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砂漠の月  作者: ちあき
第六章 放たれたカナリア
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焦燥のアイト

鉄壁の森を越えて新都軍が現れた事実は、ウォーター・シストの人々を震え上がらせていた。

例えそれが寄せ集めの小規模なものであり、サンクラシクス軍に制圧されたとしても、絶対安全なはずの檻から猛獣が一度でも出たとなれば不安は払拭出来ない。

ゼロヴィウスを行き来しているラーバンナは、明朝に起きた争いの速報を耳にするとすぐにアイトの所へ情報を持って来てくれた。


「これはまだ極秘なんだけど、新都軍がこっち側まで来られたのはゼロヴィウスから砂漠へ援軍を送った時に出来た森の道を逆に辿られたみたいなのよ」

「森の道を…」


やはりかという思いもあったが、それにしてもまだ新都の狙いが読みきれない。

ウォーター・シストに脅威を与える為、もしくは宣戦布告だったというのならその目的は果たされたことになる。

だが、それにしてもグレイシス軍を丸ごと使った割にはあまりに小規模だ。


「仕掛けはかなり大掛かりなものだったんだ。この新都の動きには絶対何か…、何か意図があるはずだ」


思い詰めているとラーバンナが温かいお茶を差し出した。


「そうカリカリしなくてもこっち側に大した被害は出てないんだし、砂漠だってあのボスがいるから大丈夫よぉ」

「エアクラフトはまだ許可が下りないのか?」

「ちゃんとアンティーク司令官に緊急で話通し直して来たわよ。今日の午後四時には偵察目的で砂漠へ飛ばしてくれるって」

「午後四時…」

「メンテナンスとパイロットの都合でこれ以上早めるのは無理。どうする?あの美人さんを連れてあんたも行く?」

「勿論だ」


時間はまだ午前十時過ぎ。

ここを出る支度を整えるには充分だ。

後はどうやってセリーの状態を良好にしておくかが問題だ。

考え込んでいると部屋の扉が叩かれた。


「アイト、アイト開けろ。ここにラーバンナが来てるだろ」

「ツァラ?」


アイトが鍵を開けるとツァラが顔を覗かせた。


「やっぱりいた。ラーバンナ、本部から通達が来た。サンクラシクス軍は新都軍を制圧したものの酷く混乱が続いているらしい。代わりにリバス護衛軍が街の警護に当たるよう要請が来た」

「混乱が続いてるですって?いくら朝っぱらから奇襲を受けたからって立て直せないほどやられたわけ?」


ツァラは腕を組んで首を傾げた。


「よくは分からないが、出陣前にあいつらが崇拝していたシエルに何かあったらしい。今も大聖堂どころか街中ひっくり返したみたいに騒動が起きてるらしいぜ」

「街中が?それでこんな田舎の駐屯地にまで出動命令が出てるの?」

「仕方がないさ。主力は間近に迫ってきた新都との戦に備えてるからな」


ツァラはアイトに向き直った。


「ってわけでアイト。俺たちはしばらくここを離れることになる。悪いな」

「いや、エアクラフトは今日砂漠へ飛ぶそうだ。僕たちもそれで砂漠へ戻る」

「おお、そうか。セリーさんは?」

「勿論連れて行く」

「大丈夫なのか?」

「ああ。何とかするさ」

「そうか…」


ツァラは不安を押し隠すようにぐっと顔を上げた。


「アイト。砂漠ももはや危険だ。気をつけろよ」

「ああ、ツァラもな」


自分を心配する稀有な友にアイトは微笑みで答えた。


「ちょっとぉ!二人とも私の身は案じてくれないわけ!?」

「ラーバンナは二回くらいぺしゃんこにされてもピンピンしてるだろ」

「何ですってぇ!?ツァラ!!あんたその生意気で可愛い口つまみ上げるわよ!!」

「うげっ」

「ほら、さっさと行くわよ!!出動命令が出るんでしょ!?じゃあね、アイト。ルナハクトのことは頼んだわよ」


ツァラはラーバンナに引きずられながらもアイトにひらひらと手を振ってから扉の外へ消えた。

アイトも談話室を出ると、セリーの待つ部屋へ戻った。

セリーはまだぐっすり眠り込んでおり、起きる気配はない。

その事にホッとすると、壁に立てかけてある白塵刀を手に取った。

ずしりとしたその重みが僅かに気を休めてくれる。

セリーの前では決して見せないが、現状況が不透明なルナハクトを思うとアイトの焦りは日に日に大きくなっていた。

あの屈強な仲間達がそう簡単にやられるはずがない。

そう、分かってはいるのだが…。


「せめて僕が、その場にいれば…」


自分でもここまで動揺するとは思ってもみなかった。

壁に背を預け座り込むと、初めてルナハクトの基地へ来た日のことが瞼の裏で鮮明に蘇った。





ーーーーーーーー

 



…十三年前。

アイトはまだほんの六歳にも関わらず、既に恵まれた才を発揮していた。

一度見たものは忘れることはなく、頭の回転も早い。

年齢を思えば身体能力も高く武のセンスも持ち合わせている。

誰もがこの将来有望な少年に期待を寄せていた。

だがアイトが本当に優れていたのは精神面だった。

ヒガの四男という立場を理解し、決して前に出ようとはしない。

兄達とは極力接触を避け下手な怨みを買うこともしない。

だが官僚一族という特殊な環境は、彼にとっては悪すぎた。

厄介になったのは気をつけていた兄達より周りの大人だったのだ。

大人は決まって極上の笑みでアイトに近付き、沢山のプレゼントや褒め言葉でもてはやした。

酷い時は無理矢理拉致してまでパーティに連れられたこともあった。

その腹は揃って同じ、黒いものばかりだ。

幸か不幸か、アイトには笑顔という仮面の下に隠された卑しい顔が見えたのだ。

アイトの表情は次第に乏しくなり、そのうち近づく大人全てに嫌悪感を覚える程になっていた。


新都から逃げ出したのは衝動的なものだった。

社会見学で訪れた砂漠は見渡す限りの砂の国。

そこには何もなく、ただ真っ青な空と金色の砂が雄大に広がっていた。

どんなに死の砂漠だと先生が教えても、そこには何かがある気がしてならなかった。

だから次の日の朝早く、アイトは家を飛び出し一人砂漠へと入り込んだのだ。

歩いてではそう遠くへは行けない。

砂漠を巡回するチャーター船に目をつけると勝手に潜り込み、一時間程走ったくらいで船から飛び降りる。

するとそこはもう見たことのない世界だった。

新都から見る砂漠とは空の色が違う。

風の熱さが違う。

所々に見える遺跡は神秘的で、見たことのない刺々しい植物は山のように大きかった。

アイトは生まれて初めて解放された気分になり、両手を大きく広げていた。

だが砂漠の過酷さはすぐに幼い少年の身に沁みた。

照りつける灼熱の太陽や砂は容赦なく肌を焼き、熱風は呼吸を奪った。

喉は痛いほど干上がり足に力が入らない。

ついに歩けなくなり砂に膝をつくと、目の前に巨大な砂獣が現れた。

こんな時だが、アイトは何だか笑いたくなった。

散々もてはやされてきたが結局自分なんてちっぽけなものだ。

一人では何もできず、最後はこんな場所で化け物に食われて死ぬ。

こんな自分に期待を寄せた大人たちに、何故だか無性にほら見ろと大声で叫んでやりたかった。


「おい!!ガキだ!!ガキがいるぞ!!」


最後に聞こえたのはそんな声だった。

砂獣は唸りを上げ、大口を開けながらアイトに飛びかかった。

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