帰りたい
リョウはずっと夢の中にいた。
その姿は幼く、手は紅葉のようだ。
それなのに冷たい氷の上に座っている。
体に触れる全ての物は痛くて、怖くて、毎日顔も知らない誰かを思い星を眺めていた。
「遅くなってごめんね、リョウ」
絵が沢山ある場所で、知らない女の人がリョウを抱きしめた。
隣では帽子を深くかぶった女の子がにこにこしながらこっちを見ている。
もっと二人の顔をよく見たいのに、急に視界が真っ赤になり、砂のようなノイズに覆いつくされて何も見えなくなった。
「リョウ、僕が分かるか?」
次に聞こえたのは、リョウの大好きな声。
右目に眼帯を巻いたアイトだ。
リョウは小さな手を伸ばしてアイトに抱きついた。
爽やかで、少しだけ甘いアイトの匂い。
リョウはこの匂いも大好きだった。
やっと見つけた心の安らぎに目を閉じていると、またノイズがかかった。
さっきより大きくなったアイトは、目の前で眠りピクリとも動かなかった。
リョウは悲鳴をあげて飛びのいた。
必死でその名を何度も呼ぶが、自分の声は闇に吸い込まれ消えていくばかりだ。
リョウが泣いていると、ざらりと頬を舐める感触がした。
驚いて顔を上げると、そこには自分より倍ほども大きい砂狼がいた。
気付けばリョウは砂漠の上に座り込んでいた。
空を見上げれば黄金の月が眩しいほど光り輝いている。
リョウが手を伸ばすと、それは応えるように腕の中へ落ちてきた。
「リョウ」
少し呆れたように鮮やかな青い瞳が自分を見ている。
リョウは立ち上がると目の前に現れたセオを見上げた。
「リョウ」
今度は後ろから呼ばれて振り返ると、そこにアイトが立っていた。
「こっちだ、リョウ」
白銀の月の光を纏うアイトがリョウに手を伸ばす。
「リョウ」
黄金の月の光を纏うセオが反対側で同じように手を伸ばす。
リョウは激しく痛み出した頭を抱えるとその場にうずくまった。
目をきつく閉じていても瞼を突き抜ける二つの光。
リョウの体の芯が一つ、脈打った。
目を開くと、アイトもセオもいなかった。
ただ見えるのは体の中で小さく光る、蒼い光。
…そうだ、忘れていた。
自分が本当にユキネの片割れだというのなら、この体に流れる血もウワカマスラのもの。
それなのに何故初めてセオと出会った時は何の反応も起こらなかったのだろう。
何故セリー達が見えなかったのだろう。
体の中で脈うつ何かが妙に大きくなる。
それと共に頭がまた割れそうなほどの痛みに襲われた。
オモイダスナ…
空から知らない声が響き渡る。
ソノチヲオモイダスナ…
チノマモリヲトクナ…
リョウは痛みにうずくまると不快な声に耳を塞ぎ、意識はまた暗闇に落ちていった。
「う…」
無機質で耳慣れない機械音が聞こえてくる。
ふと目を開くと、リョウは薄暗い部屋の中にいた。
体には沢山の管が繋がれ、視界はまだ朦朧としている。
「あら、目が覚めたの」
知らない女の人の声。
「そのまま眠っていなさい。心配しなくてもちゃんと新都へ帰してあげるわ」
「…」
声を出そうとしたが、酸素マスクの中で微かに音がくぐもっただけだ。
身体中が痺れてどこが痛いのかすら分からない。
再び目を閉じると、意識はまた夢の中へと沈み始めた。
…帰りたい。
浮かんだのはそんな言葉。
でも、一体どこへだろうか。
リョウの閉じた瞳からは、一筋だけ光る涙がこぼれ落ちた。




