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無音の闊歩

 う〜ん、こうも夜遅くまで太鼓の音が聞こえてくるとか、さすがにお祭りシーズンだと実感するなあ。

 音楽ははるか昔より伝わる文化だけど、こうしてにぎやかなだけでも、感じる雰囲気が変わってくるよね。

 少なくとも、耳が震わされているうちはさびしくない。静寂は音源がそばにないわけだから、嫌でも自分一人であることを自覚させられる。

 たとえ隣に誰かがいたって、ぬくもりがあったって、それをどう受け取るかは自分のうちに任せられる。気分ひとつでよくも悪くも、好き勝手に取れてしまう。


 もちろん、音楽も受け取られ方は様々だけど、そのおおまかなオクターブやリズムは決まっている。

 虫や獣の鳴き声、咆哮に似ているかもしれない。そいつは聞いたものへ様々な意味を伝える効果的な手段。「こう受け取ってほしいな」という方向性がある。

 日本でも弓の弦を鳴らして、魔除けとした風習が存在したみたいだからね。発声、発音には余計なものを寄せ付けないパワーがあるんだろう。

 だから静かな空気には、気をつけないといけない。そこはいわば空っぽで、何が入り込んでくるか、分からないのだから……。

 僕の昔の話なんだけど、聞いてみないかい?



 あれは、僕がひとりではじめて電車に乗ったときだったか。

 人によってはなんでもないかもだけど、田舎民の僕にとっては乗換が必要な行程とか大冒険もいいところさ。

 しかも行きは朝早く、帰りはもう暗くなる時間ときた。冬場に差し掛かると、陽の落ち方はあっという間だしね。帰りの電車の中で見る線路は、最寄り駅近くまで来ると、脇に立つ電柱の灯りのみが頼り。

 そこから何メートルも離れた田畑や家々、その奥に立つ山々はその影のみをうっすらたたえて、夜の中に眠りこけている。


 いざ駅を降りて、電車も遠ざかってしまうと、さみしさはがぜん大きくなる。

 明かりこそついてはいるが、僕以外に降りた客はいなかった。すでに上りも下りも、後ろに本数はさほど残っていない。

 自動改札をくぐる。駅員さんは奥へ引っ込んでいるし、声を掛ける用もない。

 小さなロータリーにはお迎えの車はおろか、タクシーの影もなかった。みんなちょうどお客を乗せて、出払っているのだろう。

 この時間は人通り、自転車通りも少ない。僕を見送る改札の音が途絶えたが最後、音を立てるものは、すっかりなくなってしまったわけだ。


 この空気、どうにも居心地が悪い。僕はさっと、急ぎ足で駅を後にした。

 家までは20分は歩く必要がある。暗がりに沈んだあぜ道を進んだならば、少しはショートカットができるのだけど、出かけるときに親から言われた言葉が頭をよぎった。


「帰り道は、くれぐれも広くて明るい道を選びなさい。危ないからね」


 そんなことは、簡単に検討がつく。と、生返事をしながら、頭の中で反発していたよ。

 そのような道は、たいていが建物ぞい。何かあっても叫んだりすれば、誰かの目や耳にとまるだろう。狼藉に及ぼうとする輩も、慎まねばならない。

 僕だって、そのようなものに絡まれるのはごめんだ。言いつけに従い、歩いて数分の大通りへ急ぐ。



 まだ生きた年数は長くないとはいえ、このあたりの景色ならもう染みついている。

 抜けた先には十字路。手前側に民家の塀と歩道が待ち受け、車道をはさんで向こうは右手がガソリンスタンド、左手が美容院と併設された小さい駐車場。

 ここを真っすぐ突っ切れば家へは近いのだけど……横たわる車道とは比べるべくもない、細いわき道。街灯の数も少ない。

 僕はちらりと一瞥をくれただけ。すぐにガソリンスタンドの向かい側、車道沿いへ歩き出す。数分の遠回りかつ信号を介するものの、たどり着けない道じゃない。


 けれども、僕はなお続く沈黙の空間に、少しずつ不安を感じ始める。

 ここに至って、車通りがないのはまだいい。人が通りかからないのも、10歩くらいはゆずってよしとしよう。

 しかし、どうして店がやっていない?

 レストランに学習塾などは、明かりを煌々と焚いているにもかかわらず、人の気配がないんだ。

 自転車も自転車も建物の近くに一台たりとも置かれておらず、出入りする人影もないんだ。ちらりとのぞき見る窓の奥には店員さんや塾講師の姿も見られない。

 ただただ電気代を使いながらも、町はだんまりを決め込んでいたんだ。


 ――気味悪い。


 その感想のまま、更に足を速めない理由がどこにあるだろう?

 僕は立ちふさがる赤信号を、交通事情をかんがみて、余裕の突破。その足取りは小走りに近くなっている。

 ふと、つま先が小石をひとつ蹴り飛ばした。横断歩道の終わり際に転がっていた、薄黒いアスファルトのかけらは、飛び飛びに甲高い音を立てながら歩道を乗り越え、建設予定地のシートの向こうへ消えていく。

 けれど、僕の耳は石以外の音をとらえている。

 それは念願の人の足音でありながら、かなりの遠くから響いてくるような、小さいものだった。

 並みの人間では、こうはいかないだろう。この固い地面を伝っても、たとえ数メートル先にいる僕の耳を、満足に刺激できるとは思えない。

 それこそお相撲さんか、そのうえを行く図体の持ち主か……だが、そのような御仁が、こんな街中にいるというのか?

 

 そっとあたりを見回しても、やはり人の営みの気配はない。

 一刻も早くここを立ち去るべきだ、と僕はまた急ぎ。また足元の砂利を踏み転がしてしまう。

 歩道を滑る石の音。そこに続くは、またあの足音。

 今度は先ほどより、はっきり伝わる。どしん、どしんと、足裏ごと僕の身体を軽く跳ね上げんとするかのような、重い一足。

 

 間違いない。人のそれじゃない。

 心臓の縮みあがる思いだったが、僕はあることに気づく。

 先ほど転がした砂利だ。転がった末、街路樹へぶつかって唐突に動きを止めてしまったその矮躯。

 それに合わせるように、あの重い歩みもぴたりと止まったんだ。その場で足を止めて、じっと様子をうかがっていたものの、届く音は何もない。

 

 ――この足音の主、音しか聞こえていないんじゃあ? その音に引き寄せられているとしたら。

 

 僕は先ほどまでの小走りから一転、そうっとそうっと忍び足を試みる。

 足音はしない。なおも何歩も先へ進んでも同じ。

 ただ、こうも暗くては足元を満足に確かめられない。またごく小さな石が、靴に触れていくらか転がってしまう。

 確かに僕の忍び足より、高い音ではあっただろう。大きい音ではあっただろう。

 かといって、うるさいとは決していえないそのボリュームに、主は反応した。

 一歩、二歩。

 石の転がりが止むのに合わせたペースで、僕は確信を得られたよ。

 この主が何者かは分からない。だが、音をうかつに出すべきではない、と。

 

 おそらく、生涯の中で最も緊張した二十分近くだったのではないかと思う。

 そこから先も忍び足は続けていたのだけど、どうやら主も近づいたことで、より小さな音も聞き取れるようになったらしくて。

 石を転がしていないのに、僕が拙い一歩を踏んだ時にも、同じように一足を踏んできた。

 ヘタをこいた借金は、すぐに高くなるハードルとなってのしかかってくる。

 許容範囲が狭まり続け、いかなる一歩も主に聞きとがめられてしまうときが来たら、それが終わり。

 僕は文字通りの細心の注意でもって、一歩一歩を進んでいったよ。

 

 そうして家の門扉をくぐった瞬間。

 すぐ背後で大きい、大きい振動がしてとうとう僕は飛び上がっちゃったよ。

 もう、心がくたびれきっててさ。我慢できずに玄関の戸へ突っ込んで、強引に身体をねじ込んだんだ。

 お母さんが台所から出てきて、きょとんとした顔を見せてくれて、ようやく安心した。

 待ちわびた人の気配。それはおそらく、あの奇妙な時間も主も切り離せたということだろうと、直感したんだ。

 いかな希望的観測、願望であっても、それを裏付けるように、そこからいくら音を立てようとも、足音はもう新たに聞こえてはこなかったんだ。

 

 あの時、あの空間の静けさ。

 それはあの足音の主が、闊歩したいがために設けられたのかもしれない。そしてそこへ迷い込んで、音でもって乱そうとした僕を追ってきたんじゃないだろうか。

 音のない環境にふと置かれることがあったら、気を付けてもいいかもね。


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