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砂漠の月  作者: ちあき
第六章 放たれたカナリア
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アイトとゼン

砂獣に襲われたはずのアイトは、暗い部屋で目が覚めた。

体には手当ての跡があり、腕には点滴をつけられている。


「よぉ、目が覚めたのか」


すぐ隣で声をかけられアイトはびくりと体を強張らせた。

そこにいたのはざっくりとした黒髪の、背の高い青年だった。

青年は椅子から立ち上がると通信機らしきものに手を伸ばした。


「こちらベルだ。ガキが目を覚ましたぜ。ああ、名前?んなもん聞いてねぇよ。あぁ、…分かった」


青年は通信を切るとアイトの隣に戻ってきた。


「俺はベル。ベル・スベンクライザーだ。お前、名前は?あんな砂漠のど真ん中で何してたんだ?」

「…」

「水は飲めるか?飲めるなら点滴は外せるんだが」

「…」


ベルは無反応なアイトにぽりぽりと頬をかいた。


「ま、たまたま俺たちが通りかかってよかったな。あのままじゃお前砂獣に食われて死んでたんだぜ?」


元々気さくな性格なのか、ベルはアイトを気遣いあれこれ話しかけた。

だがアイトは一つとして反応しない。

ベルは肩をすくめると立ち上がった。


「じゃあ、また来る。よく体休めとけよ」


ベルが出て行くと、アイトはすぐに点滴を引き抜いた。

ベッドから降りると右足に痺れるような痛みが走る。


「う…」


よろめきながら壁に手をつく。

それでも一歩一歩進み部屋から出ると無機質な鉄で囲われた廊下に出た。


「ここは…一体…」


ベルの服装は見たこともないものだった。

それにこの建物自体も知らない構造だ。

壁伝いにひょこひょこ歩き角を曲がると、大きな何かとぶつかりひっくり返った。


「おぉ、悪い。って、お前こんな所で何やってるんだ?」


ぶつかったのは岩のように大きな男だった。

頭は燃えるような赤髪で、その迫力たるやまるで獅子のようだ。

男はアイトを引っ張り起こすと服についた埃をはたいた。


「お前もう動けるのか?」

「どうした、ゼン。なんじゃこのガキは」


大男の後ろからはこれまた厳つい男が顔を出した。

赤髪の男よりは小さいが、かっちり刈り込んだ頭とずんぐりした体に刻まれた大量の傷跡がまた独特の雰囲気を醸し出している。


「トン遺跡の近くで拾ったんだ。砂獣に襲われていたからな」

「あそこは新都の巡視船が通るだろうに。このガキ新都人か?」

「多分な。だがたった一人で砂漠にいたぜ」


アイトは冷めた目で二人を見ていた。

助けてもらったなんて、微塵も思わない。

どちらかと言えば余計なことをされた気がしてならなかった。

赤髪の男はそんなアイトに首を傾げた。


「そんなに警戒することないぜ。ここの連中は皆気のいい奴ばかりだし、ケガが治ったら家まで送ってやるよ」

「おいゼン。こいつが新都のガキならこの基地のことを喋るかもしれんぞ。リーダーがなぁんて言うか…」

「リーダーが反対なんぞするか?あの人は俺に輪をかけて豪胆なんだぜ」


赤髪のゼンは豪快に笑い飛ばした。

結局この日は部屋に連れ戻された。

足が動くようになるまでは大人しくしていたが、数日経つとアイトは隙をみては何度もこの施設を抜け出し砂漠へ逃げ出すようになった。

理由は、ない。

ただ胸を掻き立てるように砂漠へ行かなければと思っただけだ。


「おいお前、いい加減にしろよ?これで一体何度目だと思ってやがる」


いつも探しに来るのはゼンだった。

どんなに行き先を変えても、ゼンは何故かアイトを見つけては連れ戻しに来る。

見つかったアイトは回れ右をすると更に砂漠の奥へと駆け出した。


「あ、てめっ!!まだ逃げるか!!」


ゼンは古びたバイクをふかせるとアイトの後を追った。

器用に機体を寄せアイトの首根っこを掴む。

ずっと沈黙を貫いていたアイトは、この時初めて声を荒げた。


「離せ!!お前こそいい加減にしろ!!どうしてわざわざ僕を探しに来るんだ!?」

「あぁ!?」

「僕がどこで何をしようがお前には関係ないはずだ!!離せよ!!」

「やぁーっと喋ったと思ったらそれかい!!関係あるわ!!放っておいたらお前が砂漠で野垂れ死ぬだろうが!!」

「だから!!僕が死んでもお前には何の関係もないだろ!!」

「お前は俺が拾ったんだ!!野良猫を拾ったら最後まで面倒見るのが筋ってもんだ!!」

「誰が野良猫だ!!」

「お前だノラ!!」

「誰がノラだ!!」

「いつまで経っても名前一つ言えねぇお前なんざノラで充分だ!!」


アイトは猛烈に腹が立った。

こんなに腹が立ったのは生まれて初めてだ。

気がつけば理性も吹き飛び大声で叫んでいた。


「僕は新都の官僚一族ヒガ・アイトだ!!」

「なに…?」


ゼンは呆気にとられると宙吊りにしたままのアイトをまじまじと見た。


「それは、本当か?」

「…本当だ。お前たちは新都の敵なんだろう?」

「何故それを知ってる」

「お前と一緒にいた奴がそれらしいことを言っていた。これでもう僕を連れ戻す理由はないだろう!?早く離せよ!!」


今までこんなにズケズケとものを言ったことはない。

だがここは砂漠で、相手は新都の敵。

何も取り繕うことはない。

アイトはいつも決して外すことのなかった外面を綺麗に取っ払っていた。

ゼンはバイクから降りるとアイトを抱えたまま遺跡の影へ移動した。

それから砂の上に腰掛けると水筒を取り出し呑気にがぶがぶと飲んだ。


「…うめぇ」

「…」

「言っとくが、お前の分はないぞ」

「いらないよ」


アイトは不貞腐れてそっぽを向いた。

ゼンはがりがりと赤髪をかくと砂漠の果てを見つめた。


「ノラ」

「…ノラじゃないっ」

「じゃあアイト」

「…」

「お前はあの果てを目指して、何をしたいんだ?」

「…」

「それだけ聞いたらもう後は追わねえよ」


アイトはゼンと同じ景色を見つめた。

聡明な頭で色々な理由を考える。

だがそれはどれも取り繕ったものばかりで、結局は答えに辿り着けなかった。

ゼンはのろりと動くとアイトの首に手を回した。

そのままゆっくり砂に押し付け締め付ける手に力を込める。

アイトは驚いて目を見張った。

突然止められた呼吸に、顔が苦しみに歪む。

だがその中でも浮かんだのは僅かな微笑みだった。


「お前…」


ゼンが急に手を離したので、アイトは喘ぎながら盛大にむせた。


「うっ、げほっ!!ごほっ!!」

「ゆっくり息を吸え。下向くな、砂を吸い込むぞ」


ゼンはアイトを膝に乗せると落ち着くまで背をさすった。

アイトの爪が食い込むようにゼンを掴む。

ゼンはため息をこぼした。


「お前は…死にたかったんだな」

「…」

「いや、ヒガ・アイトを殺したかったのか。だからわざわざ砂漠に出て…」

「勝手なことを言うな!!」


アイトは顔を上げるとゼンの襟首をつかんだ。


「大人はそうやってすぐに知った顔をするんだ!!僕が何も分かってないと思うのか!?」

「アイト…」

「呼ぶな!!そんな穢れた名前なんて要らない!!僕は、僕は永遠にその名に縛られるくらいならこの砂漠で…!!」


言いかけた言葉に愕然とする。

今この時まで気付きもしなかった。

胸の奥から引っ張り出された答えは、ゼンの言う通りだったのだ。

アイトが凍りついたように固まっていると、ゼンがその頭を撫でた。


「お前はたぶんとても頭がいい。その歳でそんなセリフなんざ、到底言えるもんじゃねえぜ」

「…」

「だが、やはりまだガキだ」


アイトはキッと睨んだが、ゼンは豪快に笑い飛ばした。


「うははは!!いい顔出来るじゃねぇか!!俺はヒガ・アイトなんざ知らねえが、野良猫アイトは気に入ったぞ。お利口さんになんてしてねぇで、もっとそうやって剥き出しのお前をぶつけてこいっ」

「は…?」

「いいか?お前は自分が死ぬことで気にいらねぇ野郎共に反撃したかったのかもしれねぇがな、そんなのは相手にしたら蚊に刺された程度のダメージしか与えねぇんだ」


ぽかんとするアイトにゼンはにやりと笑った。


「嘘だと思うか?だからお前はガキなんだ」

「…」

「だがまぁ、砂漠に出たい気持ちは分かる。新都人共は死の砂漠なんて言うが、ここには計り知れない命の輝きがある。お前は結局それに惹かれてるんだ」

「…分からない」

「そうか?」


ゼンはまだ少し水の残る水筒をアイトに差し出した。


「生きろよ、アイト」

「…」

「お前にしか出来ない生き様を、俺と探そうぜ」


アイトは呆然と差し出された水筒を見ていた。

どうすればいいのか分からずにいると、焦れたゼンはその水をアイトの顔にぶっかけた。


「わぷっ!!な、何するんだよゼン!!」

「お、やっと名前覚えたか」

「!!」

「うはは!!濡れてると益々野良猫みたいだな!!」

「この…!!」


アイトはゼンに乗り上げて怒った。


「この、この…!!お前なんか!!お前…なんか、だいきらいだ…!!」

「痛ぇ痛ぇ、分かったから叩くな」


ゼンはアイトを抱えて立ち上がった。

きつくしがみつくアイトの背をぽんぽんとたたき、その顔はあえて見ないでおく。

アイトの濡れた頬に伝っていたのは、ぬるくなった水だけではないことを、ゼンは知っていた。

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