をすするから、ヴァンパイアという見方もあるか。
やはり人間は、悪魔的な存在なのだろうかねえ。
今となっては、それなりに昔のこと。ある村では、果物を特産品として扱っていた。特に領内全体でリンゴが多く取れ、税の一部として扱われていたのだとか。
当時のリンゴは食べるのもさることながら、お供え物を初めとした仏事に使われる時も多く、それなりの需要があったようだ。
やがて江戸時代を迎え、人口の増加期が訪れた。リンゴの供給が追い付かないほどの早さで需要が高まり、力のある商人たちがこぞって買い付けてくるために、熟したリンゴは商売道具として、地元の人々の手から離れていく。リンゴの甘さを知る人々の中には、味を懐かしむ者も出て来たとか。
特にその傾向が強かったのは、まだ短い人生しか生きていない子供たちだった。
今でいう6月ごろ。
多くのリンゴの中から、育ちの悪いものを間引く時季がやってきた。リンゴは苗木を植えてから実がなるまで、4,5年はかかる。今後の数十年を占うためにも、大事な作業。子供たちも勉強のために駆り出された。
親たちの指導に従い、実をもいでいく子供たち。その中の女の子の一人が、ふと、まだ緑色で小さくまとまったリンゴに、かじりついてしまったんだ。
大人たちも、小さい頃に同じことをした覚えがある。この未熟なリンゴ、すっぱさと渋さが合わさった、嫌悪感満載の味なのだ。すぐにでも吐き出し、口直しをしなければ、いてもたってもいられないほどの。
ところが、彼女は一個をごくりと飲み込んだかと思うと、二個目、三個目をわしづかみにして、口に放り込み出したんだ。焦った周りの人が止めたのだけど、女の子はその晩、熱にうなされることになる。
どうにか大事には至らずに済み、親たちは娘の熱が下がった後、彼女を戒める。
「緑のリンゴは、リンゴの赤子。これからどんどん蜜をため、色気がついて、口に入る。お前がしたのは、赤子を食らうがごときこと。人が成すべき道ではないぞ」と。
けれども翌日以降も、未熟なリンゴが姿を消し始めた。わずか一、二個。彼女が行ったという証拠はなかったものの、これ以上被害を出すわけにはいかず、人々はもともとあったリンゴの木の周りの柵を高くし。警備を強化したらしい。
リンゴの被害はなくなったものの、今度は彼女自身が変わり始めた。
熱が引いた時、確かに彼女の肌は白かった。それが日を追うごとに、じょじょに赤みを帯びていくんだ。特に素肌を晒している顔や手足の染まり具合は、ひどく目立つものだったらしい。
けれど、親が実際に触ってみても、熱がない。それどころか、手でなでてみると、肌触りがどんどん良くなってきている気がしたんだ。母親に似て、荒れやすい肌だったのが、まるで嘘のように柔らかだった。
「なんだかね、身体がとっても軽いんだ。どこまでも走っていけそう」
彼女はぴょんぴょん跳ねまわりながら、そう笑いかけたんだそうだ。
そして、リンゴの収穫期を迎えた、秋のころ。
手伝いに来ていた彼女はリンゴをもぐ手を、はたと止めて、彼方の空を眺めた。この頃には、すでに彼女の肌も瞳も、周囲のリンゴたちに負けないくらい、赤々と濡れていたのだとか。
「呼ばれてる。『こっちへ来い』と呼ばれてる」
そのまま彼女はリンゴを入れていた籠を放り出すと、開いていた柵の門から、外へ走り出てしまったんだ。
今までとは、人が違ったような俊足。意表をつかれた皆は、とっさに止めることができない。追いかけようとした時にはすでに、彼女はリンゴの種ほどの大きさになって、山の方へ遠ざかっていくばかりだった。
それから数日間にわたり、彼女の足取りを追って捜索が行われる。
やがて、山の中から、彼女のまとっていた服が見つかったものの、彼女自身はとうとう見つからずじまいだった。その服は、彼女の血か、それとももっとべつのものか、格別にいい匂いがする、紅い液体で染めあげられていたんだ。
それは、今年色づいたどのリンゴにも負けないほどに鮮やかで、見る者の鼓動が早まり、顔面が紅潮するほどだったのだとか。




