ベニバナを捧ぐ
もし、植物がこの地球上からなくなったら?
みんなは想像したことあるかい? たとえそれが鉄筋コンクリートあふれる都会だったとしても、ゆとりさえあれば緑化運動が進められ、緑の居場所は確保され続けている。
いわずもがな、酸素などの、生き物が生きていくのに必要なものを植物は提供しているからだ。こいつが一度に消え失せてしまったなら、遅かれ早かれ地上の生き物たちは滅亡の道をたどるだろう。
ゆえに植物は、身近に寄り添ってくれるに越したことはない。
生物的なことから、精神的なことまで支えになってくれる命の相棒。たとえ、直接食すに適さないものであっても、何かしらの儀式のおりに用意されるものもしばしばだ。
先生の地元でも、少し特殊な植物の扱いをする風習があるんだよ。脱線ついでに聞いてみないかい?
先生の地元には「ベニバナ」と呼ばれる、植物が存在していたとされる。
染料に使われる紅花とは別物でね。本来なら他の色を持っているはずの草花が、不意に紅色に変化するときがあるんだ。そうして突然に赤くなってしまった植物たちを、「ベニバナ」と総称しているわけだ。
こいつらを集める祭事を、先生たちの地元では不定期的に実施していたという。
ベニバナの変化は、あまりに急だ。先にいったように、本当に不意なんだ。
ほんのちょっと目を離し、また顔を戻したとき。その草花の色が本来のものから一変していることがある。
逆もしかり。先ほどまで紅色を帯びていたのが、まばたきすれば元の色に戻ってしまっていることもある。その変化、手品のごとしだ。
収集は複数人がまとまり、行われる。常に全方位へ目を飛ばし、「ベニバナ」の出現をできる限り逃がすまいとする。
見つけたら即、引っこ抜きだ。
紅のさした状態で抜きさえすれば、もう色を変えることはない。安心して、持っていくことができるんだ。
集める量は、そのときどきによって差が出る。
主に子供や老人の割合が高いなら控えめに。若者が勝るなら多めにベニバナは集められた。
これらは各家の神棚に相当する場所へまつられるほか、村の高台。村全体を一望できる場所にも、山のように積まれていたらしい。
積まれた台は三方を丈夫な板で囲い、雨風をしっかり塞いだうえで、一方のみを開放していた。村へ面する、その一面だけはね。
このベニバナを飾る時期は、その不定期さゆえに、外からやってくる行商などにとっては、いささかやっかいな時間でもある。
目、鼻、のどといった部位を、まるで煙にまかれたときのように痛めつけ、涙を流させてくるんだ。
対する地元の村人たちにとってはなんともなく、外から来る者の苦しみようは、にわかには信じがたいようなものだったとか。
帰った人々は、ベニバナについて噂して、それに尾ひれがついて村のことを悪しざまにいうようになる。
村人にとっても、あまりにそれを広められたら面白くない。苦しむ演技をすることで、いたずらに地域の評判を落とされてはかなわないと、お上に訴え出るほどの深刻さだったとか。
話を受けた当時の殿様は、仕えている下々の者を集めて、例のベニバナの件について情報を募る。
かの村出身のものが、例のベニバナに対して特に苦痛を覚えた覚えがないのは確か。
しかし、そこ出身でないものがベニバナを飾る地域にそこを訪れると、つらい思いをすることもまた確か。
ごく一部の例外こそあったというが、彼らを集めて調べてみても、はっきりとした共通項を見出すには至らず。
ついには信のおける家臣のひとりに命じ、村出身の者とそうでない者を引き連れさせて、ベニバナのあるかの村へと向かわせたんだ。
聞いていた通りの異変はすぐさま起きた。
村出身のものが平然としているのに対し、外からのものは多かれ少なかれ、目や鼻やのどに不調を訴えてきたんだ。
やはり、この村を取り巻く空気に何かあるのか……。
家臣本人は外からの者ではあったが、皆の中では症状の軽い方。目をうるませながらも、村の中と例のベニバナを盛大に飾った高台を見て回る。
やはりというか、ベニバナの近くだとより症状は顕著になる。
村の入口近辺で、すでにめまいを起こす程度の者は、ここへ来る前に昏倒してしまい、村より離れたところで休まされる羽目になってしまう。
各段、症状の浅い家臣にしても、先ほどから咳が頻繁に出て、満足に息吸うことをはばんでくるほどだった。
――絶対にベニバナには何かがある。
そうは察するも、強引な手に出るのはお互いのためによくない。
家臣は自らの不調を押しながらも、村長との話し合いを行い、くだんの高台に置かれたベニバナへ細工をさせてもらうことを申し出たんだ。
すなわち、三方を覆われた残り一方もまた、外気を遮断する形で板を差し込み、閉じ込めるというもの。
もちろん、すぐに取り外しができる状態にし、何かがあればすぐに板を取り除ける約束。
それでもって数日間を過ごし、様子を見届けたいということになったんだ。
家臣の目論見以上に、その変化は顕著だった。
封じ込めから半日後に、見張りを強引に押しのけてベニバナの高台をしゃにむに登ろうとした村人をひっとらえたのを皮切りに、多くの村人たちが押し掛けてきたんだ。
中には農具や刃物など、あからさまな凶器を手にして迫り、目指す先は一様にベニバナの高台だったのだとか。
人の言葉も、威嚇のための火縄銃の射撃も、彼らの勢いを完全に食い止めるには至らず。
ヘタにけが人を出すよりは、と例の高台から板がのぞかれると、村人たちは次々に我にかえっていったのだとか。
各人に記憶はまともに残っておらず、その間に起きていたことについては、皆が地面に手をつき、心底詫びをするという有様だったという。
この一件があってから、ベニバナの作用が何かしらここに住まう者へ影響を与えることが分かった。
もしこれになじみきって、ある日突然にベニバナが見つからなくなったとき、大変な事態を引き起こすかもしれない。
その懸念から、以降のベニバナを集める量は、慎重にその数を減らしていき、明治時代半ばを過ぎるころには、ベニバナなしでも村人たちは普通の生活を営むことができるようになったのだとか。
村の外に出ていた者が、ベニバナなしで平然とできていた理由は定かじゃない。
ただ、いまだ犯人の分からぬ神隠しをはじめ、迷宮入りする事件は年々に起こっている。
もしベニバナの禁断症状のごときものが発症しているのであれば、それらの隠滅に至るまで作用があったのかもしれない。




