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砂漠の月  作者: ちあき
第六章 放たれたカナリア
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後悔

ハイトラは抉れるほど土を蹴り、風を追い越しながら走り抜けた。

その虎のような瞳には黒服に捕らえられたリョウしか映っていない。


「…っリョウ!!」


ハイトラは大きく飛び上がるとリョウを抱える白髪の男に飛びかかった。

だがハイトラの爪が届く直前で、黒服の男は振り向きざまにリョウを盾にするように突き出した。


「うっ!!」


ハイトラは身を捻りリョウに直撃しかけた爪の軌道を逸らせた。

黒服達は突如現れた獣のようなハイトラに警戒を見せた。


「何だ?子ども!?」

「リョウを返せ!!お前たち何やってるんだよ!!」


リーダー格の女は鼻であしらった。


「ふんっ、こんな所にのこのこ出てくるなんてお馬鹿さんね。その男のように死にたいの?」

「え…」


地面に転がっているのはボロボロな姿のキイラギだった。


「キイラギ!?」


キイラギは剣を握りしめたままぴくりと動いた。


「貴様は…リョウの…」

「キイラギ!!何でやられてるんだ!?もしかしてリョウを助けようとしたのか!?」

「…来るな。こいつらは新都の、暗躍部隊…」


ハイトラは殺気に反応すると地面から跳び離れた。

銀色の刃先が髪を掠る。

黒服の男二人が有無を言わさぬ勢いで次々とハイトラに攻撃を仕掛けてきた。

しかもそれは野生で鍛えたハイトラの動体視力と脚力をもっても躱しきれないほどの猛攻だった。


「速い!!なんだ、こいつらの動き!!」


動けば動くほどハイトラの小さな体があちこち切り刻まれていく。


「後は頼んだわよ」


女は他の黒服と共にリョウを連れて森へ行ってしまった。


「リョウ…!!」

「人の事を案じている場合か?お遊びはここまでだ」


黒服の男達は二手に分かれると前後からハイトラに襲いかかった。

ハイトラは後ろを捨てると前に飛び出した。


「馬鹿め!!」


背中目掛けて小太刀が振り下ろされる。

狙いは完璧だったはずだが、小太刀が側面から弾き飛ばされた。


「な…!!」


驚く間も無く男は金色の刃に叩き伏せられた。


「伏せろ!!」

「セオ…!?」


ハイトラが地面に伏せると、セオは勢いもそのままにハイトラの敵に斬りかかった。


「な、何だお前は!?金色の光!?」


動揺を立て直すと黒服は猛然と応戦してきた。


「貴様が何者だろうと、目撃者は残らず殺す!!」

「セオ!!気を付けろ!!こいつら普通じゃないぞ!!」


ハイトラは傷を押さえながら叫んだが、信じられない事に勝負はもうついていた。

ぐらりと揺れながら黒服の男が崩れ落ちる。

あんなに手こずっていたのが嘘のように、セオは一瞬で地に沈めたのだ。


「つ、強い…」


強いのは知っていたが、何より戦い慣れている。

セオは黄金刀と光を収めるとハイトラに手を貸した。


「大丈夫か」

「おぅ…。セオのおかげで助かった」

「リョウは?」


ハイトラはしゅんとしながら森を指差した。


「連れていかれた。あいつら、新都の奴らだってそこのキイラギが言ってた」

「キイラギ?」


キイラギは呻きながら体を起こしていた。


「キイラギ、お前がなぜ…」

「触るな」


破れた服の下からはボロボロになった楔帷子が見える。

全身傷だらけにはなったが、これのおかげで致命傷だけは何とか避けられていたようだ。


「ちょっと!!何よこれは!?」


セオに遅れて駆け込んだバンビは悲鳴をあげた。


「ハイトラちゃん!!それからあんたはリョウを狙ってた人!?え!?どうなってるの!?リョウは!?」


キイラギは適当な岩にもたれかかりながら浅く呼吸をした。


「リョウは、新都の奴らに連れていかれた。心配せずとも殺されはしない。むしろ今頃手当てを受けているだろう」

「え!?なにそれ!?どういう事!?」


セオはバンビを下がらせ冷静に聞いた。


「奴らは森にいるのか?」

「おそらく隠れ家でもあるんだろうよ…。だがそれをすぐに探し出すのは実質不可能だぜ」

「…」


痛みが走り額に脂汗が浮かぶ。

キイラギは斬られた肩を押さえながらセオを見上げた。


「もう一度だけ、リョウを取り返すチャンスはある」

「何…?」

「今日の夕刻、あいつらは必ず再び森から出てくる」


キイラギは不本意そうに傷を撫でた。


「…俺に手を貸せ、セオ。今すぐにでもリバス護衛軍に新都人の真の狙いを伝えねばならん」

「どういう事だ?」

「崖を迂回した先にフライト盤がある。そこに転がってる医者に息はあるか?ここを離れ街におりる。話はそこからだ」


バンビは血まみれのハイトラを抱えあげた。


「セオ、ハイトラちゃんも急いで手当てしないと…!」


まだ丘の下では争いが続いている。

加えて自分たちには腰を落ち着けるような場所もない。


「…分かった。だが俺は大聖堂に戻る気はない」

「あんな場所、誰が頼るものかっ。あのど畜生のクソジジイがっ」


キイラギが間髪入れずに吐き捨てたので、セオは逆にそれで腹を決めた。

森を振り返れば、楽しそうに笑うリョウが浮かぶ。

だがそれはすぐに酷く傷ついた顔に変わった。

こんなことになるのなら、あの時冷たく突き放すべきではなかった。


「リョウ…」


バンビの言う通りだ。

今セオの胸に広がるのは、苦渋に滲む後悔だけだった。

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